いかにも小難しく生物学だの、オスは少しでも多くの子孫を残せるように遺伝子が組み込まれているだのと、女好きで気が多いことを言い訳がましく説明する姿はいつだって滑稽に見えてしまう。だから俺はそんな話を素直に聞く気にならない。
親戚の眉毛の太いおじさん、テレビの中で薄ら笑いを浮かべる芸能人、小説の中で主人公に偉そうに語るキャラクター。どいつもこいつも、浮気を正当化しようと必死だ。
まったく結構なことだと思う。
たしか前に何かで読んだことがある。人間と動物の大きな違いは自分の欲を我慢できるところにあると。それでこその文明であり、文化であり、人間なのだろう。
ところがどっこい浮気をする動物というのも、この世界では人間以外にいないらしい。動物は相手を変えることはあっても、それは本気であり、対象は常にひとりなんだとか。
「ねえ」
要は本命がいるうちに他のメスにまで気を惹かれ、その挙句に二股をするというのは人間しかいないのだとか。それで欲の制御だとか言うんだから聞いて呆れるってもんだ。
「ねーえ?」
人間のくせに人間として生きられないのなら、家畜でいいじゃないか。
そう、俺は思っているわけだ。
「……わきくすぐっちゃうぞ」
「ちょ」
いたずらな声に思わず体を縮めると、自転車を漕ぐ俺の後ろに腰掛けた彼女は楽しげに笑いながら身を預けた。お腹に回された華奢な腕がきゅうと締まる。
随分と日の入りが早くなった薄暗い下り坂。はあ、ふうと息を整える帰り道。坂というには少し傾斜が緩いだろうか。
力を抜いた両足の近くで銀チャリの車輪が音を立てる。
からからから。
背中の柔らかい感触と、横目に通り過ぎていく小さな公園。
どちらに意識を向けるべきなのかは、よくわかっている。頭では理解している。それでなくてもあまり通らない道なのだから、気を抜いて歩道横のブロックにでも乗り上げれば二人して膝を擦りむくかもしれない。
ふん、ふん。
彼女の何気ない鼻歌が服越し背中から伝って響いてくる。ぼんやりと薄暗闇に消えていくメロディーはロキノン厨の俺がよく知っている曲で、彼女はそれをゆっくりと、味わうように歌っているようだった。さすがは音楽部といったところか、心地よいほど淀みのないハミングは旋律の盛り上がりに合わせてほんの少しの自然なビブラートを残していく。3rdアルバム以降から人気が急上昇したアーティストの、あまり知られていない2ndの名曲。
平地に差し掛かり、俺はまたペダルを漕ぐ。彼女はそのまま歌っていればいい。そうすれば、背中からでも勘付かれそうな鼓動を隠すことができるのだから。
いっそこちらから話題を振ってもよかった。その曲、好きなの? と。そうすれば気分を誤魔化すこともできるし、間をつなぐこともできる。だいたい自分と同じバンドを好きな女の子なんて、きっとライブにでも行かなければ見つけられないのだから、許されるのであれば残りの時間を目いっぱいに使ってでも語らいたい。でもそれはしない。
会話が弾んでしまっては、いけない気がするからだ。
こんな人通りの少ない道。それも日没前でもなければ、俺はもっと答えを渋ったはずだ。二人でいるところを知り合いに見つかるリスクを考えたら。
だって彼女は、水嶋さんは、俺の彼女ではないのだから。
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手入れのされた槙囲いの前。
彼女の家の敷地はここからでも察せられるほど広く、立派な瓦屋根は彼女からイメージするような洋風建築とは違って驚くほど趣深い。
これで庭に池でもあってみろ、おそらく彼女に溺愛する強面の父か祖父がいて、それこそ若い頃のやんちゃで頬に傷なんかあったりして、そのうえ色付きのグラサンで俺を睨んでくるに違いない。
もし遭遇したら、どうしようか。
関係を勘ぐられるのは間違いないだろうし、水嶋さんとは知り合いで、俺には他に彼女がいることを馬鹿正直に口にすればそれはそれで厄介なことになりそうだ。
恋人のいる男子高校生が、その大事な彼女を放っておいて別の子を家にまで送るという行為は、果たして親御さんから好印象を受けるかというと甚だ疑問である。
他に選択肢がなかったのだ。
昨日の今日、胃がひっくり返りそうな気分で入った教室は、信じられないほどいつも通りだった。ただひとりだけ、こちらに意味ありげな視線を送ってくる女子がいただけだった。
彼女の携帯端末でそっと見せられた画像。下半身を丸出しにした男子がぐったりと放心している様は驚くほど鮮明に、そして無様に撮れていた。世の中の目覚ましい技術革新は、どうやら俺の人生には優しくないらしい。
「ありがとーね」
自転車を降り、小首を傾げた彼女から、俺は視線を外して奥歯を噛み締めた。
あんな写真で脅迫されれば、是非もないだろう。
「ありがとー……ね?」
ぐいーっと彼女が上半身を曲げて、無理やり俺の顔を覗き込んでくる。
「お、おう」
「ふふ」
セーターの裾を可愛らしく掴んで、彼女はおどけてみせる。その下の短いスカートがひらりと揺れる。肉付きの良い太ももが街灯にほんのりと照らされ、青白いニーハイソックがそれをきゅっと締め付けている。
生唾を飲む。
人間のオスは、どうして大事な恋人がいながら目移りがするのだろうか。どうして胸が高鳴ってしまうのだろうか。俺はちゃんと、彼女を家に送らされる、この状況を、心から嫌がれていただろうか。
どきどきなんて、してはいけない。背中に残った彼女の体温に昨日を思い出してはいけない。その先を想像してはいけない。ニーソックスの感触も、その中も、太ももの張りも、スカートの中も。その、香りも、それ以外も。
思い出してはいけない。それを想って、下半身を膨らませるなんてことがあってはいけない。
そうでなければ、俺は人間じゃなく、家畜だ。
「……っ」
彼女の挑発的な瞳が、すっと鼻先に迫った。
童貞の異性専用パーソナルスペースにあまりに容易く侵入され、俺は思わずたたらを踏んだ。彼女の薄く開いた瞼から、黒目の大きな瞳がそんな俺を観察するように見上げている。やや遅れて、俺は動揺を誤魔化すように顔を背けた。
「お礼、しなくちゃね」
この距離だからこそ聴こえるようなささやき声が喉のあたりをくすぐる。
「いいよ、もう帰るし」
「ご褒美あげるって、いったでしょ」
「何が」
「学校で。少しは期待してた?」
「……何が」
ペースに流されまいと、何とか対等の形で返答をする。形だけだ。「何が何が」と続けたところで意味があるわけでもない。俺の言葉に威力も価値もない。ただの相槌のようなものだ。それが精一杯の抵抗だった。
帰りたい、違う、帰らなきゃいけないと思う俺がいて、水嶋さんという女の子に迫られて目を白黒させている俺がいて、彼女のささやきが喉を撫でるたびにぞくぞくしている俺がいて。
ほぼ流すような会話から、お礼とご褒美という言葉に確かに反応している童貞の俺がいて。
そもそも、自転車を漕いでいる間もそのことが気になって仕方がない俺がいて。
『ちゃんと家まで送ってくれたら、ご褒美、あげるから』
昨日の今日で、その言葉は何かを想起させるにはあまりに十分すぎる。
「いいよ、別に」
俺の口が言う。
違う。
会話をする必要がない。ただ彼女を残してすぐに帰ればいい。逃げればいい。
「別に、そんなの」
俺が待っている。彼女からの何かを、何かが起こってしまうのを、待っている。
何をしている。
帰ればいい。今すぐに。
「はい、これあげる」
ちょっと恥ずかしいケド、というつぶやきと共に俺の左手が引かれる。
上に向けられた手のひらを、生暖かいものが覆う。
何かがすでに起こってしまったことを、俺は知る。
違う。俺は拒絶した。したのに、彼女が勝手に、何かを。勝手にされたのだから、仕方がなくて。待っていたわけじゃくて。
俺は、帰らなければならなくて。一体、何を。
視線を落とす。
それはこの薄暗闇の中だからかもしれない。
昨日よりもやや色の濃い、白と、ピンクの、ストライプ。
そしてこの温もりは、間違いなく彼女の体温で。
「ふふ」
ぼっとした俺の眼前に、やけに深い闇が迫る。唇に小さな感触。
「ん」
鼻から抜けるような可愛らしい声に何秒か遅れて、俺は慌てるように肺の空気を鼻から吐き出した。俺が押しのけるよりはやく水嶋さんはひらりと身を離し、スカートの裾を掴んで「へへ」と笑った。
「また明日ねえ」
それだけ言ってさっさと家の方へと向かってしまう。その後ろ姿を放心しながら見送り、俺は立ちすくむ。
彼女の甘い香りが顔中に残っている。唇の感触も。
そして、左手に残った彼女が履いていたはずのソレも。確かに。
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ご飯はもう出来ているという。
何となく身をかがめたまま、俺は急ぎ足で階段を上がる。薄汚れた靴下に包まれた足の裏がそれでも音を立てるのを嫌がって着地の瞬間に筋肉を弛緩させる。俺のだいたいの帰宅時間も、真っ先に自分の部屋へと上がる習慣も、家族のみんなが知っていることなのに。
こそドロか、俺は。
それも高校生にして下着ドロ。合意の上だと言ったところで何人が信じてくれるだろうか。
そもそも合意してはいない。俺がしていないのに。
二階に上がった俺は、荒い息を抑えながら暗い部屋に体を滑り込ませ、横開きのドアを後ろ手に滑らせて閉める。真っ暗な壁伝い、いつもの位置を乱暴に平手で叩くと、目測よりすこしズレて薬指と小指の間にスイッチが当たった。電気が点く。
「……」
夜道に目の慣れた俺は明るさに顔をしかめる。そのまま見つめる部屋の中は、いつも通りのくせに、置いてある一つひとつのものがやけに気に掛かった。テーブルの上で空になったコップ、しばらく干してない布団に、小さい頃に友人から貰ったクワガタの温度計。
いつも通り。何もかもが俺の部屋そのもの。
なのに、今はなぜかそれら全てに何らかの意味合いがあるのではないかとすら思えてくる。
存在感。見られている。何に。コップに、ベッドに、クワガタの温度計に。そのほか全てが俺を見ている。なぜ。だって、いつも通りの部屋に、いつも通りじゃないのは俺だけ。
ああ、そうか。
これが罪悪感か。
俺は鞄の金具を強引に開ける。そしてカバーを開く前にはたと手を止め、同時に息も止める。振り返り、ドアを出来る限り音を立てないように両手で滑らせていく。
部屋から恐る恐る顔を出す。耳を澄ます。じっと澄ます。
階段を上るような足音は聴こえない。二階に今、俺以外の生活音はない。
誰もいない。
ドアを閉める。カバーを開く。手を突っ込む。奥にある、柔らかい布地の感触が指先から肌を伝い、ぞわりと広がっていく。
いや、いや、待て。
俺は乱暴にカバーを戻し、誰が見ている訳でもないのに何食わぬ顔で靴下を脱ぐ。両方のそれを束ねて頭を折り、そのへんにポイと放る。そして制服の上着をハンガーにかけ、ワイシャツのボタンを上から二つほど外したところで、気づいたようにズボンのベルトに手をかける。
ああ、もう。順番がめちゃくちゃだ。
やっとのことで適当な短パンとTシャツに着替え、俺はもう一度鞄と向き合う。周囲の音、自分の立てる音、動き、その全てに細心の注意をはらうこの感覚は、さながら見つけたでかい害虫にスプレーを噴射する直前のようでもあった。
さっと中にあるソレを引き出し、俺はベッドに体を滑り込ませて布団を被った。そして突然ドアを開けられても良いように壁側へほんの少しだけ体を出して、それを広げ、確かめる。
パンティ、パンツ、ショーツ。どれが正しいのかはよく知らないけれど、女性の秘部を守っている三角形のアレなソレだ。横に走るピンクと白のしましま模様は彼女の家の前の暗がりで見たからではなく、やはり昨日とは別のメーカーのものなのか濃い色をしている。
見ているだけで鼓動の高まりを覚えた俺は、力尽きたように一度目を閉じて腕を降ろした。ああ、下着がある。ぱんつが俺の手に。水嶋さんの、さっきまで履いていたぱんつが。
何か別のものかもしれないとは思った。実は靴下やそれこそシュシュのようなもので、からかわれているだけかもしれないと。
だけどそうじゃない。これは水嶋さんが履いていたぱんつだ。
はあ。
ぱんつだ。女の子の、ぱんつ。
よりにもよって、水嶋さんのぱんつ。今日一日、履いていたしまぱん。
はあ。浅いため息をもうひとつ。目を閉じる。眉間に力が入る。
自分がその日履いていた下着を他人に渡すなんて、冷静に考えればどうかしている。たとえ相手が保育園来の親友であろうと俺はボクサーパンツを脱いで手渡したりはしない。そもそも親しいからといってあげる物ではない。
それを彼女は目の前で脱ぎ、目の前の俺に手渡して、あろうことかいたずらに笑ってみせたんだ。自信満々に。
指で唇をなぞる。一瞬の感触。転がるような笑い声。
彼女は、俺がこれを手にして、喜ぶであろうと確信しているんだ。ご褒美だと言ったんだ。
ふざけるな。
俺は目を見開く。しっとりした手触りの、ただの布切れを睨みつける。
馬鹿にしやがって。
こんな。
つまんだ指先が材質を確かめる。柔らかい生地の感触。
こんな。こんなもので。
いつもの肉付きの良い太もも。きゅっと締め付けるニーハイ。プリーツスカート。彼女だけの、彼女にしか表現できない、その満点の領域。
血眼になる男どもが、それでも誰も見たことのないその中を、俺は両手に広げる。力なくヨレる縞模様。白。ぴんく。白ぴんく。皺ができて。柔らかくて。
香りが、少し。
こんな。
ああ、ちくしょう。
なぜここが学校じゃない。なぜ公衆の面前じゃない。そうすれば、俺は、誰かに叱られることが出来るのに。理性が、押さえつけてくれるのに。
俺は、自分で、誰も周りにいない状況を確認して。自分で。そう。自分から、誰かにドアを開けられても平気なように、布団に隠れて。
もう、わかっていて。
こんな布切れのせいで。
彼女にも見られない。同級生にも、水嶋さんにも。誰にも見つからない状態を、自分で作り出して。
何を、しても、怒られるはずもなくて。
こんな、こんな萎れた柔らかい布切れ一枚なんかに。
ああ、違う。
縞々が迫る。薄暗い布団の中。目の前がさらに暗くなる。
違う。誰も、どうせ。
バレなくて。
彼女は。水嶋さんは。
俺がこんな布切れ一枚で悦んでしまうであろうことを知っていて。
意地悪な笑みと、ぴんくが迫る。迫らせている。誰が。
だって。別に。
ああ、ああ。
目と鼻の先。ピントが合わない。桃色。白。
顔。肌触りは。一体どれほどの、香りと、柔らかさと、興奮と、水嶋さんと、水嶋さんと、ここが彼女の、スカートの中。ああ、ああ、ああああ。
ふぁふ。
あああああ。あああ。
肺に溜まった中途半端な空気が、情けない声と共にぼふっと押し出される。それが布地を温くして、鼻を覆う。口を覆う。
ぴんくの香り。白。ああ。水嶋さんのぱんつ。ああ、ああ。
両手が俺の顔に押し付ける。逃げられない。あの日の香り。今日の匂い。頬を覆って。擦りつけられて。俺の、手が、勝手に。
誰も、だって。誰も、こんな。
桃色が入ってくる。鼻と口から、湿気を含んでふわっと入って、充満して、喉を通って脳に届いて。
コントロール、パネル。俺のプログラム。
彼女にぱんつに、水嶋さんのスカートの中の桃色ウイルスに、侵されて。書き換えられて。
右手がズボンを降ろそうとして、腰が、それに連動するように少し浮いて。
「んふあ、ふ」
左手が布地を俺に押し付ける。顔に、鼻に。擦り付ける。入ってくる。彼女がたくさん入ってきて、俺を。
陰茎が外気に晒される。彼女の香りに操られて、弱点を丸出しにしてしまう。
違う。最初から。
渡された、その時から。
これだけを考えて、これしか考えられなくて。
水嶋さんには、そんなこと、きっとお見通しで。
プログラムは意地悪なほど容赦なく、正確に俺の右手を動かし始める。
「んんんっ!」
たった一往復で自分の限界の早さを理解する。ゆっくり味合わせるつもりもない。感慨もない。俺が俺をイかそうとしている。
「んふっ、んっ、んんっ、んっ」
顔面を彼女のスカートの中に覆われて、しゅるしゅりと柔らかく押し付けられる。押し付ける。顔中に塗りたくって、沈んで、吸い込んで。
俺だけの彼女。誰にも怒られない、俺の水嶋さん。手の中の彼女。
嗅ぐわう。俺の水嶋さん。ぴんく色に染まって、俺の中にどんどん入ってくる水嶋さん。
ああ、ぱんつ。顔の、俺の水嶋さん。匂い、香り、嗅ぐわうほどにイカれていく。直に触れる顔が崩壊していく。匂いにただれていく。染まっていく。
右手の中のソレが熱い。熱の固まりをただ扱く。気持ちがいいのかもわからない。快感とも取れない。精通を思い出すかのような、ただひたすらの熱。股間全体の熱気。その先端が彼女の命令に突き動かされて刺激されていく。
「んふう」
鼻の奥がツンとする。涙が出そうな興奮。
俺だけの水嶋さん。思わず唇を開けて布地を喰む。そのほんの少しの部分に噛み付く。自らの行為に全身が汗ばむ。歯の隙間からまた情けない息が漏れて、また温もりを纏った彼女の匂いが蒸し返す。
右手が熱を扱いてしまう。ひたすら熱い。溜まっていく。そのうち出る。いつかもわからない。それしか出来ない。
彼女が悪いんだ。水嶋さんが全部。
こんな。だって、こんな。
こんなの、俺、嬉しくて。
そんな、クソみたいな、変態で。
バレている。きっと全部わかってる。
彼女がくすくす笑ってる。馬鹿みたいな俺を見て目を細めている。きっとそれはいつもみたいに可愛くて、嬉しくて。酷く、情けなくて。
「んぐ、ふっ、んっ、んっ、んっ」
あまりに嬉しくて。彼女のぱんつが俺の顔を包んでくれて。もう、幸せで。頭がどうにかなってしまいそうで。しましまで、泣きそうで。肌と布地で。擦って扱いて、俺のもので。
熱の限界。快感でもなければ、絶頂を知る由もない。ただ熱さの頂上が近いことを知る。
いや、もう通り越しているのかもしれない。わからない。
なにも用意していない。直の敷布団。
それでいい?
それでも。
別に。今更。
どうせ、止まらない。
水嶋さんのぱんつなんて。そんなの。
無理、過ぎて。
ぱんつで、……ああ。
ああ。
思いついたことを後悔した。酷くもったいなくて、もったいないと感じたことすら情けなくて、幸せだった。
なんて贅沢な。
刹那の感慨は、股間に纏わりつく柔らかい感触だけですぐに消し飛ぶ。
雑に被せられた彼女の柔らかさが、俺のソコを伝ってぞわっと全身を巡る。
「あは、あ……」
俺のモノが包まれる。彼女のソレに包まれる。たまらず目を閉じた、その奥の暗くて淡い光。色もわからない。水嶋さんのえっちな布が、俺のすけべの芯に触れて、触れ合って。擦れて。
一往復。
腰の奥がぎゅうと引き絞られる。切なさ。感触に総毛立つ。
前後不明。淡い光の中。
俺だけの水嶋さんを擦り付ける。もう一往復、二往復。さん、しいごろくしち。
嬉しくて、熱い。
熱いよ、水嶋さん。俺。ああ。
きっと出ている。もう出ている。
わからない。ただの熱のかたまり。
俺のかたまり。俺が。布切れ一枚に、簡単に弄ばれて。
水嶋さん。水嶋さん。
――――――――――。
不意の音。無機質なスマホの着信音。
相手はわかってる。
ウルセェ。
ジャマ、スンナ。
美しいほど混じりけのない黒。憎悪のようなものがふつりと沸き、歯噛みしながら水嶋さんを思い描く。何もかもを無視してまで彼女の下着と行為に没頭する。そんな俺を。長めのセーターから少し出た指先で口元を隠しながら、彼女が目を細めている。
ぱんつに負けてしまう俺を見ている。見られている。
俺を。こんな変態を。
ほら、すぐに戻れる。何の支障もない。
だって俺は、彼女のぱんつをもらったんだ。
何が起こっても彼女の布切れ一枚にすら逆らえない俺は。彼女にすがりついてしまう俺は。何が起こったって、彼女に馬鹿にされてしまう、ことができる。
右手が加速する。切なさを必死で擦り上げる。
ああイく。きっと打ち止めになる。
笑って。水嶋さん。
俺を。こんな変態を。
ああ、そう、あああ。
『……えっち』
あっ、ああ、あっ。
ああああああああああああああああああああああああああああ。
------------------
汗ばんだ額。
力の入らない瞼で、液晶を眺めている。
とりとめのない短い文面。時間帯からして、その送り主もわかっていた。彼女だ。
水嶋さんではなく、彼女だ。
俺の。
ああ。
あまりに幸せなだるさ。既読になったことも理解していながら、俺は力尽きたように腕を降ろした。
何をやってるんだ。
自らの恋人に、その連絡に、うるさいだの邪魔だのと。何を俺は。俺は。
もう片方の腕を両目の上に被せる。暗闇の中。まだ肺には熱が残っている。
唯一、欲の制御ができるイキモノ。我慢ができる生物。
俺は、人間なのか。
こんなんで、人間を名乗っているのか。
そもそも、我慢? 俺が水嶋さんを我慢しなければならない?
我慢しなければならないほど、欲しいのか。
俺は。
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