成人式で酒を飲んで暴れまわったヤツが捕まるかどうか。つまるところ刑事裁判を受けるかどうかというのは、ただ単に誕生日を迎えているかどうか、だとかいうフザけた話を聞いたことがある。
要は20歳になる同級生仲間ではしゃいだ挙句、テンションや体温やあるいは股間がハイになってしまって他人に酒瓶をぶつけようと、クラスで一番可愛かった子を捕まえて馬乗りになって集団で犯そうと、まだ誕生日の一週間前であれば刑事ではなく少年審判で済んでしまうらしい、ということだ。有罪のオシオキを食らったヤツは逃げおおせたヤツのことをどう思うのだろうか。
なんにせよ明確なラインがそこにはある。同級生であろうと関係はない、人の温度を感じない法律の一線が引かれている。
いっそ、俺の足元にもその線が見えれば、と思った。
俺の立ち位置はすでにラインをオーバーしているのか。それともまだ内側で踏ん張ることができているのか。
俺のしでかしたことは。俺の無様な醜態は。そしてなにより俺の心の在り処は。
ぼやっとした、曖昧な景色には何の境界線も見えない。彼女の。俺の彼女にとって、俺は彼氏足り得ているのか。誠実であるか。まだ言い訳が出来るような状態なのか。
彼女でも、誰でもいい。誰でもいいから、どうかこの俺に裁定を下してくれないだろうか。
俺は、いま。
「やあーん、きゃー、わたし、なにされちゃうんだろー?」
「……」
旧校舎はいまや部室棟として使われていて、放課後にならなければわざわざ足を運ぶ生徒なんていない。あまり手入れもされていない煤けた壁に、俺は彼女を、水嶋さんを押し付けて逃げ場を塞いだ。
世間的にはこれを壁ドンと呼ぶらしい。どうでもいい。壁をおかずに白米を食える気はしない。ツユダクにしたら雨漏りでもするのだろうか、壁丼は。
はっは。なにも面白くない。
「……どういうつもりだよ」
「えー? なにがー? こわいよう」
水嶋さんはまるで怯えるような姿勢をとり、袖の長い両手で口元を隠している。問い詰めているのは俺のはずなのに、彼女の目つきには余裕のようなものがありありと感じられた。
「授業中の、さっきの、さっきのはなんのつもりで……!」
「もしかして、これのこと?」
彼女は頭をこてんと倒し、しなやかに下ろした手をスカートの裾にゆっくりと擦らせた。薄暗い旧校舎の廊下に、それでも白く生える太ももがその面積を大きく広げていく。それを、見てしまう、俺を、歯噛みして、目をそらす。
「そ、それだよ! なんで……!」
「えー? イヤだった? なんか見たそうだったから……」
「ふ、ふざけんな」
まともに黒板も見れなかった。
昨日の今日で、意識するなと言われるほうが無理だった。俺に自分の下着なんてものを寄越した彼女がいまどんな顔をしているのか、だとか。
いや、授業中にそれを確認したところで、ただ授業を受けている水嶋さんがそこにいるだけだ。黒板と手元を見比べてシャーペンを走られる姿が見えるだけだ。
それでも目を向けたくなってしまった。不安で仕方がなかった。俺と水嶋さんはいったいどんな関係になってしまったのか。俺は、いま立っている場所は、その位置は、まだ取り返しの付く場所にいるのか、それとも。
「でもさあ」
「……ッ、ちょ」
するりと伸びた腕が背中に絡まる。急に彼女の髪を間近に感じる。
胸から腰までが余すところなく密着し、足の間に、彼女の肌色が割り込んでくる。ズボン越しのこすれる素肌、太ももと、サイハイの感触に、思わず口を閉じ、けれど鼻から情けない感想が漏れ出してしまう。
競りあがってくる肌と肉に、柔らかい腰に、すでに肥大化している俺のモノがやんわりと潰される。震える。
「授業中も、おっきくなってたよね?」
「……っ、……ふ」
「ねえ? つくえにかじりついてますー、みたいなフリしてたけど、本当はもっといけない気分になっちゃってたんでしょ?」
「ち、が」
腕が締まる。さらさらの髪が頬に触れる。
壁を背にしているはずの、逃げ場がないはずの水嶋さんから、逃げられない。違う。俺が彼女を問い詰めるために、ここに連れてきて。それで。
「17回。なんだかわかる?」
「な、なにが……」
「さっき、授業中にわたしの脚を見た回数。ふふふ」
「……ッ!!」
「ねえ、昨日のアレはどうしたの? すぐにどこかに捨てちゃった? それともお…………」
ずり。
強く擦れた太ももの感触に、俺が眉を寄せ、がくりと膝が折れそうになった瞬間に、するりと体勢を入れ替えられる。背中の壁。元より、逃げられないのは俺。何かをしてしまったのは、俺。
にやにやと笑う、酷く男好きのする愛らしい顔立ちが、眼前に迫る。
「なにか、イケナイこと、しちゃった?」
「…………ふっ、うう」
「わたしのパンツでえ、へーんなこと、してない? しちゃった? またしたい? 今日も家まで送ってくれたら、昨日よりいいご褒美、あげてもいいよ……?」
細くて長い指先は、爪まで綺麗に整えられている。その人差し指が、俺の胸元をくりくり、ぐりぐりと引っ掻き回す。わざとらしいほど甘えた声に、指先と、押し付けられる腰の感触に、視界がぐるりと揺れる。彼女の顔が歪んで、もどって、やっぱり憎らしいほど可愛くて、甘くて、柔らかい。
ずる。すり。
「んっ、んうっ」
「ねえ? 送って? 送って欲しいな。ひとりで帰るの寂しい。寂しいよう」
するん、ずっ。
俺に肩のあたりに頬を押し付けるようにして、水嶋さんが見上げてくる。猫のようなしなやなか体は、それでも所々で肉付きが良く、そして白いニーハイに締め付けられら部分が、俺のソコを往復する。触れるように、撫でるように、そして時折、強く押し付けるように。
「ねえ? お願い。送ってくれたら、イイコト、してあげるから……」
「うあ、あっ、……っ!」
「だめえ?」
ああ、ああ。
せめて、あの写真で脅してくれ。俺を脅迫してくれ。断れるはずもない条件を、俺に突きつけてくれ。
「わたしのおねがいじゃあ、ダメかなあ?」
そうでないと、俺は。
「おねがい。ねえ? おねがい」
切なげなのに、口元には微笑を浮かべて、頬を押し付けてくる。そのままキスでもしかねない距離感と、指先の動きが激しさを増して、ぞっとするほどの快感が、下半身に送り込まれる。
いやだ。いやだ。
「えへへ」
ぱっと、身を離した彼女に、俺は成すすべもなく立ちすくんだ。
ぼっとする耳に、また次の休み時間に、ここでね、なんて言葉を聴く。それだけをいい残して彼女が去り、すぐに予鈴が鳴る。残された空間と、甘い香りと、硬くなりすぎたズボンの中のソレと、教室に戻らなければならないという遠い現実に、俺は壁を背にして、ゆっくりと崩れ落ちた。
陽炎だろうか。
太陽も出ていないのに。
だいじょうぶ? 赤信号だよ?
そう囁かれて、俺はハンドルのブレーキを握った。
ああ。いま俺が彼女を家に送っているということは。授業はどんな内容だったか。部活はどうしたのだろう。誰かに怒られたような、心配をされたような、そんな気がするけれど、なにもなかったようにも思える。
ただ揺らめいている。
焼きつくのは彼女の肌。水嶋さんが、ただただ、俺を見て、目を細めて、その指が、スカートを少しずつ摘み上げて。終鈴が鳴ると、勝手に足はそこへ向かって。手に、腰に、足に、ああ、何度も触って、触らされて、ああ、ああ。
「ふふ、今日もありがとー」
着いたらしい。着いたようだ。彼女の家に。
染まっている。頭の中も、目の前に立っているのも同じ人。
離れているのに匂いがする。シャーペンを持っていても、手に感触がする。その張りの良い肉付きと、その上の、薄い布と。代わりに、ねだられるんだ。何度も、何度も何度も何度も、彼女の猫なで声が響くんだ。喉を擦りあげて、その奥に齧り付いて、傷跡を舐められるように、なんども。気持ちの良い痛みのような、甘い甘い声。
こっち。
目を細めた、その表情に、香りに、誘われる。ふわりと体が軽くなり、彼女へと漂う。幸せしかないから、嬉しさしかないから、そこには。
風船が運ばれていくように、彼女の手に引かれる。古い家屋の匂い。彼女に似た匂いに包まれる。彼女のという、水嶋さんというイキモノの巣に飛び込んでしまったかのように、その香りに包まれて、多すぎる彼女に意識が遠くなる。
ここなら、誰も来ないから。
たぶん、そんなことを言われた。ように思う。
部屋が見えない。彼女のスカートと、靴下でも隠しきれない、そのむっちりとした肌色しか見えない。わざと隠してないんだ。わざとそんな大切な場所を露わにして、オトコを誘っているんだ。みんな、誰も、わかってない。気づいてない。恋だと思っている馬鹿がいる。たまらないと性欲を主張する馬鹿がいる。クラスのあいつも、こいつも、オトコはみんな騙されている。誘われて、狂って、それを愛だと思わされて。
ただ、ただこの少しの隙間に、ただそれだけのことに。
「ごほーび、ね? 好きにしていいよ、ほら」
おいでとスカートの横に手を広げる。
元より、そこしか見えていない。ずっと、朝も、昼も、学校にきてからずっと、ずっと、ずっと! ああ! ずっとそうだ。
へ、あ。変な音が口から鳴る。知らない。立っていられない。知らない。
手のひらと、膝で、必死に前に進む。匂いに、香りに、その肌に誘われるまま、馬鹿なオトコのひとりになって、騙されるために騙されて、呆けていく。
好きにしていいよ。
好きにしていい。
好きにしていい。
俺だけが、俺だけの。水嶋さんの。
ヴ。
景色が開ける。水嶋さんがいる。和室にいる。背中が汗をかいていて、喉が焼けるようで、飲み込んだ唾液が小さく痛んだ。
それは一度の、たった一度の振動だった。
学生ズボンのポケットに入った、携帯端末の、至って標準的な機能。『彼女』。そんな、ありふれた日本語の中のたった一つの単語が、頭をかすめた。それだけだ。それだけで、俺は、俺だったのだ。
ああ。
ああああ。
何をしている。俺は。ああ。なにを、ノコノコと、ここまで。
「……っ、……はあ」
頭を抱える。自分の体を抱きしめる。
どこもかしこも、水嶋さんだらけ。どこまで堕ちた。どれほど深い。どれほど彼女に接近を許して、どれほど彼女の下半身に手を伸ばして、それを許されて、それを堪能して、堪能して、堪能して、心ゆくまで。ズボンの中が反り返るほどに、ひたすらに、触って、撫でて、揉みしだいて、そのニーハイに指を入れて、おしりに、下着に、布越しの、ソコに。いったい、何度。何回。今日の俺は、いったいどれほど。
「どうしたの? いいよお?」
承諾は、これは、今日何回目の。
まるで鮮明な記憶のない休み時間を、俺はいったい何度過ごした。どこまで包み込まれて、覆い隠されて、沈んでしまった。どこまで浸み込んでしまった。彼女が。水嶋さんが。水嶋さんという名前のえげつのない甘さに、どこまで溺れた。俺は。
「ねえ?」
「……ぁ、あが」
彼女がスカートを、ほんの一センチ捲くるだけで、尋常じゃない唾液が溢れてくる。大好きな餌を前にマテをかけられた犬のように、口の端から流れそうになって、あわてて飲み込む。
知らされている。
もう、わからされている。
だって、俺はもう理解しているのだから。自分から、理解を求めたのだから。知りたかったのだから。欲しかったのだから。
彼女のくれた下着に、鼻を突っ込んで、そこに含まれている彼女の成分の最後の一滴まで、俺は鼻から吸い込もうとしていたのだから。吸って、吸い込んで、噛み付いて。俺のものだと主張して、そうして、彼女にいっぱいになって、果てたのだから。
彼女を知ってしまうように、それをわかってしまうように。
ハメられたのだから。自らハマったのだから。
ああ、ああ。
触った感触が、指先に、手のひらに、鮮明に思い出せる。
形すら、材質すら、想像できてしまうほどに、見てもいないものを脳内にはっきりと描けるほどに。
手の皮を剥ぎ取りたい。硫酸につけて溶かしてしまいたい。
嘘だ。思ってもいない。
もうおそい。それは伝達を経て、すべて、幸せとして脳に運ばれてしまっている。もう入り込まれている。感触は感情に変換されて、吸収されている。俺の中に水嶋さんがいる。頭の中に彼女がいる。その絶対領域は、俺の中にもう。
「いいの? いいなら、いいけど」
ふい、と後ろを向いてしまう彼女に、漏らしかけた声を、歯で押さえつける。いままさに失ってしまいそうな、目も眩むような時間に、喉から伸びていきそうな汚い手を、必死で飲み込む。
追ってはいけない。それを、俺は、失って、しかるべきだ。
ふり、ふりん。
「いいならあ、いいけど……」
「あ、あ……」
ふりん、ふるん。
そっと突き出した腰が、お尻が、揺れる、くねる。スカートがひらり、ゆらり。
見えてしまう。見えそうで見えないこと、それ自体が、見えてしまう。見てしまう。ふらん。ふりん。プリーツが揺れる。あとほんの少し。ほんの少しだからこそ。
「いいならあ、べつに、いいんだけどね」
ああ、言ってくれ。
いますぐ受け取らないなら。ご褒美がいらないというなら。アレを皆に見せると、彼女にバラすのだと、そう言ってくれ。脅してくれ。
俺は、俺を。
悪者に、しないでくれ。
「あ、あ」
「ふふ、もうちょっとかなあ?」
空気に揺れる、わずかな布の音が聴こえる。プリーツスカートの、繊維まで見える。
なぜ。なぜこんなに近い。
彼女はそこから動いていないのに、なぜ幸せは、こんなに目と鼻の先まで。
「お鼻、当たっちゃうよ? ふふふ」
ふりん。ふりん。
「あっ、……あ、あ」
もうだめ。もうだめだ。
俺が、俺が選んでしまう。
モウ選ンデイル。
彼女ノ、パンツデ、アンナ事ヲシタ時点デ。
ふり、ふる。
もう、だめだ。あ。
「んふう」
「やあん」
自分の息にむせ返る。
抱きついた腰は柔らかく、顔いっぱいのスカートに鼻を擦り付ける。沈む。その谷間に、鼻が沈んで、頬が包まれて、匂いと、感触が。すべてが。
「ふっ、んふっ、ふっ、ふうっ」
狂う。擦れ、埋まり、押し付け、狂う。狂っていく。腰がいやらしくうねる。くらくら、ぐらぐらと頭が回る。彼女の濃い香りにかき回される。
「もおー、息がすごいよう」
肺の中で沸騰した感情が、すべて鼻から、口から、彼女のスカートに吸い込まれていく。温かい布地に、その中身に、顔を押し付ける。息ができないほどに。息なんてできなくてもいいのだから。
埋まり、埋めて。上下に擦る。彼女のおしりに頬ずりをする。涙腺が痛む。幸せに滲む。ズボンが張り裂けそうだ。
「ごほーび、嬉しい? 喜んでる?」
髪を撫でられる。後ろ手に伸ばされた彼女の手。
ほう、と息を吐く。充足にトロける一瞬のすきまに、彼女がくるりと回り、スカートがふわりと浮き上がる。
見える。ほんのわずかな一瞬に。
また、ふぁさっと降りて、隠れてしまう。
再び出来上がる満点の肌に。
飛び込む。
かぶりつく。
舐めて。キスをして。むちむちの太ももに、俺の全てをぶつけていく。
誰もが誘われるだけ。騙されるだけ。魅せられるだけの領域に、俺だけが土足で踏み込める。踏み荒らす。喜びに猛り狂うように。
「んあは、あかっ、あ、んはあ、ん、ん」
下も上も、破裂してしまいそう。
およそ一人のオトコには余り過ぎるほどの興奮が、コンマ数秒の世界に更新されていく。増やされて、蓄積されて、積み重なって。爆ぜてしまう。きっと壊れてしまう。
両腕で抱きかかえる。顔に寄せる。挟まれる。挟ませる。彼女が意地悪に笑いながら、太ももを動かす。混ぜられる。押し付けられて。頭が爆ぜて。胸まで爆ぜそうになって。涙が流れる。
それでもまだ欲しい。まだ舌を伸ばす。まだ唇を這わす。飽和し過ぎた感情に、それでも、鼻血が噴き出しそうなほどの感情をぶち込む。このために生きている。このために手があって、体があって、顔があって、口がある。そのための俺が居る。
「んあふっ、ふあ、ああ、あっ、んすっ、んあ」
「や、もう、わんちゃんみたい。ふふふ」
こんな、こんなものがこの世にあるから。
俺のせいじゃない。こんなの。こんなもの。
ああ。
こんな、こんな太ももが、こんなに締め付けられて、それで、溢れて、むちむちで、いやらしくて、ずるくて、理不尽なもの。
が、あるから。
もう。
いけないのに。
「わたしの太ももほんとうに好きだよねえ。こっちはいいの?」
ふわっと浮いたスカートに、視界が暗くなる。
もう見えていた。さっきの一瞬も、太ももにむしゃぶりついている間も、なんどもなんども、ちらちらと見えていた。
まるで飼い主にお許しをいただいたかのように、俺は、口付けをして、顔を滑らせる。もっと上に、さらに上に。ああ。そこへ。
広がる。
おでこから、眉間に、鼻に、口に。覆われる。甘酸っぱい香り。胸が苦しくなる。けれど止まらない。薄暗い世界に前を見る。
ピンク色の水玉模様が、ぽつり、ぽつり。
「えへへ」
急に涼しくなる。急になくなる。
水島さんが笑っている。水島さんが逃げていく。
ああ、待って。待って。
「おいでー、わんちゃん」
「は、はあ、は、は」
きっと立ち上がることすらできない。四つんばいの手足を必死で動かす。そこへ向かう。それだけを見て、彼女のひらひらと揺れるスカートだけを見て。俺は進む。馬鹿みたいにドタドタと畳の上を行く。
「いい子だねえ」
「は、は」
掴む。彼女の脚を捕らえる。
すぐに滑り込む。魅惑の暗闇。鼻先を。鼻を。早く。
「ふふっ」
「んああ」
逃げる。逃げられてしまう。
やだ。いやだ。やめて。いじわるしないで。
「こっちだよー」
「はあ、はっ」
ああ、いやだ。
彼女の匂いが遠くなる。
もうそこまで迫ってきている。動くほどに、入れ替わるカラダの中の空気が。綺麗になってしまう。洗浄されてしまう。現実の匂いが脳まで昇ってきそうになる。
狂っている。狂っているんだ。それだけだ。
狂って、いたいのだ。そうでなければ。俺はなにかを、誰かを、裏切ってまで。
違う。何も違う。水嶋さんがいる。ご褒美をくれる。ただそれだけ。
なにも、しら、ない。
「やあん、転んじゃったあ。ふふ」
「あ、あ」
わざとらしい言葉と共に、彼女は畳の上に横たえる。あまりに危機感がなく、あまりに愉しそうに、俺を見て、目を細めて。
壁を背にして、ニーハイに包まれた膝を立てる。
ああ。
見える。全部見せてくれる。
「ふふっ、ちょっと恥ずかしいかも」
女の子らしい、すこし足を開いた体育座り。俺は正面。全部、わかっていて。
俺を、受け止めてくれるつもりで。
ああもうだめ止まらない水嶋さん、水嶋さん。いいよね、いいんだよね。ああ。
膝が痛む。あるいは俺は害虫のように、容赦なく、汚く、醜く、四本の脚をひたすら動かして、まっすぐに向かう。
ピンク色の水玉模様だけに、ただそこだけに向かって。
「あ、あ、あ、あ」
あふん。
顔面が壊れる。弾ける。
ピンク色のふわふわが肌に染み込んで、俺を操作する。乗っ取られる。下着だけじゃない。香りだけじゃない。彼女が履いたままの、いままさに、彼女のイケナイところを隠している水玉パンツに、俺は。
舐める。パンツに舌を伸ばす。
彼女がくすぐったそうに声をあげて、蠢く。頬が挟まれる。獣のような唸り声を上げてしまう。およそ人間の顔でも、人間の声でもない。壊れた化け物の、性欲に身をなげうったオトコの、醜い塊。
肉を掻き分ける。顔を動かすだけで擦れる。水玉。ピンク色の水玉が、どんどん入ってくる。おかしくなる。水嶋さんにおかしくなる。ピンク色におかしくなる。ふわふわにおかしくなる。むわっとした香りに、ぎゅっとなる胸に、床に擦れる下半身に。
クロッチの境目。肌とパンツの境目。ひとつひとつと桃色の小さな玉。その全てをかぎ分けて、鼻を擦り付けて、口付けて、舐めまわす。
「えい」
黒。
真っ暗。スカートと太ももに密封された世界に、俺は閉じ込められる。
ここで死ぬ。ここで死にたい。水嶋さんのえっちな場所で死ねる。それでもいい。泣きながら頬ずりを重ねる。
ああ、熱い。痛い。
触ってないのに。畳に擦れているだけなのに。ズボンすら脱いでいないのに。
力が入りすぎて痛い。熱すぎて痛い。熱い熱い熱い。もうこれ以上熱くならないのに。まだ熱くなる。腰が勝手に動く。ああ、いけない。
いけないのに。もう俺は、俺じゃない。
ピンクのふわふわが、俺そのもの。染められて、狂わされて、もう止まらない。間違った信号は何も間違ってなく、誰も怪しもうとすらしない。水嶋さんに狂っていく。狂わされて、操られて。もう止まらない。
気持ちいい。気持ちいいよりも。熱い。熱い熱い。あつい。
ひたすら熱い。
漏れる。鼻と口だけでは到底足りない、膨らみに膨らんだ何かが、もう飛び出てしまう。目から、耳から、毛穴から、一緒に一気に、爆発するように。
来る。もう来る。熱と一緒に。もう。
「ぎゅー……」
「んっ、んすっ、んっ、んっ」
密閉される。密着する。俺の好きな全てが、すべての方向から俺を閉じ込める。
ああ、あっ。
まだ足りない。ほんの少し足りない熱を補うように。摩擦を足しにするかのように。顔を暴れさせる。ああパンツ。太もも。水嶋さんの絶対領域の奥。その中。
鼻が、目が、頬が、耳が、動くだけで触れる。その全てに触れて、もう。
あ、あ。
「ぎゅうう……」
「んっ、んっ―――――――」
――――――――――――――ッ!!
白く弾ける。
暗いのに、眩しい。
弾けた腰が、跳ねて、また擦れて。
爆竹のように暴れ回る。泣き叫ぶ頭以外の俺が。俺の肢体が。
眩い。
何も見えない。真っ白と、真っ暗と。ふわふわと漂う、たくさんのピンク色。
桃色が弾ける。ぷちん。腰が弾ける。ぷちん、ぷつん。腰が跳ねる。
弾け飛ぶたびに広がる痺れは、桃色の火花を散らす。
仕掛けられた危険物が、すべて弾けていく。俺に埋め込まれたピンク色が、連鎖するように、堪えようのない快感を伴って、ぷつん、ぷちんと。
跳ねる。カラダがどうにかなる。
ぷち、ぷつ。ぷぷ、ぷぷぷ。ざあ、ざあああああ。
風に波打つ稲のように、一気に、全てが、足の、指先の、爪先まで。
出る。出ている。口や鼻では収まらない。きっと耳からも、毛穴からも、俺のありとあらゆる場所から、そして何より、股間から。
馬鹿みたいに膨れた俺が、それでも外郭を突き破ることもできず、近くの穴から流れ出してく。俺が流れ出ていく。悦びに打ち震えながら、彼女のウイルスによって、脳が溶けて、肉が溶けて、内臓が溶けて、流れ出していく。抗体も免疫もない。あるはずもない。俺が捨てたのだから。
後頭部を、優しい感触が撫でていく。
それだけの刺激に、またカラダが一声を上げる。
「いい子だったね、わんちゃん」
飼い主に撫でられて。
飼い主の、俺が一番大好きな場所で。
俺は息をする。まだ息をする。
ただ、息をする。
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