ほどよく茹で上がったジャガイモは歯を立てれば少しだけ耐えたあとに、あっけなく程よい大きさに崩れた。はふ、と一度熱気を吐き出してから口に含んだそれに舌で触れる。予想外にまだ熱い。自らの猫舌を呪いながらもいずれは訪れる食感と染み込んだ琥珀色のスープの味わいに胸を躍らせながら、ほうほうと息を吐き出す。
「あかっ、あか」
 歯に熱が伝わり、じんとするようなわずかな痛みが生まれる。唾液が溜まる。そのまま数秒格闘してから、幾分温度が下がったそれを思い切って噛み締めればぼろりと崩れた。内側の熱とスープの風味が一気に口の中へと広がる。唾液でなんとか熱を受け止めながら、舌で潰すように味わっていく。飲み込む。はあ。
 うめえ。
 俺はじっと目を閉じながらそう呟いた。この感動を作り手に伝えたいところではあるが、当の本人はおしゃべりに夢中らしい。俺はかまわずスープを匙ですくって、しばらく冷ましてから口に含む。舌で少し転がしてから飲み込めば、食欲をそそる香ばしい香りが口の中を通って鼻に抜け、スープは奥深くへと流れ込み体全体をじんわりと温める。彼女に言わせればスープ自体は動物の肉などから出汁をとって、それを野菜と一緒に煮詰めたものらしい。ずいぶんと手が込んでいることに感心してしまう。
「――――――っ! ――――!!」
 さて、昔から食事は大人数で取ったほうがおいしくなると言う。人数の問題というよりは、ただ黙々と食べ続けるよりも談笑しながら食べたほうが感じる旨みが増すんだとか。なんとも胡散臭い話ではあるが、ふと思い返してみれば確かに身に覚えが無いでもないので、それが真実ということでかまわないのだろう。もともと誰かと討論しているわけでもないのだ。適当に納得して、俺は食事を続ける。
「――――!? ――――ッ!!」
 いや、しかしだな、と俺は立ち止まる。果たしてその旨み理論を最初に提唱した奴はどういうつもりでそんなことを言ったのだろう。その条件というのは、騒がしければ何でも良いのであろうか。だとしたらオーク達の寝床で空気を振動させるほどのいびきを聞きながら食べる食事はさぞおいしいのだろう。
 もちろんそんな馬鹿げた話はない。
 要は本人の気分次第なのだろうと俺は考える。そもそも耳栓が必要なほどの場所で優雅にその騒音を嗜みながら「趣深いですわ」なんて言う奴がいたら俺はそのケツを蹴り飛ばしてやるだろう。そういうことじゃない。気心の知れた仲間達と、昔話に花を咲かせたり、くだらない話であーだこーだと盛り上がりながら楽しく食事を取ることがきっと大事なのだ。そう、楽しく食べる。これが最も重要なのであって。
「ねえ、勇者くんはどう思ってるの!?」
「勇者さんはどっちがいいんですか!?」
 二人のサキュバスがぎゃんぎゃんと言い争っている中で食べるのは、恐らく、違う。
 
 気がつけばまんまるに開いた目がひとつふたつ、二人分の計四つが俺をじっと見つめていた。メルとミルは口をへの字に曲げながら俺の返答を待っているようだった。せっかくの料理なのに、と俺は迷惑がるのを隠しもせずに眉を寄せて、一度息を吐いた。さて、何の話だったか。そこまで真剣に耳を傾けていたわけでもないから、文脈が不明だ。わからない。どうせわからないのだから、ニンジンも食べよう。
 俺はスープ中の一際切り口の大きなニンジンに匙を押し当てて、容器の底へ押し付ける。割とすんなりと匙の形に切り取られるように崩れた。それだけで口に入れたときの柔らかさが感じられるようだった。こんこんと陶器の音を立てながらスープと一緒にその欠片をすくう。間違いなくおいしい。おいしいに決まっている。
「勇者くん!」
「勇者さん!」
 スープから顔を上げれば先ほどよりも険しい顔をした淫魔がこちらを睨んでいた。俺は猛獣をできるだけ刺激しないように、手元を見ないままそっとそれを口元に運んだ。雫が零れないことを祈る。これだけおいしいスープだ、もったいない。
 ずず、もぐもぐ、ごくん。
「うめえ」
 メルは一層に鼻息を荒くし、ミルは複雑そうな表情になった。
「ごはんは一旦中止だよ! 勇者くん!」と耐え兼ねたようにメルが言った。
「いやだって、これ滅茶苦茶うまいぞ? 温かいうちに食べたいし」
 俺がそう返すと、メルは「もうっ!」と怒り、ミルは無言のまま視線を逸らした。料理長も照れるときはあるのだろうか。何となく間が空いた隙に俺はもう一口いただいた。はふはふ。うまい。
「たーいーせーつーな! 話なの!!」
 床に女の子座りのメルが自分の膝を両手で叩いた。俺はベッドに腰掛けたまま、スープから立ち上った湯気が申し訳なさそうに揺らぐ様子を見つめていた。そう怖がることは無い。お前は何も悪くない。
「……別に、食べた後でも、いいですよ」
 ミルが目を背けたままそう言った。メルもその発言に驚いてたようにすぐ隣を向いた。サキュバスが二人して同じ方向を見ているのはなんだか可笑しかった。俺は笑いをかみ殺しながら、料理長のお言葉に甘えることにした。ありがたく頂こう。
 
「それで」
 それで。
「どっちにするの?」
 メルがむんと口を突っ張った。
 俺は綺麗に空になった器の縁を指でなぞりながら、お腹の幸せに浸っていた。堪能しすぎて慣れてしまったのか、息を吸い込んでも料理の残り香のようなものはあまり感じられなかったが、部屋の中には食後の温かさがほんのりと漂っているようだった。
 俺は満腹になったお腹を休ませようと、ベッドに腰掛けたまま体をわずかに後ろに倒して両手で支え、天井を見上げた。隙間の大きいベージュの袖がゆらりと揺れて腕にそっと触れた。今朝もらった衣服だった。上下ともに手首やくるぶしが隠れるくらいにサイズはピッタリではあるが、袖口がとても大きく、かなりゆったりとしている。肌触りはすべすべしていて生地は薄く重さをほとんど感じない。まるで穏やかな季節の風を体に纏っているような気分だった。材質はおそらくメルやミルのそれと同じなのだろうが、一体どこから調達してくるのだろうか。
「やっとできた」なんて言葉を聞く限り自作なのだろうか。いやいや、まさか。
 俺は真っ白な天井を見上げたまま、目を閉じた。胃が活発に動き回りぐるぐると小さな音を立てていた。消化活動にエネルギーを持っていかれて、頭は少しぼんやりとしていた。なんとも気持ちの良い食後だ。このままお昼寝できたらどれだけいいだろう。
「勇者くん?」
 その声に仕方なく目を開ける。いつしか器の置いてあった小さなテーブルは横にどけられ、俺と彼女達の間には取り残された空気だけが漂っていた。俺は姿勢を起こして腕を膝に乗せ、前かがみになる。そろそろ真面目に付き合おう。
「で、何の話だっけ」
 途端に俺の脛やら膝に平手が飛んでくる。俺は平謝りしながらベッドの上に退避し、彼女達が落ち着くのを待った。
「どうどう」
「勇者くんが、どっちを、わたしとミルちゃんのどっちを選ぶのかって話でしょ!? 少なくとも今日の一日どうするか選んでくれなきゃ困るの!」
「どうなんですか、勇者さん」
 ずいとベッドの端に二人が迫ってくる。俺は膝を畳んで抱え、口を一文字に結んだ。さながら人間を丸呑みにする怪物が海域をうろつく中、ひとりでぽつんと無人島に佇んでいるような気分だった。絶望的なのはそのバケモノが水陸両用どころか空まで飛ぶことだろう。
 俺は唸り声を上げんばかりにこちらを睨んでいる二人を見る。曲がりなりにも年頃の女の子のような見た目をしている彼女達にバケモノ呼ばわりは失礼だったか。もう少し可愛げのある呼び方をした方がいいだろう。バケモノちゃんとか。
「はやく選ばないとご飯抜きです」
 ミルが半ば呆れるように目を細めて口を尖らせた。俺は「うっ」と言葉を詰まらせた。生きていくための栄養供給が断たれるのは痛いし、ここ数日においては彼女が作ってくれている料理がひとつの楽しみになりつつもある。食欲はどうにも誤魔化しがきかない。そういえばメルが最初に言っていたのは食欲と睡眠欲と性欲だったか。それら三つと今の状況に鑑みると、俺はヒトとしての人生をかなり謳歌していることになってしまうのかもしれない。
「ちょっと待って」と俺は手を広げて見せた。「まずさ、その選ばなきゃいけないっていうのがよくわからないんだけど、どういう流れでそうなってるんだ。何のために選ぶんだ、選んだ場合どうなる? どうしれ俺がそれを選ばなきゃいけない?」
 俺の言葉にミルが首をかしげた。
「……勇者さんは三人でする方が好きなんですか?」
「いやそういうことじゃ、……そういうことじゃ、ない」
 とも言い切れないなと心で思ったのは、三人でしたときの記憶が鮮明に思い出されてしまったからだった。両手を封じられて、顔をミルのおっぱいで圧迫されて、綺麗なぴんく色の突起を与えられて、腰から下をメルの膝に乗せられて、そっちも胸で。舌で。
 思い出すだけで身震いが起きる。何より恐ろしいのは、それを彼女達に求めればいますぐにでも叶ってしまうであろうこの現状だった。甘えれば、おねだりすれば、きっと彼女達は嬉々としてそれをしてくれるのだろう。もう努力してまでここから脱出したいとも思えなくなってしまった俺が、さらにもう少しプライドを捨てるだけでそれは叶ってしまう。
「三人が好きなんだ……」
「三人がいいんですね……」
 彼女達の低い声に自問自答を繰り返していた俺ははっとした。
「違う違う、違うぞ。勘ぐりはよくない。理由、そう、理由だ。なんで選ばなきゃいけないのかそこから説明してほしい。……そういう話だったよな?」
 俺は弁明する代わりに質問をぶつけた。メルとミルは二人してベッドに寄りかかり、疑わしげにじっとりした目つきを俺に向けていた。
 なんだその顔。ちょっといいじゃないか。いや。
「はあ」とメルがため息をついた。「だからね、しばらくは交代制にしようって話になったの。もちろん二人きりでも三人でも、自由にすればいいって話なんだけど、そうするとどっかの誰かさんが無理やりにでも独り占めにしようとしたりするし……」
 そこで一度言葉を切って、メルは隣に目をやった。ミルがつんと顔を逸らし、それを見た彼女は開きかけの口をもう一度動かし始めた。
「……まあ、そういう感じだから。わたしかミルちゃんなのかが決まってれば変な騒ぎにはならないし、正直、昨日のも勇者くんが意味もなく怪我しそうで危なかったし、妙なところにエネルギーを使うよりは、交代ずつにしちゃったほうがいいってことになったの」
 メルがふんすと鼻息を荒くした。俺の精の扱われ方が、もはや子供が遊具の使用順を決めるかのようになっている。さらに言えば俺の脱出についてはまったく言及されないことに一抹の悲しさと情けなさを感じるが、これについては俺も何も言うことができない。
「と、言うことで」とミルは切り出した。「勇者くんには記念すべき初日、今日、どっちと一緒に居たいのかを決めてもらおうってことなんだよ」
 意思の強さを感じるメルの瞳に俺は脱力しながら、思ったことを投げやりに口にした。
「いや、なんでかは知らないけど、俺を順番でどうこうするってことは勝手に決まってんだろう? だったらその順番も好きにしてくれよ」
「それが決まらないから言ってるんだよ!」
 メルが口を尖らせた。俺は同意できなかった。
 これ程にくだらない内容だ。決まらないのであれば決まるまで議論をすればいいだけのことだ。なぜそこで俺が決めなければならないという話になるのだろうか。
「メルちゃんが」と、ぼそりと言ったのはミルだった。「わがままだから」
「はあああ!?」
 すぐさま掴み掛かったメルに、それを予想していたかのようにミルが応戦した。お互いが相手の手を握り潰さんばかりの勢いで、二人は立ち上がった。体型からしてメルがやや優勢にも見えるが、ミルも負けてはいない。ボストロルの縄張り争いで頭領同士の激突があったとしてもここまでの迫力が出るかどうか。いや、可憐な女の子達にボストロルは失礼か。やはりボストロルちゃんということで。
「どの口が言うかなあ!?」
「メルちゃんが悪い。今日からのことなら今日を最初として考えればいい。だから私が最初でもいい、はずだよ」
「昨日十分に楽しんだでしょう!? あの魔方陣、どれだけ解除するのが大変だったかわかってる!? とにかく、今日はわたし! わたしなの! なんなら明日だってわたしの番でもいいくらいだよ!」
「そんなの通らない。公平に決めるべきだよ」
「だ、れ、のせいで決まりごとを作ることになったのかなあ!?」
 ぢり、と音を立てて飛び散った魔力が真っ白な壁に傷跡を残した。このまま彼女達の動きに合わせて揺れる乳をこれ眼福と眺めていてもよかったが、さすがにこれ以上は住居に被害を出しかねなかった。俺はため息をついた。
「わかった、事情は十分わかった」
 俺がなだめるように言うと、二匹のトロルちゃんがぬんとこちらを向いた。俺は反射的に両手を前に突き出し、撫で下ろすように動かした。
「わかったから。話を聞こうじゃないか」
 彼女達はしばらく魔力を迸らせていたが、そのうちにどちらともなく力を抑え、互いに一瞥してから手を離した。ああ、仲のよろしいことで。
「それで、どうするの」とメルがふて腐れたように言った。
「どうするんですか」と、ミルも似たようなものだった。
 俺は頭を掻いた。二人は俺が決めるという方法以外には考えていないようだ。どうしたものだろうか。
 なぜ三人だとダメなのか、なんて疑問を口に出したら俺にハーレム願望があるかのように扱われてしまう。勇者としてもまずいと思う。しかしそれ以外に何か穏便な解決策があるだろうか。そもそもなぜ二人は三人案にこれほど難色を示すのだろうか。俺の願望はひとまず置いておくとして、合理的ではあるはずだ。お互いが自分より優遇されるように感じるのが嫌なのだから、一緒にしてしまえばそれで済むはずだ。いや、間違っても俺の願望ではない。ただちょっと、思い出しているだけだ。
 二人があの日、嫌々ながら一緒にソレをしていたとはあまり思えない。わかりやすい解決策があるのに、それを認めない現状というのは、どうにも何か別の要因が関係しているように思えてしまう。
 ……まあいい。
「それじゃあ」
 俺は適当なものが周りにないか見渡す。硬貨が一枚でもあればそれで済むのだが、俺の装備と所持していたアイテムも今はどこに置いてあるのかもわからない。ミルやメルはお使いに出ることもあるのだから、もし人間に扮して買い物をしているのであれば硬貨の一枚二枚は持っているはずだ。
「なあ、お金もってないか? なんでもいい。銅貨でもなんでも、一枚だけ」
 俺はきょろきょろしながら彼女達に尋ねる、無いならないで別の方法を探すしかない。
「……何に使うの?」とメルが疑わしげに聞いた。
「コイントスしようかと思ってさ。裏か表で決めれば公平だろ」
 俺の発言に、メルがベッドを両手でばんと叩いた。
「そんなのダメ!」
「そんなのダメです! 勇者さん!」
 ミルがそれに続いた。俺はその勢いに面食らって思わず身を引いた。二人が怒り出す理由がまったくわからなかった。
「いや、え?」
「ダメ! そんなの」
「そんな決め方じゃダメなんです」
 ものすごい剣幕だった。しかしこればかりは俺も引くわけには行かない。なんせ運で決まるのであれば全員納得するしかない。勝負事で決めるとなれば実力的な要素が絡んできてしまうが、コイントスであればほぼ公平性は保たれるだろう。真っ当な提案のはずだ。これを否定されるのは納得いかない。
「いやいやいや、いいだろ? コイントスなら絶対公平だよ。間違いない。何かおかしいこと言ってるか?」
 俺が両手を広げて見せると、メルはベッドの上にずいと身を乗り出してくる。
「違う! 違うの! おかしくはないけど、違う、えっと……、とにかく違うの! コインとかそういうんじゃなくて、そう、勇者くんのことは勇者くんが決めるべきであって、コインが決めることじゃないんだよ!」
「お前なんか何となく名言っぽいこと言って誤魔化そうとしてないか? 思いついただけだろそれ」
「私もメルちゃんに同意見です」
「きみも乗らなくていいよ」
 メルとミルはその後も精神性だの生き物の真理だの、名前も聞いたこと無い学者の法則だのと無茶苦茶なことを言い出して要領を得なかった。何が何でもコイントスは阻止しようとする二人に、それなら運で決められる別の方法をと提示したらそれも却下された。
 すでに理屈じゃないことはわかっていた。だったら何が問題なのか。これだけ渋っている様子を見れば彼女達にとって何を重視しているのかがだいぶ見えてきた。
 要は“俺”が“自分の意思”で選ぶのが大切なのだろう。それさえクリアしていれば選び方なんてのはどうでもいいのだろう。方法なんて必要ない。いざ二者択一を突きつけられたとしたら、俺がどうするのか。さらに言えば二人して俺に選ばせようとしてくるあたり、どちらも自分が選ばれる自信があるのだろう。敵わないと見るならばコイントスの方が目があるはずだ。
「わかった選ぶよ、選ぶ」
 俺は観念してそう言った。騒いでいた二人がそれだけでしゅるしゅると大人しくなっていく。結局はこういうことになるらしい。彼女達の様子に憤りを覚えた俺は、少し奥歯を噛み締めてから続けて口を開いた。
「それで、俺が選ぶ前に何か言うことはあるか?」
 俺が選ぶ役になるのだから公約でも掲げてもらおうじゃないかと思い口にしたら、ミルが早々と手をまっすぐ挙げた。メルがそれを見てはっとしたように状況を理解した。
「はい、ミルさん」と俺は名前を呼んだ。
「はい。私はですね、私を選んでくれたら、勇者さんを幸せにしてあげます」
「幸せにしてくれるの?」
「そうです。メルちゃんにはできないくらい、すごい幸せです。このおっぱいで、たくさんしてあげます。ぱふぱふしてすりすりして、勇者さんが望んでいることを全部してあげます」
「……な、なるほど」
 昨日の後遺症でも残っているのか、彼女がふわりとおっぱいを持ち上げただけで視界に薄くもやがかかったようだった。「えへへ」と笑うミルに俺は頭を振って息を吐いた。前例が前例だけに、どうなってしまうのかが容易に想像できてしまう。
「はい! はい!」
 待ち兼ねたようにメルが手を挙げた。俺がそちらを見やると、彼女の自信に満ちた表情がそこにあった。俺は面食らってしまった。彼女達の魅力は可愛らしさも体の柔らかさもそうではあるが、何よりおっぱいだ。メルにしてもミルにしてもそれは同じだ。だから先にそれを言われてしまえば、後に話す方はまともにネタがなくなってしまいそうなものだった。
「はい、メルさん」
「はい!」と元気好く返事をした彼女は、はきはきと語り始めた。「わたしは、勇者くんがわたしを選んでくれれば、わたしが幸せになれます!」
 え? と口にしたのは俺ではなくミルだった。しかしメルはまったく意を介さない様子でそのまま続けた。
「絶対幸せになれます、わたしが! 選んでくれたら幸せ過ぎてちょっとまずいことになりそうですが! なので、勇者くんにはわたしを幸せにする権利をあげます!」
 あまりに堂々と言い切ったあとに、その場には何事も無かったかのような静寂が訪れた。彼女はやり切ったことに満足そうだったが、ミルは明らかに疑わしいものを見る目を隣に向けていた。
「……メルちゃん、それでいいの?」
「なにが?」
「いや、うん、別にいいんだけどね」
 メルの呆けた顔に、ミルは争ったことすら馬鹿らしいといった様子でため息をついた。
「はあ、まあどうせ勇者さんが私を選んでくれるのはわかっているので問題ないです」
「そんなこと決まってないよ!」
 メルが食って掛かった。ミルは哀れむような表情をメルに向けた。
「私も勇者さんの状態はわかってるけど、メルちゃんってまだ一度もレベルをもらえてないでしょう?」
「うぐっ!?」
「一度でも勇者さんに言ってもらえた? 奪って欲しいって、勇者さんの口からちゃんと言ってもらえた? 私はもう二回も言ってもらえたんだけどなあ」
「ぐうう」
 ミルの攻勢にメルが弱った顔を見せる。ミルは優しい顔をしたまま畳み掛ける。
「私の体の中にはもう勇者さんの愛がたくさんあるんだよ。勇者さんはメルちゃんより私を選んでレベルをくれてるんだよ。優しいの、勇者さん。メルちゃんはその優しさをもらえるほど愛されてないのかなあ?」
「そんな、そんな、こと……」
 メルが悲しそうに顔を歪めた。
「そんなことないもん! 勇者くんはわたしのこと選んでくれるもん!」
「はいはい、わがまま言うと嫌われちゃうよ? 勇者さんもういいですよ、決めちゃいましょう?」
 ミルが微笑みながら俺を促す。
 俺は二人の様子をしばし見比べていた。期待に満ちた瞳をこちらに向けるミルと、うなだれたメル。そこにいくつかの違和感を覚えたが、ここにきてそれを彼女達に問おうとも思わなかった。俺が意思が曲がることもなかった。
 一度目を閉じる。恐らくこれは、今日選ばれなかった人は明日になるだとか、そんな簡単な話じゃない。順番の話じゃないんだ。最初に選ぶならどちらなのか。きっと彼女達は俺が選んだ方に強い思い入れがあるのだと考えるのだろう。優柔不断にそれを決めろというのだから酷な話だと言いたいが、そもそも優柔不断でなければ彼女達に流されることもレベルを吸われる事も、こうして選択を迫られることもなかったかもしれないのだから、俺の責において選ぶべきなのだろう。
「じゃあ、今日は」
 今日は、と言うことで多少の緩衝材を作ろうとするあたりも実に女々しい。俺は苦笑いをかみ殺して、その続きを口にした。
 
「メルかな」
 
 言った途端にミルの表情が固まり、俯いたままのメルが一瞬だけぺろっと舌を出したのも俺は見逃さなかった。違和感のうちのひとつが無くなった。
「…………え?」
 自分の勝利を確信していたであろうミルは、また事態を飲み込めていないようだった。その無表情がやけに痛々しかった。落ち込んでいたにしては切り替えの早いメルが歓声を上げて俺に飛びついてきた。
「にゅふふふー、やったああああああっ!」
「……え、え? そんな、え?」
 俺に猫のように頬を擦り付けるメルと、呆然としたメルの様子はあまりに対照的だった。口をぱくぱくさせる彼女は、未だどこかで呼び間違いか何かを期待しているようでもあった。
 予想通りの反応ではあった。それだけに、もっと気軽に、ただ順番の問題なのだと言えればどれだけ楽だったかと思う。どちらでも良かったのだと、そういう共通認識を持つためのコインストスだったのに、それを彼女達が嫌がりはっきりと優劣を付けたがったのだからどうしようもない。
 どちらかは、こうなる。
「今日は、な、今日はってだけの話」
 俺にはもうミルの顔が怖くて見られなかった。それでも場を和ませようとして……、いや、嫌われまいとして、俺は女々しい言い訳を並び立てた。
「そう、“今日は”わたしなの」とあえて強調するようにメルが言った。「だからミルちゃんごめんねえ」
 俺が小さく小さくしようとする傷口を、メルが大きく広げようとしているかのようだった。俺は酷くいたたまれなかった。刺すような空気を吸い込むと、肺と胃が痛んだ。
 視界の端でミルが立ち上がった。俺の体がびくりと震えた。きっとメルには気付かれただろう。
「……そうですか」
 ぽつりとミルが言った。あまりに静かで、海底に沈んだような声だった。
「……それでは」
 潔く部屋を出て行く彼女の小さな背中に、覚えておいて下さいね、なんて言葉を聞いた気がした。
 
 
 
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「わたしの落ち込んでるフリが演技だってほとんど気付いてたのに、よく選んでくれたよね」
 彼女の言うがままにベッドの上であぐらをかいて腕を広げてみせると、メルはそこにぽすんと腰を収め、体を俺に預けた。柔らかくて、温かかった。
「後悔、してるでしょ?」とメルが言った。
 俺は少し考えた末に頷いた。メルは少し笑った。
「でもミルちゃんを選んでたら、勇者くんはもっと後悔してたと思うよ」
 だって勇者くんだもん、と言った彼女に、俺はまた「うん」と頷いた。
 部屋の中は先ほどまでが嘘のように穏やかだった。いや、普段であればそれを穏やかだと感じるだけの余裕があるのだろうなあ、と思っただけだった。呪縛が発動しているわけでもないのに少し体が重く、変な汗もかいていた。
 嫌われることには慣れていない。嫌われるであろう行動をすることに慣れていない、という方が正しいのだろうか。精神が磨耗している。
 俺はミルを怒らせた。だからといってミルを選べば、落ち込んだままのメルを放っておくことになる。それがほぼ演技だとわかっていたとしても、彼女が沈んだ表情を崩さないのであれば残りの小さな可能性を捨て切れずに悩み続けることになったのだろう。
「ミルちゃんのこと、どう思った?」
 完全に脱力したまま、メルが聞いた。俺はしばらく考えたが、彼女がどういった答えを求めているのか思い当たらなかった。
「……どういう意味?」
「そのまんまの意味。さっきのミルちゃん、わたしに向かっていろいろ言ってたときのミルちゃん。どう思った?」
 さっきのミルちゃん。
 私はレベルをもらっている。私の方が勇者さんに愛されている。勇者さんは優しい。メルちゃんはあんまり愛されていない。
「……違和感、なんだろうな。どこがおかしいってはっきり言えないんだけど。言ってることは確かに間違ってなさそうだし、それでなくても賢そうに見えるのに。アレはなんていうのかな、あの時は、ただ変な感じがしたんだ。ミルちゃん本人がおかしいって訳じゃないんだけど、なんていうんだろ、ごめん」
「ううん、わたしもそう思う」
 メルが目を閉じて静かに頷いた。俺はただ思ったことを口にしただけだったけれど、どうやらメルの質問に対して、目のつける場所はその辺りで合っているらしい。
 それからしばらく、メルは何も言わなかった。俺は彼女の言葉を待つことを諦め、静寂に身を任せた。この衣服ごしに彼女の肌に触れるのは初めてだったけれど、それでも柔らくてしっとりとした熱が直に感じられるようだった。
 俺は何とも言えない孤独感を誤魔化すために、目の前の彼女に手を伸ばした。髪に触れ、二、三度撫で下ろす。メルは目を閉じたままだった。
「ほんとはね」とメルが何も無い場所へ言葉を放った。「あんな頑張ってスピーチしなくても、落ち込んだフリなんかしなくても勇者くんがわたしを選んでくれるってことはわかってたんだけどね」
 ずいぶんと自信たっぷりに言う様子に、俺は笑ってしまった。ああそうだ、確かにさっきも、こんな顔をしていたように思う。
「なんで、そう思う?」と俺は聞いた。
「まずね、昨日はミルちゃんだったの。だから普通に順番からすると今日はわたしの番なの。普通ならね。これはすごーくくだらないことだけど、意外と大切なことなんだよ。それにミルちゃんも言ってたように、わたしは勇者くんからレベルを一回ももらったことがない。でもミルちゃんはもうもらってる。そしたらね、もらってないわたしを優先するのがなんとなーく情っていうものじゃない? くだらないけどさ」
 俺は鼻で笑った。
「本当にくだらねえな」
「そう、くだらないの。でもね、どんなくだらないことでも理由をつけて出来るだけ“普通”に寄せないと、勇者くんは罪悪感から逃げ切れないんだよ。優しいから。ミルちゃんを選んだら特別になっちゃうから。優しくて優柔不断でバランス感覚抜群の勇者くんだから、最終的にはわたしを選ぶしかなかったんだよ」
「なんか酷い言われような気もするけど」
 俺はそれを笑い飛ばそうとした。けれどうまく笑えなかった。
「ミルちゃんはさ」とメルが言った。「勇者くんのこと優しいって言ってたでしょ?」
「言ってたな」
「それは確かにそうなの。勇者くんは優しい。でも同時に、わたしのことを悪く言ってたでしょ? 傷つくようなこと言ってたでしょ?」
「それも、言ってたな」
「おかしいと思わない?」
 すぐ近くで俺を見上げたメルに、俺は何も言葉を返すことができなかった。すると彼女は突然自分の体を抱え、小さく丸まって小動物のように震えだした。
「わたし辛いの、傷ついているの、悲しいの。ねえ、優しい勇者くん、慰めてくれる?」
 助けを求めるように彼女が俺を見上げた。あまりにわざとらしい演技だったが、その瞳を潤わせる速度には感服せざるを得ない。
「……なにやってんの?」
「可愛いって思った? 守りたいって」
「思わない」
「そこは思ったって言ってよ」
「思った」
「絶対嘘でしょ」
 メルがからからと笑った。俺にはその小芝居になんの意味があるのかわからず、仕方なく彼女の言葉を待った。
「勇者くんが優しいってわかってるはずなのに、わたしを攻撃するようなこと言うんだよ?」
 ミルがメルを攻撃した。
 ああ、そうか。
「優しい人なら、傷ついてる人を選んで守ろうとするよねえ?」
 メルの言葉にやっと合点がいった。それと同時に、俺が感じていた違和感の正体がすんなりと浮かび上がった。
「ああ、言動が一致してないのか」
「そう」
 俺の目には、俺に選ばれようとしながらもメルを傷つけようとするミルがどこか道化のように見えていたのかもしれない。歯車がどうにもカチっとはまらないような、そんなわずかな違和感。
 メルは俺が理解したことを悟ったように頷き、口を開いた。
「ミルちゃんはね、ミルちゃんは、勇者くんのことが、その」
 そこで一度切った彼女が、かなり言葉選びに苦戦していることが伝わってきた。
「まだ、そんなに勇者くんのことを、知らないから」
 俺を知らない。
 隠された言葉は、「好きじゃない」だろうか、それとも「興味が無い」だろうか。どちらにせよ嬉しい話ではない。そしてその言葉がミルと俺の距離を広げるための策謀などではないことを、彼女の真摯な口ぶりが物語っていた。
「……ショック受けた?」
「ショックだな」
 俺が淡々と返した言葉にメルは笑ってくれた。つられて俺も少し笑ったけれど、内心はあまり愉快なものではなかった。
 何となく冷えたように感じた体を温めたくて、目の前の彼女を抱き寄せる。メルはやっぱりされるがままで、何も言わなかった。彼女の肢体がよりはっきりと感じられる。それだけで少し安心する。彼女の髪を嗅ぐ。メルが身に纏っている何かが、俺の体に浸透していくように感じられた。
 これがもしメルにとっての自分に依存させるための嘘や遠回しの罠なのだとしたら、俺はそれに騙されるよりほかないのだろう。
 俺が甘い香りに浸っていると、メルが口を開いた。
「別に、嫌いなわけじゃないと思うんだ。ミルちゃんは勇者くんに興味があるし」
 むしろ勇者くんへの興味だけなら、もしかしたらわたしよりも強いかもしれない、とメルは続けて語った。俺は浮かんだ疑問をそのまま口にした。
「俺をあんまり知らないのに、興味はあるのか?」
「うん、それは絶対ある。……だってわたしがこれだけ勇者くんにアピールしまくってるんだから」
「なんだよそれ、仲良しか?」
 俺は少し笑ってしまう。仲のいい人の好きなものというのは影響を受けやすいもので、メルが俺に興味を持っているからミルもそうなのか、と聞けばメルは首を振った。
「ううん、そういうことじゃないんだけどね。もちろん仲はいいんだけど」
 メルがそこで言葉を切った。いつもぎゃーぎゃーとまくし立てる彼女が、これだけ時間を使って話すのは珍しく思える。俺に抱きしめられたままの彼女の顔に感情はあまり見てとれなかった。それはミルのことを考えているようにも見えたし、俺にどう話そうかを悩んでいるようにも見えた。彼女はどうしたいのだろうか。こんなミルの内面を晒すようなことをして、俺に何を期待しているのだろうか。
「ミルちゃんはね」とメルが言った。「興味が内側に向いてるんだ」
「内側に?」
「そう、内側に。ミルちゃんは頭がいいから、どうしたら好かれる、とか、どうすれば気に入ってもらえる、っていうのをよく知ってるんだよ。そしてそれが、ミルちゃんにとってすごく大切なことなの。どうすれば勇者くんに自分を好きにさせられるだろう、とか、夢中にさせられるだろう、とか。勇者くんにどう思われるのか、どう思わせるのか。だから、勇者くんの感情の動きには敏感だけれど、勇者くん本人にはあんまり興味がないんだよ」
 あ、興味が無いって言っちゃった。とメルが少し自嘲するように笑った。
「まあでも、だから、勇者くんのことを優しいって褒めるくせに、勇者くんが本当に優しいってことはあんまり知らないんだよ」
 ミルちゃんって、仕草が可愛いでしょ? とメルが言う。俺は頷く。
「ああ、可愛いな」
「あんな可愛い子に甘えられて、褒められて、嬉しかったでしょ?」
「ああ、嬉しかった」
「ほんと、わたしなんかよりずっと上手で、頭がいいの。勇者くんが、っていうより人間の男の子がどういうことで喜ぶかを知ってるの」
 だけど、勇者くんのことをまだ知らないの。
「だからね、……だから」
 メルは自分の頭の中の考えに納得するようにうんうんと頷いて、口を開いた。
「勇者くんのことを、好きにならせてあげて」
 言葉は彼女の頬を伝って胸に響いた。俺はその意味を少しだけ考えて、メルに尋ねる。
「ミルを、口説けと?」
「そう、口説いて」
「サキュバスを」
「そう、サキュバスを、勇者くんが……」
 数秒後に二人して吹き出す。いよいよもって勇者の存在意義がわからなくなってきた。メルが肩を震わせながら俺を見上げた。
「堕ちるも堕ちたって感じかな?」
「うるっさいわ」
 俺がそのおでこに軽く手刀を食らわせると、メルは両手で額を押さえながらおうおうと鳴き始めた。
 やかましい生き物は放っておく。しかし口説けと言われても、どうすればいいのだろうか。賢い子に甘い言葉が通用するとも思えないし、そもそも歯に浮くような言葉を真顔で言えるほどの精神力も持ってはいない。
「でもさ」と俺は切り出す。「すげえ怒ってたぞ、あれ」
「怒ってないよ」
「え?」
「ミルちゃんでしょ? 怒ってないよ」
 俺は静かに部屋から出て行く後姿を思い出す。あれに怒りの感情が含まれていないとは到底思えないが、おでこをさすりながらそう語るメルは「当然でしょ?」なんて顔をしている。
「そりゃちょっとは怒ってるかもしれないけど、違うの。ミルちゃんは多分、へこんでる」
「へこんでる?」
 聞き返した俺に、メルは頷いた。
「ミルちゃんはもとからみんなに慕われてて、嫌われたり否定されることに慣れてないから」
 メルは何かを思い出すようにそう話した。みんなというのは昔のサキュバス仲間だろうか。しかし嫌われることに慣れていないとは、なかなかどうして。
「勇者くんと似てるんだよね。ちょっとだけ」
 こちらの心中をずばりと言い当てた彼女に、俺はなんとも言えない気分になって顔を背けた。
 ミルの出て行った部屋の入り口を見やる。もちろんそこに彼女の姿はもうない。一度はこの洞窟からの脱走を企てた俺も、その途中途中に枝分かれする道の数には舌を巻いた。全貌がまったく見えてこないのだ。もちろんいまミルがどこにいるかなん見当もつかない。ほんとうに落ち込んでいるのろうか。
「そこまで思ってるなら、今日の順番は譲ってあげればよかったのに」
 そう言ってから彼女に視線を送ると、メルは頬を膨らませて言った。
「それはだめ。それだけは譲れないよ。だって三人一緒にいるときにわたしを選んでくれる機会なんて、もうこの先ないだろうから」
「自分が選ばれること、わかってたくせに」
「わかってたからって、嬉しくないなんてことはありえないよ。ほんとはちょっと自信なかったし……、ねえ」
 メルが横目に俺を見上げた。
「なんでわたしを選んでくれたの?」
 さんざん自分で説明をした上で、メルが理由を尋ねてくる。褒めてくれというアピールだろうか。
「さっき自分で言ってただろう」
「ううん、勇者くんの口から聞きたいの」
 口ずさむように語尾を跳ねさせる彼女に、俺は目を閉じて考える。
 理由というのなら、一番は。
「まあ、あの演説だろうな」
 俺がそう言うと彼女の表情が輝いた。
「あっ、あれやっぱり効いた?」
「お前は俺のことを理解しすぎ、怖い」
 メルは「よくわかってるでしょー?」と嬉しそうに笑ってから、少し熱っぽい視線を俺に向けた。
 
「ねえ……、もう我慢しなくていいかな?」
 
 サキュバスのお嬢様はそろそろ限界らしかった。
 
 
 
 --------------------------
 
 
 
 腕の中の彼女がうひひと鳴いた。
「これでいいの?」
「いいの、これが好きなの」
 そういえば、寝ている間に勝手に忍び込んでくることもあったか。
 相も変わらず俺たちは温かい布団の中にいた。昨日の続きがしたいと言ったのはメルだった。添い寝に続きも何もあるのかと疑問に思ったが、取り立ててそれに反抗する理由もなくなってしまった俺は、メルの希望をすんなりと受け入れていた。正直を言えば、さきほどのミルのこともあってか、俺自身も彼女の温もりに甘えてしまいたかった。
「んふふ」
「笑ってばっかだな、お前は」
「だってえ、えへへへ」
 彼女の吐く息がくすぐったい。気恥ずかしさを隠すためにぽんぽんと彼女の頭を手で押さえるが、メルは余計に喜ぶだけだった。その声は先ほどまでよりいくらか上擦っていて、とろみがついたような甘さを感じる。
「だって、そんなさあ、ミルちゃんもいるところで、わたしのこと好きとか言われちゃったらさあ」
「記憶に偏りは無いか? 俺の生きてきた世界でそんな出来事はなかった」
「勇者くんはわたしもミルちゃんも好きなんだから、あんなのもう告白だよう」
 謎の理論できゃーきゃー騒ぐ女の子は俺の手に負えそうに無かった。俺は呆れて寝返りをうとうとしたが、動く前に服をそっと掴まれて引き止められる。
「じゃあ、嫌い?」
 甘えるような上目遣い。朱に染まるほっぺがなんとも愛らしい。そして何より、やや虚ろに光るその瞳にぞくぞくしてしまう。メルにはいま、本当に俺しか見えていない。
「べ、別に」
「べつに?」
「別に、だよ」
 俺が目を閉じて顔を逃がすように上に向けると、メルが小さく笑ってするりと体を寄せてきた。彼女の胸が押し付けられてぐにゅりとひしゃげる。喉に感じる彼女の髪がくすぐったい。
「そんな答えじゃ、わたし以外の子じゃ拗ねちゃうよ? もっときゅんきゅんするようなこと言って欲しいなあ」
 俺は彼女のおっぱいの感触に頭がぼっとなる。何を言われているのかがよくわからない。それでも体はすぐに反応して、股間に血液が集まっていった。メルが少し焦ったように俺を呼んだ。
「あ、あー、そうだよね、今日はちょっと邪魔だから、解いちゃうね」
 彼女の指が俺の喉の少し下あたりをすすすとなぞった。布団の中に一瞬、ふわりと光が広がって、一気に体が軽くなる。俺は驚きの声をあげた。
「う、あ、あれ?」
「ほら、もう大丈夫。確かめてみて?」
 メルが体を少し離して、俺の手を取った。俺はその先の行為を予感して息を呑んだ。
 むにゅ。
「う、あ」
「んふ」
 彼女の声が鼻に抜けた。手のひらを覆う布越しの感触がすさまじい速度で脳へと駆け上がっていく。確かにぼーっとしたり体が重くなったりはしないが、感覚が鮮明なせいでむしろその恐ろしいほどのえっちな感触を直に手で受けてしまう。
「どう?」とメルが聞いた。
「や、わらかい、です」
「ふふふ、そういうことじゃないんだけどなあ。まあいいや」
 彼女は笑って手を俺に返した。俺は落ち着こうと息を吐いたが、すぐに彼女が抱きついてきたことによって、先ほどまで手にあった感触をまた胸板で受けることになった。俺は声を出すのをなんとか堪えようと口を閉じ、代わりに鼻息を荒くした。どっちにしろスケベ野郎に違いはなかった。
「んー……」
 至近距離で俺を見つめる彼女が、品定めするように唸り声を上げていた。
「もっともっとイチャイチャしたいのになあ。うーん、勇者くんって、まだ好きな子に愛された経験ってないでしょ?」
 息がかかる距離でメルがささやいた。俺は呼吸がし辛くなりながら、彼女の物言いに疑問を呈した。
「そんな、もん、お前ら何回も襲ってきてるだろう」
「ううん、そういうことじゃなくてね。なんていうのかなあ。女の子に好かれる感覚っていうのかなあ……。勇者くんって、たぶんだけど、ここに来るまでに女の子に告白とかされたことないんじゃない?」
 かなり失礼なことを言われたが、俺に反論できるだけの実績はなかった。
「う、うるさいな、ねえよ」
「たぶん勇者くんが自分でそれを認められなかっただけで、勇者くんのことが好きって子は絶対いたはずだよ。これは絶対。だってわたしがこんなに好きなんだもん。ただ勇者くんが優しいからってそれに甘えちゃって、自分から告白するって子がいなかったのかもしれないねー」
 告白させようとする子はいたかもしれないけど、それじゃあ意味が無い。とメルは続けた。
「はやく勇者くんに知ってもらわないとイチャイチャできないんだから、今日はそれを覚えてもらおうかなあ。添い寝だけのつもりだったけど」
 彼女はまた俺の片方の手をそっと掴むと、自らの頬にそっと押し当てた。指に感じる彼女の素肌は相変わらずきめ細やかだった。彼女はうっとりしたように目を閉じて、しばらくしてから、目蓋を薄く開いて俺を見た。
「わたしに触って」とメルは言った。
「え?」と俺は聞き返した。
「どこでもいいよ、どんな触り方でもいいから、勇者くんの思うようにしてみて」
 そう言ったきり、彼女は俺の手から自分の手を離して、目を閉じてしまった。自分だけがひとり取り残されたような気分だった。
 酷い難題だった。触ってと突然言われても困ってしまう。どこでもいいとは言うが、いったいどこを触ればいいのだろうか。しかし触ってと言われたからには触らなければならない。
 俺はとりあえず冗談で済むように、そのまま彼女の頬を優しく擦ってみた。メルの肺が膨らんで、その口から深い息が漏れた。これでいいのだろうか。まったくわからない。
 試しにほっぺをつまんでみる。ぷにぷにしている。メルが目を閉じたままくすぐったそうに笑って、そのまま口元に笑みを浮かべていた。
 髪に触れてみる。これは確か彼女が好きだったように思えた。手櫛のように指を通して、優しく撫で下ろしてみる。彼女は穏やかに呼吸を繰り返していた。
 すでに手詰まりだった。俺はこれ以上、どうしていいかわからない。
 仕方なく、そのまま耳に触れてみる。
「ん」
 メルが小さく身じろぎをした。押し付けられたおっぱいがぐにゅりと動き、俺は股間がぎゅっとなる。メルがうっすらを目蓋を開いて俺を見ていた。笑うでもなく、怒るでもなく、ただじっと俺を見つめていた。それは、淡い感情がふわりと漏れてくるような。
 触れた耳をつまむようにして、すりすりと擦る。彼女がまた少しだけ身体を揺らす。その影響はダイレクトに俺に返ってくる。メルの身体が、この豊満な肢体が、いま俺の腕の中にある。触っていい場所がわからないのに、触りたい場所はいくらでも思いつく。スケベ心がざわついて、心拍が上がる。
 なぜ、メルは何も言わない。俺はどうすればいい。
 気持ちばかりが昂ぶる。俺はできることなら、この身体にむしゃぶりつきたい。なのに彼女は何も言ってはくれない。
 手が震える。自分の息が上がるのを感じる。自分の手を、彼女の後ろに回す。その背中を、素肌をゆっくりと撫でる。初めて触る場所。彼女のカラダ。それだけで興奮する。
 ぼうっとする焦点を目の前のメルに合わせる。彼女はまだ目を細めたまま、変わらない様子で俺を見ている。わずかに開いた口から甘い吐息を感じる。
 なんで、何も言わないんだ。
 頭がくらくらしながらも、俺は自分の中で一番主張の激しい感情を意識上に拾い上げた。頭の中は乱雑なのに、俺の中のオスは、一際大きくてよく通る声を発し続けていた。
 いいわけがない。いいわけがないのに。
 俺は、メルに触りたい。
 背中に回した手を、ゆっくりと下へ動かしていく。腰を通って、さらに下へ。メルが悪い。何も言わないメルが。そう念じながら、さらに下へ。下へ。
 短いスカートのように巻かれた布。その上から、ソコを撫でる。触る。彼女のおしり。柔らかくて、大きくて、ぷりんとした彼女のおしり。
 もうたまらなかった。指示されたわけでもないし、誘導されたわけでもない。それは俺がする、初めてのえっちな行為だった。俺が呪縛も何も関係なしに、ただ俺のスケベ心をそのまま彼女にぶつけた結果だった。撫でれば、弾力が俺の手を柔らかく押し返してくる。
 夢中になる。触れながら、彼女を見る。
 メルは、この期に及んで、まだ柔らかい表情を俺に向けていた。うっとりと、俺を見つめているだけだった。
 おしりの谷間に指を沈ませる。メルがまた少し身じろぎをする。おっぱいがひしゃげる。腕の中のメルの身体が俺に纏わりつく。俺は欲望のままに手を滑らせて、その肉を揉み込む。メルが大きく息を吸って、深く吐いた。感嘆するようなため息だった。その息は熱っぽかった。
 なにも嫌がらない。あまつさえ、いつものように俺をからかうこともしない。
 えっち、だとも、スケベとも言わない。何も言わずに、ただ愛おしそうに俺を眺めている。
 意味分からない。なぜ許されているのかがわからない。
 ただの現実として、俺は、彼女のおしりに触ることを許されている。
 脳の血管が切れそうになる。俺はたまらずにメルに覆いかぶさる。メルが小さく息を呑んだ。俺はかまわずその喉に食らいつく。抱きつく。首筋。吸い付いて、舌を這わせる。彼女の香りが濃くなる。甘すぎておかしくなりそう。もう、すでにおかしいのかもしれない。
 メルが抑えたような声をあげる。ついに批難されるのだろうか。知ったことじゃなかった。俺はその甘さにむしゃぶりついた。彼女の露出した首に、肩に、鎖骨に。
 胸に彼女の膨らみを感じる。メルのおっぱい。触りたい。
 両手を広げてむんずと掴む。指全体が歓喜に震えるほどの瑞々しさ。たまらずに揉み込む。何度も揉む。こねくり回す。もっと欲しくなる。顔をうずめたくなる。
 俺は一度身を起こしてからそこに飛び込む。視界が柔らかさに襲われる。彼女が蠢く。知ったことじゃない。何も言わないメルが悪い。おっぱい。おっぱい。ああ、足も、もっと触りたい。
 顔をうずめたまま片手を伸ばす。彼女のふともも。むっちりとして張りのある彼女のふともも。思い切り擦りあげる。手のひらが悦んでいる。俺の陰茎が悦んでいる。そのまま内側へと手を滑り込ませながら、上らせていく。
 手が、スカートの中に。
「あ、あ」
 上擦ったままの息を隠すこともできずに、俺は彼女のおっぱいから顔を上げて、その表情を確かめる。
 メルが頬を蒸気させながら、少し潤んだ瞳で俺を見つめていた。
 やっぱりそれは、まるで。
 俺の行為を、ただ受け入れてしまっているようで。
「なんで、なんで」
 俺は恥も外聞もなく、アホのように彼女に問いかける。
「なんで、何も、言わないんだよ」
 ただ心のままに痴態を晒した男が、まるで泣きつくように問いかける。それは酷く格好悪くて、酷く醜くて、どうしようもなく、俺だった。
「勇者くん」
 メルの声は何の憂いすらも抱いていないかのように、温かくて柔らかかった。その声が聴けただけで、俺の心は満たされていった。馬鹿みたいに安心できた。
「さっきみたいに、こっちに、寝転がってみて」
 彼女が自分のすぐ隣にぽんぽんと手を弾ませた。俺は迷わずそれに従った。彼女に自分の行動を決めてもらうことが心地よかった。やっとお説教されるのだろうと、俺は感じていた。
「いまから、わたしが勇者くんに触るね?」
 しかしメルが微笑みながらこちらに手を伸ばした。長い指先が上着の裾から侵入した。
「う、あ」
 俺の弱い部分を探りあてるように、それは肌の上を這いまわる。お腹に、胸に、全体に円を描くように撫でられていく。もう片方の手は、俺の下半身に伸びた。
 衣類ごしにソコを撫でられて、俺は情けない鳴き声を上げながら身悶えた。彼女の手が気持ちよくて、好きだった。触れてくれるメルが好きだった。
「わたしに触られるのは、いや?」
 嫌なはずがなかった。大好きだった。彼女に溶けてしまいそうなほど、俺はその指先に酔いしれた。ずっとして欲しかった。
「気持ちいい? 気持ちよさそうだね。でも寝起きとかだったら迷惑かなあ? ご飯食べてるときとかだったら、やっぱり邪魔かなあ?」
 彼女はあくまで優しく問いかける。迷惑でも邪魔でもなかった。だってそれは、メルの手だから。きっといつ触れられても、俺は悦んでしまうだろう。受け入れて、ダメされて、彼女にすがりついてしまうのだろう。
 そう、嫌なわけがない。好きなんだから。
 メルはひとしきり撫で終えると、両手で俺の服を掴んで、おでこを寄せた。

「わたしが勇者くんのことが好きだってこと、はやく知って欲しいな」

 そう言って、彼女は頬を染めながら俺を見上げた。その瞳はやっぱり愛に満ちていて、そしてどこか物欲しそうだった。
 そんな彼女は、俺だった。
 心の中のどこか隅っこ。まだ自分すらも知らなかったような場所からぽっこりと出た芽が、ぐんぐん育って信じられないほど大輪の花を咲かせた。
 メルが。俺の好きな女の子が。
 俺に触れられることを、望んでいた。
 だって、俺を好きだから。
 俺に触られることが、好きだから。
 
 気付けば襲い掛かっていた。スカートの布地を剥ぎ取って、下着越しの恥部に指を這わせていた。顔はまたおっぱいに包まれていた。呼吸の浅くなったメルが何かを言って、乳房を隠していた布を取り去ってくれた。目に飛び込んできた突起に吸い付いた。ほぼ裸の状態の彼女に、俺は心のままに吸い付き、手を滑らせた。
 生のおっぱいを揉む。いつになれば飽きるのかもわからないその柔らかさ。彼女の下着、ふともも、手のひらに感じさせていく。
 どんなことをしたって、どんなに変態だって、いいんだ。何でもいい。何もかもを彼女は受け入れてくれる。
 だってメルは、俺のことが好きなんだから。
 もう止まらなかった。俺が止まれないことすら、彼女は求めていた。
 ――――――やめなくていいよ。もっとして。もっと、勇者くんの好きなだけ。
 いつのまにか俺は彼女に抱きついていた。不恰好で、不器用なまま、頬に温かいものが流れていくのを感じながら、彼女の暖かさを身体全体に感じていた。胸がじんじんした。メルが好きだった。もうどうにも仕方が無かった。
 俺が泣きながら顔を上げると、彼女は呼吸を荒げながら当たり前のように微笑んで、小さく首を傾げた。どうしたの、大丈夫だよ。そう言われている気がした。
「俺、お、おれ、どう、どうすれば、いい?」
 どうしようもなく格好悪くて、どうしようもなくメルが好きだった。手ほどきがなにもわからない俺でも、そんな俺でも、彼女を喜ばせたかった。彼女の望む方法をとりたかった。
「勇者くんの好きでいいんだよ?」
 彼女は困ったように笑った。その言葉は本心だったのだろう。それでも俺は彼女の望むことを求めた。メルの幸せをもっと教えて欲しかった。
 メルはすぐに折れてくれた。
 彼女は俺に上着を脱いで欲しいと言った。すぐさま俺はそれを脱ぎ去った。急ぎすぎてメルに笑われたほどだった。一緒に裸になっていきたいのだと、メルは語った。
「わたしは最初に、ううん、最後まで、たくさんキスして欲しいんだ」
 それを聞いた俺は愕然とした。彼女の身体ばかりに夢中になって、キスを完全に失念していた。俺がまた泣きそうになるのを見て、メルが「大丈夫だよ」と慰めてくれた。
「ちょっとだけ触るね?」
 そう言って、メルが俺の下半身に手を伸ばした。
 布ごしにソレを撫でられる。心を撫でられているかのような気分に、俺は身体を震わせる。俺のモノが一気に硬さを増した。肥大したそれを、さらにやさしく撫でられる。たまらない。いつまでも触られていたい。いっそいますぐ取り出して、直接触って欲しいとすら思った。
「たぶんね、勇者くんにとってコレをされてるくらい、わたしはちゅーが好き。もっと好きかも。勇者くんの近くにいるときは、いつもしたいって思っちゃう。それくらい、好き」
 少し恥ずかしそうに言いながら微笑む彼女が可愛すぎて嫌になる。
「ね、また髪とか触って?」
 俺は促されるままに顔を近づけ、彼女の表情を眺めながら、その髪に指を通す。
「そう、勇者くんの触り方、好き」
 壊さないように、傷つけないように、俺は大切なものを指で撫でていく。髪を頬を、頭、首、耳。彼女のうっとりした瞳に見つめられながら、俺は順々に触れていく。
「勇者くん」
 メルが呼んだ。少し潤んだような声だった。
 俺は彼女に堕ちて行く。上手に出来るはずもない。それでもいい。俺は目を閉じて、唇を合わせる。
「ん、ふ、う」
 彼女が漏らした声は、いままでとは少し音色が違うように思えた。やり方もわからない俺は、それでも彼女の唇を堪能するように、角度を変え、圧を加え、ときに挟むようにして、それを続けた。彼女が俺の首に腕を回した。そのままそっと横へ倒される。俺の身体は何の抵抗もなく彼女の隣に沈んだ。不慣れな息苦しさもあいまって離れた唇を、俺はまたすぐに合わせる。甘すぎて、おかしくなりそうだった。
「おしりも、触ってえ」
 メルは回した腕を解かなかった。まだキスをしたがっていた。俺は彼女の意のままに、口付けをしながら手を伸ばした。肌触りのよい下着と、そこからふっくらと溢れる肉を手のひらで堪能していく。メルでいっぱいになっていく。密着する彼女の身体も、口も、おしりも、そして可愛い声も。全部。俺の世界がメルで覆い尽くされていく。
「おっぱいもお」
 とろんとした瞳が俺を見つめている。俺は切なくなった胸を満たすために、また彼女の柔らかすぎる唇にかぶりつく。両手で露になったままの乳房に触れる。下半身が暴れ狂いそうになっていた。かまわずに突起を軽く指で挟んでみる。俺と口で繋がったままの彼女が鳴いた。
「吸ってえ、おっぱい、お願いい」
 彼女の甘えた声に脳を溶かされながら、俺はぎりぎりで残っていた思考力でそれを聞き届け、彼女の腰を抱くようにして身体を折り曲げた。目の前に主張する大好きなピンク色に、俺は何も考えられずに吸い付いた。
「んあああ……っ、やあ、ん」
 赤子のように必死で吸う。口に含みながら、一生懸命に舌で舐める。唇に触れる肌の柔らかさが俺の理解を超えている。こりこりした突起の卑猥さが、俺の許容を超えている。これがメルのおっぱい。もっと欲しい。いっぱい欲しい。
 
「ゆーしゃ、くん」
 彼女に呼ばれたのは、俺が彼女のおっぱいに夢中になってからどれくらいが経ったときだっただろうか。俺はメルのおっぱいという中毒に脳をやられながら、彼女の声にぼーっと耳を傾けた。
「ん、う、こっち」
 俺は折り曲げた身体を伸ばし、彼女の呼ぶ声のままに視線を合わせた。
「ぎゅー、して」
 彼女が腕を力なく広げた。俺はふらふらする頭をもたげ、誘われるがままに自分を彼女にあずけ、腕を回した。頬が頬に触れる。柔らかすぎる。
「も、ね。わたしダメにされちゃったあ。ゆーしゃくんに、ダメにされちゃった」
 煮込みすぎて煮崩れしてしまったかのように、彼女はぽつぽつと言葉を紡いでいく。
「もー十分。もう、ゆーしゃくんで、いっぱいになっちゃった。だから、好きにしていいよ、ほんと。して欲しいこと、あったら、言って。全部、してあげる。大好き、ゆーしゃくん」
 大好き。確かめるように、彼女が耳元で繰り返した。
 射精以上の幸せがあるとしたら、それはいまかもしれなかった。
 俺はおっぱいにヤラれた頭を何とか回復させようと、息を吸い込んだ。息を吐いた。繰り返し繰り返し続けて、なんとか正常な状態にもっていこうとした。
「ゆーしゃ、くん?」
 彼女が以前から言っていたことを思い出す。彼女の求めていたことを思い出す。
 きっとそれは、頭がメロメロになっているときじゃなく、俺がまともなときにこそ言って欲しいはずなんだ。メルはそういう奴だ。
 すうう、はああ。繰り返す。冷静になりたい。ちゃんと言いたい。真摯な気持ちで、それを彼女に伝えたい。
 最後に大きく息を吐く。まだどこかふんわりしているようにも感じるけれど、いまはこれが精一杯なのだろう。俺はもう一度だけ小さく息を吸い込んだ。
「メル」
 俺の口から放たれた声は、普段とあまり変わらないように思えた。
 名前を呼ばれたメルは、身体をびくりを震わせた。耳元で呼んだせいかもしれないし、もしかしたら、俺が滅多に彼女の名前を呼んだことがなかったからかもしれない。
 俺は拙い知識を頼りに、その場所へ手を伸ばした。
「んあっ、ああああ……」
 改めて触れた彼女のソコは、確かな水気を含んでいた。彼女がいままでにないほどに切なそうな声をあげた。俺が無知だからこそ、彼女はこれで十分だなんて言ったのだろう。どこかで俺に遠慮したのかもしれないし、サキュバスとして恥ずかしかったのかもしれない。その真相はわからないけれど、どれだけ経験不足な俺であろうと、この感触と声を聴いて、彼女がもう十分であるとはとても思えなかった。
「メル」
 呼びながら、ソコを指で擦り続ける。メルの身体が小さく跳ねた。
「んっ、う、ゆー、し、あ、ああ、だ、めえ」
 今の彼女に、俺の言葉は届くだろうか。
 別になんでもいい。ちゃんと自分の口でそれを伝えられれば、それでいい。
「メル、俺は、メルが可愛い」
 んく、という声が近くで漏れた。彼女が自分の口を手で押さえたようだった。
「俺は、メルが好き」
 彼女から漏れ出る声は泣き声に近い。
「だからさ」
 俺は彼女の下着ごしの秘部から手を離して、彼女を抱きしめた。
「メルに、奪って欲しい」
 彼女の回した腕が締め付けるように強くなった。俺は息苦しさと、彼女の身体により密着することを同時に甘受していた。
 言えた事がただ嬉しかった。
 
「…………いいの?」
 
 彼女の確認する声は、明らかに鼻声だった。
「お願いします」
「……うん」
 彼女の腕が、またきゅっと締まった。
 
 
 
 -----------------------------
 
 
 
「えっち、しよ」
 彼女の言葉に、俺は頷いた。えっちなことをしている俺たちがあえてえっちを口にするのであれば該当する行為は限られるだろうが、俺の返事はセックスをすることに同意したというより、彼女の提案を何も考えずに受け入れた、という方が正しいのだろう。その方法が何であれ、どうせ俺は首を縦に振るのだから。
「とりあえず、しばらくぎゅーってしよっか」
 勇者くんはおっぱい好きだから。おっぱいでお顔ぎゅってしよ?
 そう言った彼女に、俺は何の疑問もなく従った。セックスとなると男の子は、特に俺みたいに生まれてから長いこと股間が補欠だったやつは、行為の内容ばっかりに頭がいって、緊張してしまうからなんだとか。俺がメルの身体で勃たなくなるなんて毛ほども思わないけれど、メルが言うのであればそうなのだろう。
「勇者くんは、わたしとセックスするってなったら、ちゃんと勃起して、ちゃんと入れられて、ちゃんと腰を振れて、ちゃんと気持ちよくイけなきゃダメとか思ってるでしょう?」
 そんなことを言われた。正直図星だった。
 そういうことじゃなくてね、一つになることなんだよ。そう彼女は話した。そして今日うまくできそうになかったら、その次の機会にすればいいし、またその次でもいい、と彼女は続けた。一度契約が成立すれば、しばらくの期間は保障されているようだ。
 回数は二回と彼女が言った。吸精能力に関しても、ミルとメルでは少し差があるらしい。
 
「ぱふぱふぱふ、ふふふ」
「あ、う、ふ」
 俺は彼女に抱きついたまま、顔を押し付ける。彼女がそれを挟んですりすりと動かしてくれる。もうそこには堕とすも堕とされるも無い。ただの愛の営みだった。
「すりすりすりー」
「んああ、あ」
 俺は彼女のおっぱいに溺れる。息苦しくて、たまに吸い込めたかと思えば、また挟まれる。
「んふふ、苦しい? それとも幸せ?」
「んんんっ」
「何言ってるかわかんないよう」
 彼女は笑いながら、俺を甘やかす。もう捨てるものなど何一つない俺は、心から彼女に身を捧げて甘える。メルがおれをおっぱいで愛してくれて、俺もメルとおっぱいを愛していた。
「ぱふぱふぱふ」
「んっ、んふ、んん」
「すりすりすり」
「んうううう」
 彼女がおっぱいで大好きを伝える。俺が甘えて大好きを返す。このまま二人でどろどろのぐちゃぐちゃになって、混ざり合ってしまいたかった。
「メル、め、う」
 俺が顔を少しだけ離して彼女を呼ぶ。
「なあに?」
「大、好き」
「……もうっ」
 頭の後ろに腕を回されて、また思い切りおっぱいに押し込まれる。
「そんなこと言う勇者くんはおっぱいでたくさん愛しちゃうんだからねえ」
「んんんんっ!」
 俺のモノがビキビキに硬くなる。すでに上から下まで素っ裸だった。メルの愛で顔中を染められてもう抜け出せない。この幸せを手放すことなんかできない。もっと深く、深くなってしまいたい。
「今日はこのまま出しちゃおっか」
 俺のソレを彼女が掴んだ。俺は背中を仰け反らせた。俺を顔を逃がすまいと、彼女のもう片方の腕がまたぎゅうとおっぱいに引き寄せた。
 彼女の手が上下する。俺はおっぱいの中で愛に呻く。与えられる愛が溢れて、零れてしまった分が口から漏れていく。好きすぎて、幸せすぎてどうにもならない。
「しこしこしこ」
 くにゅ、くにくに。
 きっと簡単に出てしまう。俺の意思をよそに、息子はとっとと準備を始めている。それでもいい。えっちじゃなくても、もらってくれるならそれでいい。
 ふいに、おっぱいが離れた。
「なあんてね」
 俺はぼうっとする視界で彼女を見上げる。メルは何かに覚悟するように唇を噛んでいた。
「いくよ?」
 彼女が身体をずらし、自然に高められたソレを自分の秘部にあてがった。彼女もいつのまにか下着を脱ぎ去っていた。
 一つになってしまう予感に、俺の全細胞が沸き立っていた。メルは最初から、このつもりだったのかもしれない。
 なんとか、耐えてね。
 そんな言葉が聞こえた気がした。
 
 に、ちゅ。
 
「んあああああぁっ」
「あああああああっ」
 熱い、ひたすらに熱い。ぐちゃぐちゃにされて、何かが絡み付いて、限界に近いソレをいたぶっていく。
「がま、ん、うう、我慢してえ、勇者くん、我慢、我慢」
「ぐうううううう」
 顔を引きつらせ、歯を食いしばり、身体の至る筋肉を張り詰めさせながら、俺は必死で耐える。一気に吸い出されてしまいそうなソレを、必死で体内に押しとどめる。
 次第にゆるやかになっていく。一寸の油断もできない。きっと、メルが良しとするまで、俺はこの好すぎる感触に歪んだ顔を元に戻すことさえ叶わない。
「も、ちょっとだから、耐えて、耐えてえ」
「っ、んっ、んっ、んう」
 さらに穏やかになっていく。少しずつ少しずつ、快感の波がおおらかになっていく。
「っはあああっ、はあ、はあ」
「っくふ、ふう、ふう」
 メルが力を抜いたのを見て、俺もゆっくりと息を吐いていく。彼女のナカの脈動のようなものが、おそらくこれ以上緩やかにはならないことが、何となくわかった。
 しかし、これは。
「気持ち、良すぎるん、だけど」
「でも、イっちゃうほどじゃ、ないでしょう?」
 二人して息を整えていく。メルの絶え絶えな様子を見る限り、恐らくこの脈動は彼女にもコントロールし切れないのかもしれない。
 どくり、どくりと陰茎を絡みついた何かが撫でていく。確かにコレならイくほどじゃないし、追い詰められるほどでもない。だけど、これは。
「勇者、くん」
 彼女が腕を広げる。俺も同じようにして、彼女に飛び込む。
 身体が合わさる。脈動が一際早くなる。
「くっ、う、ちょっ……!」
「あ、う」
 彼女がまた苦悶の表情を浮かべると、脈動が次第に弱まっていった。
「もう、やばい」
「ごめん、油断した」
 改めて抱き合う。彼女の身体がみっちりと、余すことなく俺に密着している。メルと繋がっている。俺の一部がメルになっている。
「……っ、あはぁ」
 数十年ぶりに温泉にでも浸かったかのような感嘆が漏れる。
 大好きな人と、メルと。俺は今、一つになっている。
 えもいわれぬ感動に打ち震える。じっとしているだけでぶわりと込み上げてくる。
「ふふ、勇者くん、泣いてる」
「どっちが」
 二人して涙を流しながら、甘えるように頬ずりをする。まるでそうでもしないと生きていられないとでもいうかのように、お互いの温もりを擦り合わせていく。
 こんなことが、この世にあるのか。
 どくどく。
「あっ、ああっ」
「ん、にゅうう」
 気持ちの昂ぶりと共に、脈動が早まる。きっとこれは俺じゃなく、メルの。
「もしかして、これって、そういう、こと?」
 俺は歯を食いしばりながら尋ねる。
「そういう、こと」
 だいぶ落ち着かせることに慣れてきたのか、メルは余裕の笑みを見せる。おそらくはやせ我慢なのだろう。
 そんな顔をされてしまうと、なんだか悪戯心が沸々と。
「メル」
 俺は彼女を一言呼ぶと、その頬に手を添えて、耳に口を近づけた。メルが不穏な空気に気付き、小さく震えたのを直に感じた。
「ちょ、やめ」
「メル、愛してる」
 どくどくどくどく。
「んにゃああああああっ」
「うぐあああああああっ」
 額に汗を掻きながら、メルが必死に押さえ込んでいく。俺も自爆寸前に追い込まれながら、彼女の真っ赤に染まる顔を見つめていた。
「もっ、ばかああ!」
 笑いを堪えながら射精も一緒に堪えるのは酷く身体にこたえた。完全に自業自得だった。幸せ過ぎて、頭がどうかしているらしい。
 俺はよくやく収まった波に、力尽きたように彼女に抱きついて、身体を預けた。
「もう、俺だめだ。気を抜いたら、告白しちゃう、いま」
「もったいない、から、また今度にとって、おいて」
 そう言ってから、メルは何か思いついたようにひとつふたつ呪文を唱え始めた。何をするのだろうと様子を見ていたら、彼女の下腹部の一帯を囲うような魔方陣が出現し、次第に小さくなって彼女の体の中に消えていった。
「……これで、たぶん」とメルが言った。
「たぶん?」
「イチャイチャできる」
 おそよ俺の考えうるイチャつき方は全て履行したようにも思えるが、そうやら俺の常識の範疇では到底彼女に及ばないらしい。
「もっと、とろとろに、なろ?」
 
「うああ、う」
「ん、ん」
 相も変わらず、俺たちは体をくっつけていた。
 今は俺が下。仰向けに寝そべった俺と、そのうえにぴたりと合わさるサキュバスの、メルの裸体。俺のモノは初めての感覚に驚きはすれど、萎えてしまうことはなかった。むしろその身をさらに肥大化させながら絶え間なくにゅりにゅりと吸い出すような蠢きに心を奪われていた。
 下手したらもう出てしまったのかもしれない。メルが何も言わないということはまだなのかもしれない。熱さには慣れたようだったけれど、ただ熱と快感でぐちゃぐちゃになった下半身は、俺のモノは、何がなんだかわからなくなっている。
 ひたすら気持ちがいい。メルとの繋がりを感じる。
「はああ……ああ……」
「んふふ、ん、ん、」
 心酔するとはこのことだろうか。
 脈動は優しく、それでいて一定のリズムをしっかりと刻んでいる。俺をイかせるわけでもなく、追い立てていくわけでもない。ただとろとろと、にゅるにゅると、俺の体を下半身からゆっくりと溶かしていくような快感が絶え間なく全身に広がっている。それだけで、メルのアソコだけで心も体も満たされいくのに、それでも彼女は俺に身体を合わせる。おっぱいが潰れる。足が絡む。彼女の赤い舌が俺に耳に這う。
「しゅきい、すき、ゆーしゃくん、すき」
「あああ……」
 耳元で囁かれて痺れがぞわぞわと走る。彼女の「好き」が、何の疑いもなく胸に響いて、積もっていく。メルが俺を好き。メルが俺を好き。
「すき、だいすきい」
 彼女の舌が耳の穴を侵す。彼女の背中に回した腕に力が入る。彼女の肌が深くなる。おっぱいが俺の上にもっと広がる。
「メル、めるう」
「ん、ん、なあにい」
 片腕で彼女の頭を抱き、耳を寄せる。
「メル、すき」
「ふへへえ、うん、わたしもお」
 お返しとばかりに耳たぶに吸い付く。彼女がくすぐったそうに身をよじる。
 腰が溶け、体が溶け、口も耳も頭も溶けて、混ざり合っていく。俺がメルと一つになっていく。
「だい、すき、メル」
「ぁあ……、えへへへ、わたしも、だいすき。ゆーしゃくん、すき」
 俺の言葉に彼女が震える。限りない愛を伝え合う。
 甘い果物にさらに甘い汁をかけて、一緒に舐めあうような、糖度の高すぎる混ざり合い。とろとろに溶けて、ゆっくり煮詰められて、もっと甘みが増して、あまあまで、中毒になる。二人しておかしくなる。とろとろにおかしくなる。
「メル、メルう」
「うん、うん」
 彼女が俺の髪を撫でる。甘さがほんの少しでも足らなくなると、俺はメルを呼ぶ。濃厚な甘さに浸かって、その味に酔って、戻れなくなって、さらに加えなければ、保てない。
「メル、すき」
「んふふ、わたしもね、ゆーしゃくん、すき」
 愛に溶けていく。全身を溶かされていく。どろどろで、とろとろで、この上なく愛しい彼女。
 また足らなくなる。
 まだ足らない。
「あ、ああ、メルう、おれ、もう」
「うん、うん、そう、だねえ、そろそろ、んう、いこっかあ」
 ふいにタガが外れる。足りなくなる。どこまでいっても足りない彼女を、俺は呼ぶ。
「めるう」
「うん」
 また彼女が小さく呪文を唱えた。部屋に一瞬の閃光が走る。
 脈動が活性化していく。
 それからメルが俺の体を抱き、俺は彼女の首に両腕を回した。
「ゆーしゃ、くん、いっぱい愛して? いっぱい、いっぱい言って?」
 切なそうに求める彼女をぐいと引き寄せて、俺はその耳に直接告白する。
「める、める、愛してる、あいしてる」
 彼女がその度にうんうんと頷く。もう抑えなくてよくなった彼女は、体の力を完全に抜いて、ただ俺に身を預けていた。
 俺の言葉に、脈動が加速していく。
 どくり、どく、どくどくどく。
「あ、あ、ああ、メる、める、すき、すき、すき」
「わたしもお、ねえ、もっと、もっと言ってえ」
 甘えた声を上げる彼女に俺は自分の中のありったけを叫んでいく。
「好き、好き、ずっと、いっ、あ、ずっと一緒、ずっと、お、ああ」
「うれし、い、ずっといっしょ、ずっと、ねえもっと言ってえ、ゆーしゃくん」
 どくどくどくどくどくどく。
 もう出てしまう。彼女のナカに出せる。放てる。彼女にもらってもらえる。
「あいしてるう、めるう、あいして、あいしてえ」
「わたしもすきい、すき、すきい」
 脈動はさらに速くなる。熱くなる。どうせ出る。もう出ちゃう。勝手に、もう。
「あっ、あ、あも、もう出る、出ちゃう、ごめ、え」
「いいよ、出してだして、出してえ、全部出してえ」
 彼女のナカが一際ぎゅうと強く締った。
「んああああああああああああああああああああああああああっ!!」
「あ、ああ、でてる、あ」
 どくりどくりと出ていく。ちゃんと愛してもらえた俺のソコから、メルへの気持ちを放出していく。全部出て行く。陰茎が彼女のナカに告白していく。
 脈動は続く。俺は恋をしていく。
 必死で抱き寄せる。体を押し付けながら、彼女に出していく。もらってほしいものを、最後の一滴まで。余すことなく、全部伝える。
 意識が飛びそうなほどの、幸せ。
 
「どお、しよっか」
 先に口を開いたのは彼女だった。
 俺は息も絶え絶えになりながら、彼女の声をきいていた。脈動の収まらないソコを、メルは名残惜しそうにしながら、ゆっくりと引き抜いた。繋がりがなくなった代わりに、彼女は俺の体を抱きしめてくれた。
「あと、一回あるけど……」
 俺は力の入らない腕をなんとか持ち上げて、彼女の頬に触れる。そして口を開けば、察したようにメルが耳を寄せてくれた。
 甘い甘い充足に浸りながら、俺は思うままに彼女に要望を伝えた。もはや呼吸するのが精一杯だった俺にとってひとつひとつ言葉を繋げていくことはかなり骨だった。けれど、その内容を口にすること自体にはほとんど抵抗がなかった。それがたとえ勇者としてはあまりに恥ずかしいお願いだったとしても、どうせメルは受け入れてくれる。
 ふわりと体が浮き上がる。気付けば体勢は整っていた。メルは俺と違ってまだまだ元気らしい。というより、彼女は自分の絶頂を耐えていたわけではなく、自分の脈動を抑えることに必死だっただけなのだ。それもそうだろう。さっきまで補欠だった人間と、何年も何年も第一線を張ってきたサキュバスでは勝負になるはずもない。
 いや、そもそもが勝負ではない。一つになることだ。
「よいしょ」
 ぱふり、と俺のモノが彼女のおっぱいに咥えこまれる。抵抗する力もないくせに、メルの乳房に興奮してでかくなることだけはいっちょまえらしい。俺は彼女の膝に腰を投げ出したまま、よく知る感触にため息を吐いた。
「もー、無事に卒業したっていうのに、まだこの子はおっぱいが大好きなんだねえ」
 つんつんと先端をつつかれる。イってから少し時間のたった俺のモノは、長年に渡る研修期間を無事に終えたことに安心する間もなく、実戦に借り出されていく。それもまた、喜ぶべきことに違いないのだろう。
「そ、か、卒業、したのか、おれ」
「そうだよお、わたしとラブラブなえっちしたんだから、誰にも文句言えない卒業だよ」
 文句を言われる卒業なんてあるのだろうか。それを言うのであれば、サキュバスが相手である時点でかなりグレーゾーンな気がする。気持ちの問題なのか。
 メルが芝居口調で話し出す。
「しかし卒業したばかりの新兵くんは、とても敵わないような強敵、おっぱいちゃんに捕まってしまったのでしたあ」
 むぎゅむぎゅ。
「ああ、あ」
 それが始まった。
 俺の要望をメルが聞き届けてくれたのなら、きっと。
「ふふふ、自分からおっぱいお願いしちゃうなんて、変態さんなんだから」
 彼女がおっぱいを交互に上下させる。扱き方が豪快で、容赦が無い。
「ああっ、いい、いっ」
「こんなことしてていいのお? おっぱい止まんないよお? ふふふ、悦んじゃって、わたしのおっぱいそんなに好きなのかなあ」
 すりすりすりすりすり。
「あっ、あ、ああい、いい、すきい、それ、ああ」
 くすくす笑いながら、メルは俺をいじめてくれる。俺のために意地悪をして、愛してくれる。
「おっぱい好きなんだあ? えへへ、わたしのおっぱいも、勇者くんのこと大好きだから、いっぱい告白しちゃうねえ。ほらほらほら」
 ずりい、ずり、すり、ぐにゅ、ぐに。
 愛を練り込まれる。恋を刷り込まれる。陰茎がおっぱいに愛されていく。愛に震えて、愛に身悶えて、先っぽから涙を流す。
「きも、ひ、すき、めうう、すきい」
「あはあ、サキュバスに告白しちゃったねえ。おちんちん気持ちよすぎて、好きになっちゃったねえ。いけない勇者くんだねえ。もっと好きって言ってえ、もっと、もっと」
 ぐにゅり、ぐにぐにぐにぐに。
「あっ、ああ、すき、好き、める、めるう、好き、すき」
「んふふふ」
 朦朧とする意識の中で彼女の顔を見る。
 メルも俺を見つめながら頬を赤く染め、困ったように笑った。
「わたしも、すき」
 ああああああああああああああああ!!
「いっ! いっちゃ、あ、や」
 精液が一気に上ってくる。顔を歪めて必死に耐える。
「ああ、あー、おちんちんくん、恋しちゃったねえ、好きっていっちゃいそうだねえ。おっぱいに大好き、大好きってもうすぐ言っちゃいそうだねえ。おっぱいに告白しちゃったら、もう一生離れられないよお? 両想いになっちゃったら、ずーっとおっぱいちゃんに気持ちよくされちゃうよお? いいの? いいの?」
 彼女はぎゅうとおっぱいを抱きしめながら、俺の陰茎を勢いよく扱きあげていく。
 ずりずりずりずりずりずり。
「すき、ああああっ、すきい、めるっ、すき」
 くすくすと笑いながら、メルは俺の陰茎に優しく語りかける。
「もう勇者くんとは両想いなんだあ。わたしと両想いになっちゃったの。おちんちんくんは、おっぱい好き? 言っちゃいそう? 告白しちゃいそう? 一度両想いになっちゃったらもうダメだよ? 気持ちが繋がっちゃったら、おっぱいちゃんに求められたらいつでも『好き好き』って言っちゃう身体にさせられちゃうよ? 恋人になったあとも、たくさんおっぱいに告白させられちゃうよ? 愛されちゃうよ? いいの? いいの?」
 すりすりすりすりすりすりすり。
「もうでっ、あっ、もっ、いっ!」
「出ちゃうね、いっちゃうねえ、告白しちゃうね。もうだめだねえ。好きだもんね。仕方ないよね。いいよお、ほら、おちんちんくん、わたしのおっぱいにたくさん好きって言って、いって、イって」
 彼女が舌を伸ばす。限界まで愛に嬲られたソコをにゅるりと舐め上げた。
「――――――――――――――――――ッ!!」
 俺の陰茎が彼女の乳房に白を告げていく。
 止まらない。メロメロにされたその愛の全てを彼女の乳房に語る。じっくりと、時間をかけて語っていく。あなたが好きです、好きです、大好きです。拙い言葉で、何度も何度もその乳房に自分の気持ちを解き放っていく。
 彼女のおっぱいがそれを受け入れるように、陰茎を優しく擦る。好き、好き、と愛を刷り込んでいくように。陰茎にとろとろの愛情を注いでいく。
 また告白する。またそれを伝える。
 お互いの愛を確かめ合うように、好きを囁きあう。塗りつけあう。両想いを知る。知っていく。
 もうきっと、戻ることはできない。
 
 
 
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 天井は何度みても真っ白でもはや安心すら覚える。
 俺は隣のメルと手を繋ぎながら、枕を共にしている。
 身体が温かい。射精してしまったのも、力を奪われてしまったのも俺なのに、うっとりするほど気持ちが良い。脱力した全身がわずかにじんじんと痺れている。
 隣のメルはもう寝てしまったかもしれないし、その実、目を閉じて呼吸を繰り返しているだけなのかもしれない。確かめる必要も無い。何をしなくても、その愛情が無くなったりはしない。
 メルは、俺を好きでいてくれるのだから。
「はー……」
 気だるさの中で、俺は明日に想いを馳せる。
 ミルを口説け、というのはそのままの意味なのかもしれないし、上手に仲直りをしろという意味なのかもしれない。どちらにせよ、俺から率先して関係の修復を行う必要がありそうだ。
 どう扱われるだろう。明日の俺は。
 ミルは、俺をどう思うのだろう。
「勇者くん?」
 隣に目をやると、メルは目蓋を薄く開いて、力なくこちらを見ている。彼女もこの何もない時間に浸っているのだろうか。もしかしたら、俺の不安な気持ちが何かしらの形で伝わってしまったのかもしれない。
「勇者くん、どうしたの? おっぱい触る?」
 彼女の言葉に俺は笑い、少し間を置いてから頷いた。彼女がくすくす笑った。
 メルがこちらに身体を向けてくれる。俺は背中を丸めて、そこに顔をうずめた。彼女がそれを優しく抱きしめてくれる。ひどく安心する。
 もうずいぶんと甘えたになってしまった俺は、彼女の大きなおしりに手を伸ばす。思いのままに撫で擦ると、布地の肌触りを手のひらに感じた。下着だけは着けているらしい。
「えっち」
 彼女の言葉に俺はおっぱいの中で笑う。彼女もくすぐったそうに笑う。
 きっと大丈夫。こうしてメルが勇気をくれるのだから。
 
 しばらくして俺の体に起きた当然ともいえる異変に、メルが気付いた。
「……もういっかい、しよっか?」
「……する」
 ほどなくして、第二回戦が始まった。
 
 
 
 
 

 書いたもの

(18歳未満の方は閲覧できません)

 プレイ内容(ネタバレ含む)


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