「どうぞ」
「……はい」
 俺はミルに促されるままに、見覚えのある部屋で見覚えのあるソファにそっと腰掛けた。
 改装中とは言っていたものの、さすがに一日二日で大した変化があるはずもなく、まっすぐ前を見ればドアも何も無いままに、洞窟の切れ目が大きな口を開けている。この間は魔方陣でそこを塞がれていただけに何も感じなかったが、こうして薄暗い洞窟を目の前にすると何かおどろおどろしい魔物が出てきそうな不気味さを感じる。
「……」
「……」
 空気に刺されるような沈黙に耐えかねて、俺は誤魔化すように辺りを見回した。相変わらず何もない部屋は、眺めたところで彼女から自分の意識を逸らせるほど興味を引くものは置いてなかった。しいて言えば壁の木目の一箇所が、無理やりこじつければ人の顔に見えるくらいだろうか。それが本当に顔だとすれば、そいつはどれほど恐ろしい目に遭っているのかと思うほどの絶叫ぶりだ。顔のパーツが歪むほどの恐怖を体験した人間なんてなかなかいるものではない。
 俺は一度目を閉じて小さく息を吐いた。
 人の目は得てして視界に入ってきたものに意味を求めてしまうもので、どっかの誰かが意味を考えたせいで夜空の星の並びにもけったいな名前がつけられている。そうでなくとも、やれあの天気は神の憂いだの、やれあの雲は凶兆の証だのと無茶苦茶を言ったりするのだから、大昔の人間ってのはそれは感性が豊かな奴が多かったのだろう。少なくとも俺は天やら神に知り合いはいない。もっとわかりやすく身近な表現でいいのではないだろうかと思ってしまう。。
 俺は目を開け、壁からミルへと恐る恐る視線を戻して思った。ああミルが微笑んでいる、まるで怒られる前兆のようだ、と。
「勇者さん」
「はい」
 俺はできるだけ真面目な顔を作って返事をした。この部屋まで歩いてくるその道中でも、ただの一言もやりとりがなかったのだから多少の緊張も致し方ないところだ。
「今から、何をされるかわかっていますか?」
 ミルが小さく首を傾げ、目を細めた。本能的に背筋を伸ばした俺は、作り真顔のまま数秒固まった。はい、いいえ、どちらでも怒られそうな気がした。
「……なんとなく、はい」
「そうですか」
 俺の返答などおかまいなし、といった感じに彼女は笑顔を被せてくる。
「私は昨日ずっとひとりでした。これまでもそういう日はありましたけど、昨日は勇者さんがメルちゃんを選んだがために、ひとりだったんです。やっと今日になって、勇者さんとこうして楽しい一日が過ごせる訳ですが、わたしがいま何を考えているかはわかりますか?」
「………………なんとなく、はい」
「そうですか」
 優秀ですね、と微笑んで、ミルはわざとらしいほどゆっくりとこちらに足を運んだ。段々と距離の近づいてくる彼女に心臓がけたたましく警鐘を鳴らした。いま鏡を見れば、俺は人生で初めて、恐怖で顔のパーツを歪めた人間に出会えるのかもしれない。
 身動き一つ取れないでいる俺の方へミルはゆっくり手を伸ばし、触れるか触れないかという加減でそっと頬を撫で下ろした。悪寒が背筋を走りぬける。
「ふふ、怯えてますね。大丈夫ですよ。私が勇者さんが心から嫌がるようなこと、したことないですよね?」
 ミルが俺の髪を優しく撫でる。俺は瞬きすらできなかった。
 彼女の言う通り、確かにいままでに何か酷いことをされた覚えは無い。身がねじ切れそうになるような幸福と快感を身体に擦りこまれたくらいだ。しかし、いま目の前にいる彼女は、前例にないことを平気で行いそうな雰囲気が漂っていて、とても安心などできるものではなかった。
「手足を拘束します、いいですね?」
「はい」
 ミルは断られる可能性なんて微塵も考えていない様子で、てきぱきと俺の自由を奪っていった。もちろん、俺自身もそれを拒絶できるだなんて微塵も考えていなかった。これが相思相愛というやつか。
 一通り俺を魔法でソファーに縫い付けると、彼女はこの前と同じように俺の膝へ跨った。小さくて柔らかいおしりの感触がふにゅっと乗る。彼女は俺をやや上目遣いに見つめると、重そうに目蓋を落とし、首を傾げた。
「こんなに従順なのに、……なんなんですかね」
「え?」
「なんでもないです。それはそうと呪縛が消えているみたいですが、これはメルちゃんが?」
 彼女は俺の喉の下あたりに手のひらをそっと押し当てながら俺に尋ねた。一瞬首を絞められるのかと思った。
「いや、あの、その、ごめんなさい」
「別に怒っているわけじゃないんですよ」
 ミルはやや面倒臭そうに言って、その部分を調べるように撫で続けた。
「さっきから言ってますけど……、私が勇者さんに何をするのか、どういうことをしてあげるのか、この数日間でみっちり教えてあげたはずなんですけどね。ほんとになんで……」
 後半はごにょごにょとうまく聞き取れなかった。彼女は俺を諭すよりも呪縛の様子の方が気になるようで、その場所へ真剣な眼差しを向けていた。そして「ああ、一時的に……、なるほど。痕跡が残ってますね」などと小さくつぶやいてから触れる指先に魔力を集中させ始めた。胸の辺りに熱が集中する。ひときわ彼女の魔力が高まり、一瞬の閃光が走ったかと思えば、ミルはそれだけであっけなく手を離してしまった。
「これで戻ったはずです。ほら、見てください、どうです?」
 ミルはそう言いながら両手で乳房をむにゅと寄せた。布地の中の肉が押しつぶされて、谷間が一気に深くなる。俺は自分の体が前方へ傾いていくのを感じて、慌てて姿勢を起こした。まるで睡魔に負けて舟をこいでいる時のようだった。
「ふふ、いい感じですね。もう少し強めちゃいましょうか……」
 身体が重く感じることは確かだけれど、谷間を見ただけで気を失いそうになったことはない。困惑している俺をよそに、ミルは指先をこちらへ伸ばし、また同じ場所へそっと触れた。
「ほら、もっとおっぱい見ててください」
 彼女が空いた片腕で乳房の下に腕を回し、持ち上げるように強調してくる。視界が揺れる。谷間、谷間。おっぱい。ミルの柔らかいおっぱい。
 すすす、とその指先が喉の下に大きく円を描いていく。一周。ぐっと視界が狭く、頭が重くなる。谷間が見える。肌色の、谷間。
 一周、また一周。暗くなっていく。鮮明に見えるのはおっぱいだけ。他に何もない。誰も居ない。指先は止まらない。自分の口から何かが垂れていった。ただ目の前のものを求めて身体を傾ける。
「まだダメですよお」
 胸のあたりをぐいと押されて、ソファの背もたれに戻される。おっぱいが遠くなる。彼女の手が俺の体を横切ると、ついに胴体までソファに縫い付けられる。いけない。おっぱいのところまでいけない。
「もう三周くらいしちゃいましょうか?」
 指先は回る。暗さが濃くなる。さらに黒へ。おっぱいだけ。おっぱいだけになって。
「ほら、いっぱい見ていいですよお」
 彼女の両手の指が、自らの乳房にぐにゃりと食い込んだ。
「んぐうああああああっ、あああっ」
 体中の血液が沸騰する。酷くシンプルになった思考は、とても人間のそれとは言えなかった。
 求めていた。渇望して、願って、自分の身体を至る所ををそこに触れさせたくて。手首が動かなくて。足も動かなくて。焦燥だけが募っていく。
「うふふ、もう出来上がっちゃいましたねえ。ほらパイズリするときみたいに動かしてあげます。すりすりすり」
 形のない柔らかさが交互にぐにゅぐにゅと擦りあう。練り合わされる。そこに行きたい。そこに入りたい。それしか見えない。いけない、動かない、ああ。
「寄せちゃいますねえ。ぎゅううう」
「あっ、あがっ、あああ」
 触れてすらいないのに、俺は動かない体を必死で捩じらせる。まるで本当に全身をぎゅうと潰されてしまったかのような予感と期待に包まれて、身を震わせる。でも実際にはない。すぐにそれがわかる。俺はおっぱいに挟まれてはいない。ぎゅうされてない。ああ、ああ。
「あっ、やん、これ以上引っ張ったら、見えちゃうかもしれないです……」
 わざとらしい嬌声を上げて、ミルは乳房を覆い隠す布をそっと下へ引っ張る。押さえつけられていたおっぱいが上に盛り上がり、その先端が隙間から見えてしまいそうになる。何も見えないのに。彼女の顔すら見えないのに。おっぱいだけはいつも以上に美しい曲線を描いて網膜に焼き付いていく。
「あっ、やだ、外れちゃいました……」
 引っ張った布地から、ついにおっぱいが弾ける。飛び出た乳房と共に、俺の体がも弾け飛ぶようにびくりと跳ねた。慌てたようにそれを隠した両手は、俺から見える角度が計算し尽されているかのように、ぎりぎりのところで突起が見えない。
「見えちゃいましたかあ?」
 甘えるような声は、それが演技だとわかっていても気体のように安々と隙間から滑り込んで俺の心を染めていく。おっぱいに語りかけられている。おっぱいが俺に見られて恥ずかしがっている。見えなかった。見たかった。見たい。今すぐに。
 俺の心境を悟っているように、彼女は隠す指を少しずつ減らしながら、自らの柔肉を練り込んでいく。見えそうな瞬間を何度も何度も演出されて、おっぱいだった頭が乳首になっていく。それだけになっていく。
「えへへ、いまの勇者さんに、このおっぱいでお顔ぱふぱふしちゃったらどうなっちゃうんですかね?」
 鈍い音が響いた。どすどす、と何度も鳴った。それはソファーが床に打ち付けられる音であり、俺の体が暴れ狂っている音だった。あまりに獣じみていた。理性なんてものは欠片もなかった。おっぱいがそんな俺をくすくす笑っていた。俺を嘲笑しながら、ゆっくりと近づいてくる。谷間が近づいてくる。ほら、もっと近づいちゃうよ。ほら、負けちゃいそうなんでしょう? 負けちゃうよ? 気持ちいいよ? 変態さんだね? 変態さんになれるね?
 語りかけるようにその柔らかい肌をぱふりぱふりと広げては合わせていく。俺は狂信的な信者のように顔から液体を垂れ流して、それを従順に迎える。
 きてしまう。
 くる。くる。
「ぱふん」
 視界が明滅する。手足が拘束の魔法陣を引き千切りそうになる。ただの腕力だけではそれは到底敵わず、傍からは女の子におっぱいを押し付けられて癒やされている男に見えたかもしれない。その実、臨界点に達した危険物が容器に入れられて、破裂する瞬間にその口を無理やり押さえつけられているようなものだった。俺が飛び出ることができない。おっぱいと拘束の中で静かに静かに暴発していく。何度も破裂して、震えて、痙攣して。
「ぎゅうううう」
 彼女のおっぱいに誘発させられていく。俺を誘爆させられる。喉から放たれる怒号は彼女のおっぱいに吸収されてしまう。これでもかと力む手足はそれでも微動だにしない。ソファーの揺れる音や、小さな呻き声や、肌の擦れる音。静かに静かに、俺は爆ぜていく。彼女によって、拒絶も文句も言えずに受け入れさせられていく。俺が俺を解き放てない。こんなに幸せなのに。こんなにぐちゃぐちゃなのに。
「はーい、おちんちん出来上がっちゃいましたねえ」
 おっぱいが緩む。視界がぼやっと開ける。彼女の手が服の上からソコを撫で上げる。
「んんんんっ、んあっ、ああっ」
 圧迫の緩んだ場所へ感情が漏れ出していく。口からやっと俺が放たれていく。それは射精にも似た快感だった。
「ほらあ、静かにしないとおちんちん触ってあげないですよお?」
 ぎゅうううう。
「―――――――――――――――ッ!!」
 また封じられる。俺をおっぱいで閉じ込められる。幸せで苦しくてどうにもならない暗闇の中、俺はひたすら身悶える。
「そのままよく聞いてください」とミルは言った。「勇者さんがいい子にできたら、またおっぱいしてあげようと思っているんです。でも勇者さんは私とメルちゃんを比べてメルちゃんを選ぶような悪い子ですから、今日はもう、簡単にはイかせてあげないですよ?」
 むにゅむにゅと生の乳房を押し付けながら、ミルは続ける。
「どうしますか? おちんちんにおっぱいして欲しかったらたくさんしてあげますよお。ただ、何回くらいイく寸前で止めちゃうかわからないんですよねえ。私の気が済むまでどれくらい時間がかかるか……。勇者さんが悪いんですからね? もちろん、パイズリしないって手もあります。コレ、どうしますかあ?」
 言いながら彼女がソコをやさしくきゅっと握った。下半身から腰、胸へと感情が迫り上がり、口に到達する瞬間に、おっぱいが顔から離れる。
 イかせて欲しい、と俺は言った。言ったはずだった。おそらく言葉にはなっていなかった。ただおっぱいに向かっておっぱいして欲しいと懇願していた。
「だめですよう、イかせてはあげません。でもパイズリならたっぷりしてあげますよ?」
 彼女の声が聞こえて、俺の要求がなんとか彼女に伝わったことを知った。俺はただイかせてほしかった。謝っていたのかもしれないし、またお願いをしたのかもしれない。自分でも何を口走っているのか判断もできないまま、ひたすらに喚き続けた。
「だからあ、ダメですってえ。イかせてはあげられません。自分が昨日何をしたのか忘れちゃったんですか? こんなに簡単にいい子になれるのに、昨日はどうしていい子になれなかったんですかねえ。本当に、どうして……」
 彼女の声色の変化にも気付かずに、俺は唾液を撒き散らしていた。いっぱい擦りつけてほしかった。目の前のその、柔らかいものを。俺のソコへと押し付けて、挟んで、イってしまうまで一気に、一気に。
「……どうして、いつも、メルちゃんなんですかね……」
 どれだけ乞い願おうともそれは与えられなかった。焦燥感だけを煽られて、まるで蒸気を発してしまいそうなほどに体も心も熱せられたままに置かれている。感情が取り残される。何でもいい、何かをして欲しかった。何をされても俺はきっと悦べる。
「……」
 しかしおっぱいは沈黙していた。自らの絶対的な価値を忘れてしまったかのように、淫らな柔らかさを持て余したままそこに佇んでいた。手を伸ばしたかった。顔を埋めて、夢中になって、その子自身の魅力を教えてあげたかった。あわよくばそのまま、おっぱいにもらって欲しかった。俺をもらって欲しかった。
「……やっぱり、もういいです」
 おっぱいの上に細い腕が写り込んだ。それは真っ直ぐこちらに伸ばされ、指先がトンと体に触れた。
 …………っ!?
 長い洞窟を抜けたかのように光がさした。開けた視界に目がくらみ、俺は思わず顔をしかめて瞬きを繰り返した。元からいた薄暗い部屋だとは思えないほど明るく感じた。全身が汗を掻いていた。呼吸をしていた。息ができた。急な体の活動に思考が追いつかなかった。
 膝の上の少女が、力なく俯いていた。その子がミルだとはすぐにわからないほど、目の前にいる女の子が小さく見えた。あまりに頼りなかった。
「…………ミル?」
 俺は自身の状況も把握しきれないまま、彼女の名前を呼んだ。ミルはその小さな肩を少し震わせ、俺から表情を隠すようにして膝の上から降りた。
「少し経てば、拘束もなくなります」
 ミルは続けて何かを言おうとして、考えた末に諦めたように口を閉じた。彼女はそのまま俺に背を向け、部屋の入口へ向かっていった。静寂の中に彼女の足音だけがひたひたと響いていた。
 
 
 
 --------------------------
 
 
 『そりゃ、まあそうなるだろうよ』『なんでなんすか!? おかしいじゃないっすか!』『その調子じゃあ遅かれ早かれ同じことになってたろうよ。諦めろ』
 
 足の裏に感じる洞窟の表面は少しザラついているけれど、形状自体は滑らかで砂や小石のようなものもあまりなかった。
 俺は何となく覚えていた部屋までの道順を辿りながら、途中で見つけた脇道に片っ端から寄っていった。それこそ迷路を攻略するには壁伝いに、なんて昔からある言葉を地で行くような勢いで歩き回っているのだから、帰路というより探索に近いのかもしれない。
 何の音もない薄暗闇の中、似たような景色を彷徨う行為に意味を見出そうとするのは困難だ。もしかしたら同じ場所をぐるぐる回っているのかもしれない、なんて錯覚しそうな洞窟の中で正しさを追求すればドツボにハマる。俺の脳内はとっくに推量なんて無駄なことは諦めて、いつかの旅の思い出に耽っていた。酒場にいた青年は酷く拗ねた様子で、その近くに居た顎髭たっぷりの温厚そうな中年の男にあーだこーだと喚いていた。『じゃあどうすりゃ良いんすか、オレ』『どうもこうも、もう手遅れだ。お前が追わなかった時点でな』
 中年の言葉に青年が眉をひそめていた。中年の低い声で吐き出される言葉には含蓄を感じた。少なくとも、恋愛経験の乏しい俺には恐らく妻帯者であろう彼の言葉はとても興味深かった。近くのテーブルで一人いい気分になっていた俺は陰ながら二人の会話に耳を傾けていた。『終わってるんだよ、もう。女ってのあな、理屈で生きてるわけじゃねえんだ。それが飛び出してったんなら、お前はなんとしても追わなきゃならなかった。あいつらは自分が出ていけば、絶対に相手はそれを追いかけてくれると思ってるからな』『追いかける? え? はあ? 俺がっすか?』『そうだ、お前が追いかけるべきだった』『そんな理屈ねえっすよ! 喧嘩してたんすよ俺たち!?』『だぁから、理屈じゃねえって言ってんだろう。元から男と女は理屈じゃねえんだ。お前だってその子の事を好きになったのは理屈じゃねえんだろうがよ?』
 理論で語らない中年の言葉にはなぜか説得力があった。しかし同時に、理不尽を突き付けられた青年も可哀想ではあった。当時の俺が親近感を覚えたのはむしろ彼の方だ。『……それじゃあなんすか、お互い喧嘩してめちゃくちゃ怒ってるってときに、女の方が勝手に飛び出してったら男はそれを必死こいて追いかけて謝らなきゃいけないってことすか? そんな無茶苦茶なことありますか? そんなもん、喧嘩の最中にそっちが悪いから無条件で謝れって言われてるようなもんじゃないすか!!』『まあ、そういうこったな』『っざけんじゃねえって話っすよ。何が対等っすか。そんなんだったら俺が先に飛び出てってここにでも飲みにくりゃ良かったっすよ。そうすりゃあいつ、出てった俺を追いかけてきてくれたんでしょ?』
 自棄を起こしたように語る青年はそう言いながらも、自分の見解をまったく信じていないようだった。『まあ、そりゃそうなったで別れてたんだろうよ、男がそんな女々しいことしたらよ』『……ふざけんじゃ、ねえって、話っすよ……』
 青年はそのままテーブルに突っ伏してしまった。中年はそれを生暖かい目で見ていた。どこか過去の自分に重ねる部分があったのかもしれない。『まあ、そうだなあ。それでも手放したくないと思えるオンナなのかどうかってことだよ。別にいいって思えんなら、それまでのオンナだったってことだ。遅かれ早かれだ。しかしお前さんは追いかけて欲しがってるその子の気持ちを知らなかっただけの話だ。その子がそんなワガママを見せるのも恐らくはお前にだけだろうよ。その上で、お前さんがそれでも手放したくないと思うんなら……』
 中年はそこで一度言葉を切ると、力を抜くように体を反らして目を閉じた。『どんなに格好悪くても、泣き喚いてでもいいから、繋ぎ止めろ。いまからでも謝ってこい』
 仕方ねえから骨は拾ってやるからよ。
 ……あの青年はその後どうなったのだろうか。別にいいやと捨て置いたのか、それとも別れを告げられたことで自棄を起こして酒でべろべろになってしまうほど大好きなその子の所へ頭を下げにいったのだろうか。いずれにせよ、あの青年にとって後悔の少ない選択ができたことを俺は願う。
 
「……?」
 
 わずかな空気の流れを肌に感じた。もちろん草原なんかを歩けば全身に付着した汗やらゴミやら、心に纏わりつく子絡みなんかも全て吹き飛ばしてくれそうな爽やかな風を感じることもできるが、この洞窟にきてからそれを意識したのは始めてだった。そもそも空気が流れているということは洞窟の外に通じているということであり、近くに俺がここから脱出できる場所があることを示している。もちろん今更だが。
 何かがこの先にありそう。そう一度思ってしまうと、やけに長いこの一本道にも意味があるように思えてくる。きっと勘違いではあるけれど、この道に何かが通った後のような気配が残っているような気がした。あれから時間はかなり経っているであろうに、俺の足は地面に残っているかもしれない彼女の体温を探していた。
 行き止まりは質素な扉だった。
 いよいよもって覚悟を決めるときだろうか。別にミルと喧嘩をした訳ではないし、彼女もヒスを起こして俺の前から走り去った訳でもない。ただ単に、俺がそうしなければならないと思っただけだ。薄暗い洞窟に消えていく彼女の小さな背中を見て、それを追いかけるのは俺でなければならないと、強く感じてしまったからだ。
 ノックのために持ち上げた腕が重い。恐る恐る開けたら実は台所だとか、適当なことを頭に浮かべて気を落ち着ける。
 乾いた音が1回、2回。返事はない。
 ほっと息を吐いて扉を開いていく。明暗がはっきり区別できるほど部屋からは光が溢れ、開ききればそれは正面の窓から差し込む陽の光だということがわかった。思ったより暗さに慣れていたせいか、それを全て受け止めようとした瞳がじんわりと傷んだ。俺が目を瞬いていると、部屋の脇に置かれたベッドの上で陽の光に包まれた少女が上半身をむくりと起こした。その様を見るに、恐らくは天使の類に違いない。
「……何しに来たんですか」
 天使のような容貌の悪魔は少しだるそうに俺を見ながら言った。俺は相変わらずの文化的な生活に苦笑しながら、返答を保留したまま入室して扉を閉じた。
 ミルの部屋は、ここでドンピシャだったようだ。
 
「何なんですか?」
 振り返った俺にミルが尋ねた。出て行けと言われなかったからには、多少は目があると思ってもいいのだろうか。メルとのことで少しは自信のついた俺でも、上手に自惚れられるようになるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
「ミルちゃんに会いたかったから」
 彼女が俺に似ている部分があるのであれば、あまり回りくどい方法ではうまくいかないだろう。俺がメルの気持ちを信じられるようになるまでに、彼女にどのように愛してもらったのかを考えれば自ずと答えは出てくる。
 本心を、シンプルに、何度も。
「うそつき」とミルが言った。
「嘘じゃないんだけど」
「うそですよ」
 俺を嘘つき呼ばわりする彼女は心なしか鼻声のように思える。心なしついでに目元も赤っぽく見える。心が成せばなんとでも言える。
「嘘じゃないよ、ミルちゃんに会いたかった」
 正直ちょっと怖いけど、と心の中で付け足すと、ミルは枕を後ろ手に取り出して両腕に抱え、口元を隠した。人間の少女が大好きなぬいぐるみを抱えているかのようだった。
 なんだその可愛いポーズ。
「……メルちゃんが教えたんですか?」
「え?」
 彼女は少し視線を泳がせて「この部屋」と追加し、視線を俺に戻した。やや睨んでいるようにも見えるいまの彼女の目付きは猜疑心こそ十分に感じられども、敵対心というほどの厳しさはないように見受けられた。好きじゃないけど、おもちゃとしては大好きなはずだから、とメルが苦笑しながら言っていたのを思い出す。ということは、この現状はお気に入りの玩具が置いておいたはずの場所から消え、勝手に出歩いて自分の部屋の扉を開けて入ってきた、といったあたりか。俺だったら怖すぎて尿を漏らすかもしれない。
「いや、途中でメルには会わなかったな。適当に歩いてたら着いたよ」
 俺がそう言うと、ミルは目を丸くした。
「適当って、え?」
 枕にくぐもった声がやや上擦っていた。彼女の様子に俺は道筋を説明しようと頭を捻ったが、記憶に残っているのは同じ景色が続く洞窟の景色だけだった。
「そう、適当」
「適当って、どこをどう歩いてきたんですか?」
「いやだから、適当にこう、ふらーっと」
「……まさか私がいなくなってから今まで、ずっと歩いてたんですか?」
 ずっと、と言われて自分の身体に改めて気を配ると、鈍っていた足腰が小さく悲鳴を上げているようだった。旅もしばらくは徒歩が基本だったせいか、あまり歩く距離や時間に頓着がない。それこそ次の街に付くまでに数日は夜営だってするのだから。
「……馬鹿じゃないですか?」
 力が抜けたように喋る様子を見る限り、ここに着くまで手当たり次第に歩き回るのは常識的ではないらしい。そうは言っても日の高いうちに辿り着いたのだから本当に大したことじゃない。まあサキュバスに魅了されて永住を決めてしまうような勇者が、お前は馬鹿ではないかと尋ねられれば答えは馬鹿であろうが。
「はあ……、もういいです。それで、何の用なんですか?」
 疲れたように語る彼女へ、俺は同じように言葉を返す。
「ミルちゃんに会いにきた」
「それはわかりましたよ。会ってどうするつもりだったんですか?」
 会って……、会ってどうする?
「会いたかった」
「答えになってないです」
「一緒にいたかったんだよ。置いてかれて寂しかったし」
 俺は淡々と話す。話せる。メルにこういうことを素直に言うのは少し恥ずかしいのに、ミルに対してはあまり抵抗がないのはなぜだろう。予想できる反応がメルのほうが面倒臭そうだからだろうか。いまのミルはいくら愛の言葉を注いだところでいくらでも吸収してくれそうな謎の安心感がある。まるで巨大な綿の塊を相手にしている気分だ。
 そしてきっと、その綿をひたひたにすることが出来れば彼女も俺を信用してくれるのかもしれない。俺も俺で綿だったのだろう。メルに教えてもらった愛の浸し方を、俺は俺なりに実践していく。どうあがいても、俺はメルのこともミルのことも好きなのだから。
「一緒にって……、もうわかっていると思いますけど、私はこういう性格です。勇者さんに優しくしていたのは懐柔するためです。わかってますよね? 私と一緒に居ても楽しくはないですから」
 ですから、出ていってください。とは彼女は言わない。ミルは気づいているだろうか。今、俺と会話しているミルが、もうほとんどメルと話している時と変わらないことに。
「わかった。とりあえず抱きしめてもいいかな?」
「話を聞いていましたか!?」
 俺は至極真面目に交渉したつもりだったが、彼女には冗談として受け取られたようだった。
「抱きしめながらでも話はできるし、温かいよ」
 俺が真顔で腕を広げると、彼女は小さく悲鳴を上げて身体を強張らせた。その反応はショックではあったが、それ以上に自分の大胆極まりない言動にも違和感を覚えた。なぜこうも性的な嫌がらせのようなことが俺にできるのだろうか。恐らくはメルに愛してもらえたことが多少なりとも自信になっているのか。あるいは、何があろうとメルは俺と一緒に居てくれるのだろうという慢心にも似た気持ちが根底にあるのかもしれない。やはりメルの言うように、男が童貞をちゃんと卒業するには愛している人に愛される必要があるらしい。別に卒業したところで変態になる必要はないだろうけど。
「やっぱり嫌かな?」
「嫌です」
 はっきりと断る彼女にそのままずいと迫ると、ミルは同じように身体を後ろへとずらした。俺はいま強化系も含め全ての呪文を封じられている状態だ。呪縛こそないけれど、ミルが本気を出せばそれこそ指先ひとつで俺を吹き飛ばすことは容易であろう。にも関わらず、彼女がそれをしないのは……。
 どうも思考が前向きになりすぎている。
 とりあえず彼女の様子から本当に嫌がっているかどうかを推し量ろうと試みるが、さすがに分析するとなるといかんせん経験値が足らなすぎる。仕方なく腕を降ろすと、ミルの表情からすっと力が抜けた。それをどう思っていいかは、今の俺にはまだわからない。
 ベッド脇の床に腰を降ろす。未だ警戒心を解いてはくれないミルを眺めながら、俺は思案する。本当は彼女の態度の理由を知りたかった。けれどそれは、何となく彼女の深い部分に触れる質問のように思える。信用を勝ち得てからでなければ答えてはくれない気がする。
 もっと丁寧に進めるべきか。ゆっくりいってみよう。
「一緒にいても、って言うけどさ」と俺は語り始める。「俺はミルちゃんが好きだよ。あんなことされちゃったらさ、そりゃ好きになるよ。サキュバスはどうかわからないけど、人間の男はさ、一回好きになっちゃうともうだめなんだよ。冷たい態度取られたってそう簡単に嫌いになれないよ」
 途中でミルが何度か口を開いたけれど、俺はその上から自分の気持ちを被せていく。
「だから、一緒にいさせてよ」
 俺はミルから目を逸らさないように務める。ミルは相変わらずじっとりとした目付きを俺に向けてくる。
「……でも、メルちゃん選んだじゃないですか」
「いやっ! それはだなあ、えーっと……」
「メルちゃん選んだじゃないですか!」
「ち、ちょっと待って」
 俺は両手を広げてみせる。そもそも俺がミルのことが好きかどうかの話をしていたのであって、メルを引き合いに出されてしまうとすぐに切り替えができない。焦った俺は一度目を閉じて小さく息を吐く。
「正直に言う。俺は最初から三人が良かった」
 俺は自らの発言にめげそうになりそうな心を強く持って彼女に見つめ返す。冷静に考えなくとも、これは勇者がサキュバスに性的行為を望んでいて、しかもその相手が二人の方が良くて、二対一でいじめられたいのだと告白しているようなものであって、精神的にも倫理的にも顔面を正常に保つことは困難を極めた。
「顔、真っ赤じゃないですか」
「いや、あの」
「変態」
 俺は下唇を噛んで服の胸元のあたりをぎゅうと掴んだ。視線を泳がせてしまったのは彼女の糾弾に胸を痛めたからではない。その痛みの中で、得体の知れないイキモノが蠢いたことに自分自身で驚いてしまったからだ。こんなものを飼った覚えはない。いつ産まれたんだ。
 俺は頭を振って、その感覚を振り払う。ちゃんと説明をしなければ。
「あのときはどうしても片方を選ばなきゃいけないってなってたから、その、順番的にメルを選んだんだけどさ」
「順番的ってなんですか?」
「いや、その……」
「まあいいですよ、続けてください」
「……はい」
 鋭利な指摘が身体に食い込む。警戒していたミルの表情にいくらかの余裕が出始めてきているからには、方針は間違っていないはずだ。
「昨日はメルと一緒だったわけで、もし選ぶのが昨日じゃなくて今日だったら、もちろんミルを選んでいる、と思う」
「選ぶ? 私を? 勇者さんがですか」
「あ、いや……、選ばせてもらう、というか……」
 ミルがすっと口端を上げたのがわかった。なんだろうか、だんだんと趣旨が変わってきている気がする。しかし俺からこの状況を崩すわけにもいかない。
「それで」とミルが言った。「どうして私を選ぶんですか?」
「えーっと、だからその、順番的にっていうとアレだけど、その」
「じゃあ、勇者さんが私のことを嫌いだとしても選んでくれるわけですね? 優しいですね」
「いや!」
 俺は声を張り上げる。
「す、好きだから選ぶ、わけで、何というか」
「はい? どうして選んでくれるんです?」
「だから、その、好きだから、です」
「聴こえないです。もっとちゃんと言ってください」
「好きだから! です!」
 ミルが愉快そうに口元を歪めた。そして赤面したままの俺を「ふーん、そうなんですねえ」と興味深そうに眺めていた。
 どうしたのだろうか。どうしてこんなに恥ずかしいのだろうか。最初はあんなに簡単に言えたのに。化けの皮でも剥がれたのか。
「どうして勇者さんは、私のことが好きになっちゃったんですかね?」
「え?」
「あれ、嫌いなんですか?」
「いや、好きです……」
「どうしてそうなっちゃったんですかね?」
 様子がおかしい。ミルの機嫌が直ってきていることは確かなのだが、もっとこう、甘い感じというか、そういったものを予想していたのであって。
「えーっと」と俺は背中の汗を気にしながら切り出す。「まずね、好きになるっていうことに理由はないというか、えー、感情を説明するっていうのはすごく難しいことで」
「でも切っ掛けはありますよね? だってこの洞窟にきてすぐ私に一目惚れしたってわけじゃないですよねえ。外に出たいって言ってたわけですし。何があったんですかね。どうして私のこと好きになっちゃったんですかね」
「それは、その」
 ミルが柔らかい笑みを向けてくる。その容姿は狂おしいほどの愛らしさなのに、黒い瘴気でも吹き出しそうなほどの闇を感じる。
「その、えっちなこと、され、て……」
「えっちなこと? 一体どんなことなんでしょう? 好きになっちゃうほどえっちなことって、どんなことをされたんですか、勇者さん」
「……」
 俺は俯いて押し黙る。身体が熱い。顔も熱い。汗が吹き出る。愛を語ると決めたものの、このままでは精神的に持たないかもしれない。
「勇者さん?」とミルが呼んだ。「ほら、もう少しだけ頑張ってください。私のこと抱きしめたいって言ってましたよね? ちゃんと理由を教えてくれれば、考えてあげますから」
 そう言ったミルの笑顔は、どこか肩の力が抜けたように自然な優しさがあった。俺はミルの微笑みに己を奮い立たせて、最後の決戦に挑む。
「えっちなこと、っていうのはその、ぱ、ぱふぱふとか、パイズリ、とか、ですね」
「詳しく教えて?」
「くわっ、詳しく? えー、その、乳房でですね?」
「なあにその言葉? 私わかんないなあ」
 俺は一度ぎゅうと目を閉じて、また開く。
「えーっとおっぱいで、その顔をこう、挟んでもらって」
「うんうん」
「ぱふ、ぱふって、こう押し付けるというか、圧迫してもらうというか」
「うん、わかるよ、それで?」
「そしたらその、興奮するので、今度はその、お、おっぱいで、陰茎をですね」
「お」
「お?」
 口を丸くした彼女に聞き返すと、ミルは「わかってるよね?」といった様子で俺を覗き込むようにして笑った。
「陰茎ってなんですか? 違いますよね? お?」
「お? お、お、……お陰茎を」
「勇者さん?」
「おち、おちんちんを挟んで、もらって、ですね」
 全身に震えが走る。泣きそうになりながら俺は必死で続ける。
「うん、挟んでもらって?」
「挟んでもらって、上下にこう、擦ってもらったりして……」
「それでそれで? どうなっちゃうの?」
 ミルが力のない笑みでくすくすと笑っている。俺は歯を食いしばり、全身にぎゅっと力を込めて息を吐き出す。
「それで、気持ちよくなると」
「気持ちよくなると?」
「精液が、出ます」
「出ちゃうんですか?」
「出ます」
「そうですか」
 うふふ、とミルが笑う。最後の方は行為の説明ではなく男性器の説明になっていた気がするけどこの際関係はない。ミルが満足していることが最も重要なことだ。
「それで?」とミルが聞いた。
「そ、それで?」
「それで勇者さんは、自分が勇者であるにも関わらず、サキュバスのおっぱいでぱふぱふされて、おちんちんをすりすりされて、ぴゅっぴゅして、好きになっちゃったんですか?」
「……そう、です」
「ド変態ですね」
 うぐっ……!!
 俺の中でイキモノが暴れまわる。俺の内側で体当たりを繰り返して痺れを撒き散らしている。俺は沸き出た羞恥心と危機感でそれを必死に抑え込む。そんなはずはない。俺は至ってノーマルだ。そのはずなんだ。
 
「ほら」
 
 ミルがベッドの上に横たえ、両手をこちらに広げた。その表情は慈愛に満ちていた。
 全てを包んでくれそうな優しい笑顔に、俺はやっとのことで飛び込んだ。
 
 
 
 -------------------------
 
 
 
「違いますよう、私が撫でてあげるんですから、勇者さんはもう少し下にズレてください」
 うるさい心臓を無視しながら、俺は彼女に従って体をズラす。額のあたりに彼女の顎が少し触れた。
「もう少し下です」
 言葉通りに動くと、自分の顎がいつもの場所にふよっと包まれる。俺は唾液を飲み込んだ。
「もうちょっと下ですよう、ふふ」
 彼女の思惑を知り、俺はたまらずに彼女に抱きついて、そこに顔を埋めた。ミルはくすぐったそうに声をあげてから、俺の頭をそっと抱きしめてくれる。先程までずっと吹きさらしの中にいた心を、彼女のおっぱいがぎゅっと受け止めてくれる。安心と感嘆と、様々なものが合わさって、俺は彼女の布越しの乳房に埋もれたまま、深い深い息を吐き出した。
 彼女の手が後頭部をゆっくりと撫でていく。あまりに優しすぎて身震いしてしまう。髪が気持ちいい。受け入れられたことが嬉しくて、俺はさらに顔を擦り付けてしまう。彼女がまたくすくすと笑った。
「スケベ」
 ぞくっとしたものが背筋を駆け抜ける。俺は荒く鳴った息で自分の顔を蒸される。
「おっぱいに負けちゃう変態」
 びくり、びくりと体が震える。心が苦しくておっぱいに甘えると、彼女はわかりきったように俺を包み込んで頭を優しく撫でてくれる。
「変態」
「ん、ぐ」
 罵声に体が縮こまる。俺の辛さを覆うように、彼女のおっぱいが顔にむにゅりと広がる。頭をずっと撫でられる。言葉とのギャップに混乱してしまうほど、その手つきは俺を慈しむかのように柔らかい。
 ああ、なんだこれ。
「ふふふ」
 彼女の嘲笑が心をくすぐる。俺は思わず身をよじる。
「変態」
「んっ、ん」
 手つきはあくまで優しい。俺を受け入れて、癒やしてくれるのに。
 ああ、これやばい、やばい。
 俺は大口を開けたままおっぱいに顔を沈ませる。そのままぐりぐりと甘えれば、彼女の乳房は自在に形を変えて、俺を包んでくれる。いい子いい子、と彼女の手が俺に囁く。
「おっぱいでえっちなことをされて好きになっちゃうなんて、どれだけ最低なのかわかってるんですか? 仮にも勇者さんなんですよ? 性欲に負けちゃうような動物さんか何かなんですかね」
 さわさわと髪を撫でられる。身震いが止まらない。彼女によって傷つけられる俺の心が、彼女によって癒やされていく。おっぱいに包まれる。
「ほんとに変態」
 これはまずい。明らかにやばい。中毒に侵されそうな危機感に体が震える。なのに病みつきになる。
 それはきっと嵌ってしまえば戻れなくなりそうな、深い深い穴。
 怖い。怖くておっぱいに甘える。やっぱり彼女は受け入れてくれる。得も言われぬ柔らかさで抱きしめてくれる。頭を撫でてくれる。
 ああ、彼女の優しさがたまらない。おっぱいがたまらない。
「これだけ馬鹿にされてるんですから、まさか興奮してる、なんてことはないですよねえ?」
「んんっ!?」
 思わず腰を引くが、彼女の足のつま先がそれを逃してはくれなかった。
「んぐうっ」
「あれー?」
 ズボンの上から二度三度と、確かめるようにつま先を押し付けられる。ソコがどんな状態なのかなんて、自分の体であれば見なくてもわかる。俺は更なる罵倒に身を縮めて、おっぱいの中に避難する。彼女の腕で優しく俺を匿ってくれる。
「うわあー、変態。悪口言われておっきくなっちゃったんですか? そんな人存在するんですねえ」
「んんんんっ」
 毒に溺れる。彼女の甘さに沈められて、息も出来なくなる。俺は顔面を崩壊させながら、布の上に主張する突起に口を付けて、そのまま彼女の背中をぎゅうと抱き寄せる。あむあむとそこに吸い付く。泣きそうになりながら、すがりつきながら。
「こんなこと言われて勃起しちゃうおちんちん、恥ずかしくないですかあ? 恥ずかしいですよねえ。消えちゃいたいですよねえ」
 彼女は言いながら、俺を体で守ってくれる。髪を、頬を、頭を、ゆっくりゆっくりと丁寧に撫でてくれる。大丈夫、大丈夫だよと語りかけてくれる。
「んっ、んっ、ん」
「やあん、もう変態さんなんだから……、ほら、勇者さん」
 彼女が胸の生地を下にズラす。ぷるりんと巨大な乳房が揺れて、眼前に姿を現す。ピンク色のおっぱいの象徴を見つけて、俺は何も考えられずに飛びついた。
「んっ、んく、んん」
「んふふ、変態、おっぱいに負けちゃうド変態」
 彼女はそう言いながらも俺を抱き寄せてくれる。生地が邪魔で感じられなかった素肌と、谷間の奥まで俺は堕ちていく。
 守られたい。俺はミルに守って欲しい。その一心で、俺は必死に小さな突起にむしゃぶりつく。おっぱいで不安を埋めていく。
「ほら、ズボンぬぎぬぎできますか? おちんちんを上手に取り出せたら、もっとぎゅーって守ってあげますよ?」
「あはっ、はっ」
 犬のように息を荒げながら、俺は彼女に従う。もたつく手をなんとか動かして、ズボンをずり下げる。生ぬるい布団の中にソレが晒される。
「やだあ、従っちゃうんですねえ。おちんちん自分で出してなんて、そんなサキュバスの要求に従っちゃうんですねえ。この変態。スケベ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
 身体と一緒に俺のモノがびくびくと跳ねる。涙すら流している俺を、彼女がぎゅっと抱きしめてくれる。おっぱいで包んでくれる。守ってくれる。全ての嫌なことを、彼女の素肌が忘れさせてくれる。

 にちゅ。

 思い切り反り立ったソコを、突然、熱が包み込んだ。
「――――ッ!?」
 俺は四肢をばたつかせて暴れる。それを彼女が抱きしめて押さえてくれる。
「大丈夫、大丈夫ですよ、今日は尻尾で、しますから」
 熱が陰茎を包んでうねりだす。これが、これが尻尾。
 メルに尻尾を巻かれた時とは明らかに違う。これは、たぶん巻き付いているんじゃなく。
 尻尾の、中。
「えへへ、私の尻尾の先ってこうなってるんです。これはメルちゃんには出来ないことなんですけどね」
 にちゅ、ぬちゃ。
「んっ、んんっ、んふっ」
 罵倒で大きくされてしまったソコが、快感に悦び跳ね回る。こんなのすぐ出てしまう。
「今日はあ、もう十分いじめさせてもらえたので、すぐイかせてあげますよお」
 にちゅ、ぬちゅ、にち、にち。
「んあっ、んんっ、ん」
 程よいとは言い難い、その容赦のない動きに、精液が一気に登ってくる。
「契約はあの部屋で完了してはいるんですけど、今回はなんだか、力を吸う気になれないので、レベルドレインはやめておきます。だから一回です。一回に、全部賭けてください。最後に思いっきりいじめてあげますから、ほら、おっぱいに甘えてください」
 彼女の言葉の間にも限界は近づき、俺は朦朧とする意識の中で、自分を守ってくれるおっぱいに、突起に思いきり吸い付いた。
 尻尾の先が、一際大きなうねりを生み出す。
「んふふ、言ったらほんとにおっぱいに甘えちゃって、好きなんですよねえ? このおっぱいのせいで好きになっちゃったんですよねえ? ほらほら、勇者のくせにスケベだからちゅうちゅう止まんないですねえ? 変態。ド変態。サキュバスに抵抗もせずにおちんちんからお汁座れちゃう最低の変態。ほら、出ちゃう出ちゃう。変態おちんちんからスケベなお汁出ちゃいますよお」
 くちゅくちゅくちゅくちゅくちゅくちゅくちゅ。
「――――――――――――ッ!!」
 ああ、出る。出ていく。
「あっ、変態のお汁出ちゃってる、気持ちよくて出ちゃってますねえ」
 変態、変態。彼女の尻尾のうねりに合わせて、彼女が嬉しそうに囁く。俺は背筋をばきばきにのけ反らせる。手足がびりびりになる。彼女が俺の動きに合わせて、とても勇者の表情とは言えない俺の顔におっぱいを押し付けてくれる。守ってくれる。包んでくれる。
「悪口で大きくなっちゃったダメおちんちんから白いのいっぱい出てますよお。ほらいっぱい出てます。上手ですよお。ぴゅーぴゅーって」
 彼女に罵倒されながら、促されながら、全てを放出していく。好きが深くなる。恋が深くなる。俺はもっと変態になっていく。
「ぴゅー、ぴゅるるー」
「んあ、あっ」
 変態が変態になっていく。ダメな俺がダメになっていく。
 彼女が守ってくれる。ミルがいれば、全部大丈夫。
 大丈夫。大丈夫。
 
 
 
 ---------------------------
 
 
 
「……もし聴こえていたらでいいです。とてもくだらなくて、仕様のない話です。だから覚えてなくてもいいので、どうかそのままで聞いてください」
 じんわりとした痺れの中で、俺はまた彼女に頭を抱きかかえられている。当然なのだろう。ミルは俺を守ってくれるのだから。
「私は……」とミルは続ける。「どうしてもメルちゃんには負けたくなかったんです。どうしても、負けたくないんです。理由を話したら、勇者さんに笑われちゃうかもしれませんが」
 ミルはくすっと笑った。それは自分自身に向けられたものかもしれなかった。
「前はですね。ずっと前。ずーっと前は、私の方がメルちゃんよりも上の立場だったんです。上の立場って言うとアレかな、いろいろと上手にこなせるのは私の方でしたし、みんなから好かれてるのも私だったんです。メルちゃんは本当にドジで、何も出来なくて、よく私に泣きついてたくらいなんですよ」
 本当ですよ? とミルは言う。思考力の欠如した俺の脳には、彼女の言葉はよく浸透した。
「でも……、あれはいつだったかなあ、メルちゃんが突然、なんていうのかなあ、強くなっちゃったんですよね。私も、他のみんなも、誰も敵わないくらいに」
 そこで彼女は言葉を一度切った。話しながら、その頃の気持ちを思い出しているのかもしれなかった。
「成長はそこで留まらなくて、どんどんメルちゃんは強くなっていっちゃったんです。みんなもすごいすごいって言ってて、私もすごいなあって思ってたんですけど、なんていうんですかね、多分、焦ったんだと思います」
 静かに語るミルの言葉は、いままでにないほど真摯に響いた。
「それは今になってもあんまり変わってなくて、強さで言ったら今でもメルちゃんの方がずっと強いんです。メルちゃんにはもう勝てないのに、それでも負けたくないんです。だから、勇者さんのことも、どうしても負けたくなかったんですけど……」
 また、負けちゃいましたね。
 俺の声帯機能が万全であれば、それは違うと言ってあげられるのに。俺は虚ろな世界にミルの表情を探して、視線を動かす。
「ふふ、つまんない話をしちゃって、ごめんなさい」
 やっと見つける。困ったように眉を下げるミルの顔を見つける。俺を見つめてくれる彼女を、俺は見つめ返す。
「…………す、き」
 かろうじて言えた言葉は、果たして彼女に伝わっただろうか。そのままもやのかかっていく視界に、すっと黒い影が落ちた。
 ちゅ。
 おでこへの小さな感触に、まだ果てて間もない身体がぴくんと跳ねた。痺れがじわじわと流れていった。ひどく幸せな痺れだった。
「……可愛い人ですね」
 前髪をかき分けるように撫でられる。心地よさに溶けてしまいそうだった。
 さら、さら。
 幸せに、流れていく。
 愛しい人に包まれて、漂っていく。
 
 
 
 
 
 

 書いたもの

(18歳未満の方は閲覧できません)

 プレイ内容(ネタバレ含む)


      トップページ  掲示板