絶望テンプテーション


 
 

 

 
 俺は喉を枯らす。
 声帯から血が出ようとかまわない。二度と使い物にならなくたってかまわない。
 内臓から無理やりエネルギーを放つように、全身全霊をかけて、最も親しき友の名を叫ぶ。
 もはや人の声とは言えないのかもしれない。音にすらなっていないのかもしれない。それでいい。ほんの少しでいい。この咆哮が、あいつの脳に、あいつの心に、小さくとも鋭く刺さる針のようにでも痛みを与えられたら。
「あんよは上手。そうそう、こっちよ」
「もうちょっと、ふふふ」
「もーすこしだよお」
 三匹の淫魔が自らの指で乳を歪ませる。むせかえるほどの甘い香りに、一歩、また一歩と、ふらついた足取りが誘われていく。その後ろ姿を、少しずつ遠くなる背中を縫いとめるべく俺は叫ぶ。繋がれ、繋がれ、繋がれ。
 ゆら、ゆら。それでも彼の背中は揺れる。俺なんかよりも数段頭のキレるあいつが、虚ろに、ゆっくりと足を運んでいく。その先に何があるのかを理解できないはずがないのに。こんな罠に、掛かってしまうような奴じゃないのに。
 信じられない光景を信じないために、俺はまだ声を出す。彼の名前を必死で呼ぶ。
「はい、到着ー」
「いらっしゃい」
「おかえりー」
 やっとその足が止まる。もう、遅い。俺の呼びかけに応じたわけではない。
 囲うようにして、彼の体に淫魔が纏わりついていく。その大きく膨らんだ乳を顔に、腕に、体に塗り付けるように、包み、覆い、擦り寄せる。
「ちゃーんと勇者くんを封じられたわねえ、えらいえらい」
「うまかったよー、上手だったよー」
「ほらほら、ご褒美のおっぱいだよー」
 肌色に包まれた彼、古くからの友人、そして旅の仲間であった男はもはや後頭部しか見えず、その表情を確認することもできない。
 俺はそれでもありったけの声で空気を震わせる。絶叫する。こんなはずがない。きっとすぐに奴らの首を跳ね飛ばして颯爽と振り返り、
「敵を欺くには……って言うだろ?」なんてシレっとした顔で言うに違いない。
 そうに、違いないのに。
「ほーら、お顔ぱふぱふぱふ。あなた達、準備しなさい」
「はーい!」
「あいさー!」
 リーダー格と思わしき淫魔が、双子のようなやや小柄の淫魔に指示を出す。了解、と手を挙げた二匹は、用意していたと思われる巨大な鎌を担ぎあげた。光沢のない黒い刃に総毛立つ。絶対的な死を肉眼に見ているようで、体のあらゆる細胞が縮み上がる。
 叫ぶ、叫ぶ。死んでしまう。終わってしまう。彼が、あいつが、親友が、大事な、仲間が。
 どす黒い何かが肺に入り込む。気持ち悪さに吐き気を覚える。それは予感。違う。諦めてなんかいない。認めてなんかいない。
 声にして吐き出す。ぎゅうと胃を締め付ける感情を、俺から追い出す。死なせない。あいつは死なない。
「魔王様から頂いた珍しい呪いの武具よ。切れ味は恐ろしい程なのだけれど、一振りするためにすごく時間が掛かるのよねえ。だから実用的じゃないの。……私のおっぱいから抜け出せれば、だけれど」
 もう聴こえていないかしら? なんて邪悪な笑みを浮かべながら、顔を埋没させるほどの乳を手で上下させる。彼は腕をだらりと下げ、棒立ちのまま、優しい胸のたゆみに飲み込まれていく。
 双子の淫魔は漆黒の鎌に力を注ぐ。その瞬間に、刀身は二匹の手からふわりと浮かびあがり、獣が獲物を見つけたかのように、不自然な動きでピタリと止まった。狙うは首。淫魔の柔肉に頭を差し出した彼の、無防備な首。
「あらやだ、このままじゃ私も巻き添えかしら?」
 余裕たっぷりに笑って、姿勢を落とす。親友の体が、お辞儀をするような姿勢で固まる。黒の刃はまた小さく揺らめいて角度を変えた。おぞましい。生き物のように、それでいて無機質な動きに戦慄する。
 あれは、あれが、あんなのが振りおろされたら、間違いなく死んでしまう。あいつは死んでしまう。命を賭けた旅ではあったのに、それでもどこかで抜け落ちていた。魔王を打倒するその日が来ても、そしてそれからの世界だって、あいつと馬鹿をやって、また魔法使いと僧侶に二人して怒られて、そんな漠然とした未来が。
「最後までぱふぱふしててあげるからねえ。ふふふ、おっぱいに負けちゃった戦士さん」
 軽やかに上がる語尾に、これから行う生命のやりとりなんて、微塵も感じられない。どうでもいいんだ。奴らにとって敬意なんてものはないんだ。
 そんな奴らに。こんな、こんな奴らに。
 悔しさを吐き出す。違う、悔しいんじゃない。これは終わったことじゃない。あいつはまだ死んでいない。死んだりしない。
「あらあら、戦士さん、あなたのお友達は元気ねえ? 猛獣みたいな声を出して、どっちが魔物かわからないわねえ?」
 淫魔は手を止めない。おっぱいを止めない。
「安心して、最後まで幸せにイかせてあげるから。ほーら」
 抱えるようにぎゅうと押しつける。大の男が、その肌の圧に体を震わせた。苦しいのかもしれない。淫魔の魅了に抵抗しようとしているのかもしれない。それでも彼の腕は動かない。彼の足は動かない。おっぱいという海に沈められて、ただその精神だけがもがき苦しんでいる。
「準備できたー」
「できたー」
 まるで遊びに行く準備が整ったかのように、無邪気な声が上がる。
「あらそう? じゃあもうやっちゃいなさい」
 一瞬だった。
 いきなりのことに、叫ぶ暇もなかった。ただその映像が網膜に映し出されただけだった。瞬きをするようなはやさ。限界まで引き絞られた弓のような緊張。それは一度に解放され、恐ろしい程の何かが彼の首を駆け抜けた。
 酷く鈍い音だった。肉の塊が、ボールのように落下して、叩きつけられる音だった。それはこちらを見た。違う、転がっただけだった。彼の頭が転がって、そして。
 悲痛に歪んだ顔だった。
 涙でぐしゃぐしゃの顔だった。
 鼻水がだらしなく垂れて彼の鼻筋を光らせていた。
 血が。血が。
「う、あ」
 沸き上がってくる。火炎のように熱さで、血を沸騰させる。
 はあ、ああ、あああ。
「うあああ、があああああ、ころっ、ご、殺して、殺してやるうあああああ!!」
 言葉と唾を撒き散らす。喚き散らす。それでも体は動かない。魔力もこの拘束具に封じられてしまう。それでも殺す。絶対に殺してやる。声で殺してやる。叶うなら、この手でその首を引きちぎって。
「あら怖い、すごい力。それも魔王様にもらった拘束具なのに、下手をしたら破られそうね。はやく眠らせちゃいましょう」
「はーい!」
「あいさー!」
 三匹がこちらに手を掲げる。ぐにゃりとしたものが放たれ、景色が揺らいで、そして。
 そして――――。
 
 
 
 ――――っ!!
「っぁあああああああああ!!」
 上半身が持ち上がる。目を見開く。鼓膜に残響するのは自分の声。意図しない覚醒に肺の活動がやや遅れる。苦しい。荒く呼吸を繰り返す。脈打つ。鼓動がうるさい。
 謎の部屋。体の自由がきかない。後ろ手に何かで縛られている。ロープの感触じゃない。
「……っ」
 飲み込んだ唾。鉄の味、血の味。それは口の中を切るほどの何かがあったということであり、口内を誤って噛んでしまう程に喚き散らした結果だった。痛みが遅れてくる。夢じゃない。あれは、あの出来事は、あいつが、死んで、殺されて。
「おきたー!」
「ほんとだー」
 叫び声を上げる寸前で、少し軋むような音と共にドアが開いた。しっかと目に焼きつけたその二匹が、衣装は変わっているものの、相も変わらぬ無邪気さで入室してくる。俺は半開きの口を閉じ、歯をくいしばった。
「へっ、……っ! ……は」
 力の限り大声を出したつもりだった。しかし喉からはかすかすという乾いた音だけが発せられた。潰れている。もう使い物にならなくなってもいいとさえ思った自分の声は、当然ともいえる帰結に至るべくして至った。
「あーあー、あんなに叫ぶからだよう。喉痛くない?」
「大丈夫?」
 心配そうな面持ちの二匹を、俺はガンとして睨みつける。
 息を吐く。さらに息を吐く。ふー、ふー。悔しい。口惜しい。俺がまともに喋れるのであれば、意識の続く限り呪ってやるものを。
 ベッドの上。裸の上に麻のような薄いローブを着せられた俺は、それでも近付いてくる淫魔にギリギリと歯を鳴らす。来てみろ。その細い喉を食いちぎってやる。一匹でも多く道連れにしてやる。
「お口、閉じててもらおっか、ね?」
「うん、戦士さんのときみたいにね」
 目配せをした二匹が同時に呪を唱える。体も動かなければ魔力も練られない俺は、放たれる魔法に顔をしかめ、片目を瞑ることしかできなかった。見えない糸が体に食い込むような独特の感覚。それは俺の顔にまで登ってくる。
「ん……んん!!」
 唇が縫いとめられる。開かない。無理にでも破ろうとする。別の場所から裂けてしまいそうなほどの痛みに脳がやめろと指令を出す。同時に、涙腺あたりにも小間使いが送られてくる。くそう。めちゃくちゃ痛え。
 呼吸が上がる。酸素が足りない。口からは得られないソレを鼻に求める。
「あれー、勇者くん、もう興奮してるのー?」
「鼻息荒いよー? ふふふ」
 小柄な二匹の淫魔は膝からするりとベッドに上がってくる。前かがみの深い谷間がぷるりと揺れた。俺と同じようなシンプルな衣を着ているが、サイズ違いのようにぶかぶかだった。
「あんまり怒ると良くないよー?」
「そうそう、男の人は特にねえ」
 大きめの袖から少し見える細い指先が俺の横腹を這う。あいつを狂わせた淫魔。おぞましい嫌悪感に鳥肌が立つ。
 俺は上体を振る。拘束された体は反撃はおろか振り払うことすらできない。そんな当然なことに、顔を歪ませる。
 奴らのうちの二匹が、すぐ隣にいるというのに、何もできない。俺が、あいつの仇を取ってやらなくちゃならないのに。
 ふふふ。くすくす。二匹の手が体を優しく這い回る。嫌だ、嫌だ。くそう。ちくしょう。動けよ。殺すんだよ。こいつらは、俺が。
「すごーい反抗的。かわいい」
「もう始めちゃおっか」
 笑い声が転がり、両隣に座った淫魔が俺の頭の上で抱き合った。ただそれだけのことだ。それだけのことで、俺の視界は肉に埋まる。
「――――っ!!」
「はーい、あなたの敵のおっぱいですよー」
「勇者くんの友達を殺しちゃったおっぱいですよー」
 光が閉ざされる。視界はおろか、後頭部まで360度をみっちりと覆われる。
「刺し違えてでも」と、害意を隠そうともしない俺が、馬鹿らしさの塊みたいなものに両側から挟まれている。ひどく柔らかくて、ひどく甘い匂い。鼻の粘膜に纏わりついてゆっくり染めていくようなこの香りは、あいつが死んだときと同じだ。
「……んっ、んん!!」
 叫びたい。何でもいい。何かないか。魔法は使えないか、精霊は呼び出せないか、足は動かないか、手の拘束は解けないか、魔法使いと僧侶がここを突き止めないか。腕ごと千切って、足首も千切れば動けるか、千切れる寸前の痛みに耐えられるか、そもそも自力で筋肉を破くことはできるのか。
「だーめ、だめだよう、怒っちゃ」
「落ち着かないと、まずいよう?」
 突然俺の頭が弾けて散らばって溶解するような毒になってこいつらを殺せないか、突然、想いだけで呪い殺せるような特殊な力が身に着かないだろうか。突然、奇跡が起きて。
 なんでもいい、殺す。殺すんだ。何が何でも、殺して。
「まあいっか。そろそろおちんちん調べちゃおっかー」
「そうだね、触るねえ」
 ローブに隠れたモノに、二匹の手が伸びる。勃起するはずもない。体中の血管が暴れだしそうだ。これほど強烈な感情、濃厚な赤色の中に、桃色の感情なぞ微塵も。
「えい」
「よっと」
 
 ぞっ、く。
 
 股関節から背筋にかけて痺れが走る。冷たい汗が噴き出す。
 嘘だ。嘘だろう。
「あれえ? なーんか固いなあ」
「もっこりしちゃってるねえ」
 嘘だ、嘘だ。そんなはずがない。
 俺の顔を包囲する肉厚の中で、俺は恐れ戦いた。ドロドロの溶岩が巨大な氷山に触れてしまったかのように、真っ赤な感情が急激に固まり、黒くなって、停滞していく。止まる。なぜ。どうして。
「殺してやるーとか言ってたのに、どうしたの? 敵のおっぱいで興奮しちゃった?」
「わたしたち、お友達のカタキだよ? そんなおっぱいでおちんちん大きくしちゃったの?」
「んん、んん」
 ぐにゅ。すり。
 下半身がぞわぞわする。薄い生地の内側が、触られたモノが、でかくなっているソレが気持ちいい。体が悦ぶ。陰茎を巡る血液は元気にはしゃぎ回る。健康に、健勝に。そして不健全に。
「ふふふ、へんたーい」
「いけないんだー。最低」
「変態さんのお顔、もっとぱふぱふしちゃおっか」
「さんせー」
 生地越しの柔らかい肉がぽふぽふと挟み込むように押しつけられる。右頬、左耳、鼻、右目。まるで俺の顔を大きな玉に見立てて遊んでいるかのように、幾度となく沈み、弾まされて、また沈む。連続していく。続いていく。
「んっ、……っ」
 怖い。恐ろしい。なんで、なぜ、なんでだ。俺のモノは、どうして。魔法だ。淫魔による何かしらの術なんだ。そうであるはずなんだ。だって、そうじゃないと。
 ぽふん、ぱふぱふ、ぷに、むにん。
 おぞましいのに、触れることすら拒否したいのに。なのに、なのにふわふわする。沈むたび、弾むたびに、おかしくなっていく。馬鹿になっていく。だって、なんだか感触が。顔が。気を抜けば溜息を吐いてしまいそうな。
「二人でおっぱいサンドイッチは気持いでしょお? たくさんしてあげるからね、変態さん」
「ほんとに最低。ふふ、もっと大きくして。ほらほら」
 俺が気付いてしまう。それがただの肉ではなく、おっぱいであることに気付いてしまう。頭が理解したのではなく、心が感じてしまう。
 いま俺はおっぱいに挟まれている。ああ、まずい。
「おかしーなあ、大人しくなってきちゃった」
「気持ちいいんだよねー?」
 馬鹿な。馬鹿らしい。馬鹿にされている。おかしいんだこんなの。殺すんだ。こいつらを。なんとしてでも。そうでないと。
「はやく堕ちちゃえー。ぱーふぱふ」
「むにむにむにー。どお?」
 嫌だ。気持ちよくて嫌だ。幸せになってしまいそうで嫌だ。そんなの俺じゃない。そんなはずがない。気持ちよくなんかない。違う。違う。俺はそんな奴じゃ。
 生きる理由、その根底を問われるような道徳の哲学を、あまりも馬鹿馬鹿しい膨らみに包み込まれ、ぼかされていく。そんなの、今はどうだっていいじゃない。おっぱいは柔らかいのよ。おっぱいは気持ちいいのよ。おっぱいはいやらしいのよ。ほら、浸ってしまいましょう?
 ぱふん。ぽふ。
 ふわふわと舞って、ころころと転がる。頭が右へ、左へ。埋まって、跳ねて。ぽふ、ぽふ、ぽふ、ぽふ、ぽふ。
「せーの」
「ぎゅうう」
「んふっ……!!」
 埋まる。世界がおっぱいに埋まる。
 体が勝手にびくりと動く。
 しあわせ? 幸せを感じている? ああ、ああ。違う。違う。違う。俺は違う。違うんだ。違うんだってば。ねえ、俺は。
「このまま見てあげよっか、おちんちん」
「ふふふふ、どうなっちゃってるかなあ」
 ローブのすそがつままれて、肌からふわりと離れるのを感じる。ひんやりと外気にさらされた下半身。見なくてもわかる。
 どくり、どくり。
「わあ、変態さんだあ! お友達を殺しちゃったおっぱいですごいことになってるー! ねえ、怒ってたんじゃないの? ねえ、どうしてこんなになっちゃってるの? ねえねえ」
「魔物のおっぱいだよ? 淫魔のおっぱいだよ? 悔しくないの? お友達さんへの気持ちなんかよりおっぱいが好きなの? もしかして、こうやって押しつけたまま扱いてほしいの? そんなこと考えちゃってるから、大きくなってるんでしょ?」
 歯を食いしばる。毛細血管が破裂しそうなほど恥ずかしい。泣きだしたい。悔しくないわけがないのに、陰茎は収まってくれない。違うのに。俺は、俺は。
「種明かししてあげよっか。ほら、つんつん」
「んっ、んっ」
 先端をすこし突かれただけなのに、鼻声が抑えられない。やめろ。やめて。嫌だ嫌だ。
「教えてあげるね。ほら、にぎって、しこしこ」
「――――っ!!」
 快感を覚えてしまった血液が陰茎から全身に散らばるように、指先、足の先まで波のように広がる。駆け巡っていく。あまりに情けないのに、あまりに恰好悪いのに、自分でも鼻息を止められない。
「ぬりぬり」
「しこしこ」
 おっぱいに鼻息を出す。何度も出す。体を震わせながら、下半身いっぱいに広がる電撃のような痺れを必死に逃がす。眉間に皺を寄せる。
「気持ちいいの?」
「こういうの好きなの?」
 すふ、すふ、すふ。鼻を何度も鳴らす。甘い香りが脳まで届く。蕩ける。溶かされる。いやだ。喚きたい。鳴きたい。叫びたい。ああ。あああ。
 やだ。気持ちいい。気持ちいい。
「男の人はね、どれだけ怒ってても勃起はできちゃうの。むしろ怒ってる興奮を、脳が性的なことと勘違いしちゃうこともあるんだって」
「だから言ったのに。あんまり怒らない方がいいよって。もう遅いんだけど。ふふふ」
「でもここまで大きくしちゃったのは勇者くんだからね?」
「一回触った時はこんなに大きくなかったもんねー? お汁まで出ちゃってるよ?」
 まるで肩にとまった小鳥の頭をそっと撫でるように、分泌されてしまった粘液を指先でゆっくりと塗り拡げられる。極めて優しい触れかたに息が漏れ、唾液がたまっていく。
「あは、ぴくってした、へんたーい」
「嬉しいんだあ、最低」
 ゆるゆる、ぬり、ぬり。
 言葉ではなじってくるのにも関わらず、慈愛すら感じるほどじっくりじっくりと快感を染み込ませてくる。植えつけてくる。
「ふふふ」
「えへへ」
 煮込まれていく。弱火でじっくりと。だんだんとおいしくなって、一段と味が染み込んで、それでももっと深く、もっと凝縮して。
 勝手に鼻から出る息。音はやや高く、だんだん小刻みになっていく。いやだ、いやだ。気持ちいい、いやだ、気持ちいい。ああ、おちんちんが、気持ちいい。
「幸せだねえ。おっぱいでぎゅーってされて」
「気持いねえ。お手手でいっぱい触られて」
 脳がとろりと溶けて、少しずつ流れ出していく。どこへいってしまう。どうなってしまう。否定は。思考は。反抗心は。抵抗は。どこ。なに。ああ、ああすごく、いい。おっぱいが、ああ、ちんこが、ああ、ああん。
「ほんとに静かになっちゃった。はやいなあ。本当は負けちゃいたかったの?」
「気持ちいいことに負けちゃいたかった? 怒った振りして、ほんとは私たちに何をされるのかドキドキしてた? ふふ、それなら、そろそろ」
 
 負けさせてあげるね。
 
 陰茎への感触が消え、んあー、うー、と耳の近くに小さくうめき声のようなものを聴く。
 にちゅり。生温かい液体のような何かに股間が驚き、俺が身をびくりと震わせる。
「んへへえ、いっぱい塗っちゃうよー?」
「ぐちゃぐちゃにしてあげるね」
 粘液が滑る。ぬるぬるに滑る。陰茎の周りを走り回っていく。それが彼女らの手であることに気付けないまま、俺は鼻息を荒げ身を悶えさせていた。さきほどまで直に触れていた肌とはあまりにも違いすぎる。
 心地よさより快感。段違いの攻め。
「おちんちんー、さきっぽぐちゅぐちゅしてえ、たまたまー。ふふふ」
「しこしこしてえ、ぎゅってして、次はここー」
 思わず鳴く。泣く。まともに発声できない喉で無様に鳴き声を上げる。
 ああ、ちんこが、なに、ああ。ああっ、つ、やば、ああ、あああ。
「んんっ、す、ふ、ふす、んんっ」
 ぐちゅぐちゅ、にゅりねり、ぎゅっ、ぬるぬる、にゅる。
「ほらあ、我慢してえ。おっぱいに挟まれたままイっちゃったら、呪いがかかっちゃうよ?」
「おっぱい感じながらイっちゃったら、あの戦士さんみたいにおっぱいに逆らえなくなっちゃうよ? だからだめ。我慢我慢」
 激しい動きに彼女らの柔肉も顔に不規則な圧を加えてくる。もにゅもにゅ、むにむにと俺の頭を包みこんで出してはくれない。
「ほらダメ。我慢我慢」
「だめだよう。イっちゃだめ。ね?」
 ああ、どうかなる。どうにかなってしまう。下半身が俺の知らないものになる。ぐちゃぐちゃにされて、もうわからない。下半身がわからない。もうたまらない。顔がたまらない。おっぱいがたまらない。柔らかい。ああ、おっぱい柔らかい。ああ、やばい、あ、これ、ちんこが、ああ、あああ。
「お友達のカタキを討つんでしょ? 私たちでイっちゃだめでしょう?」
「だから我慢。出しちゃだめ。そんなの裏切りだよう」
 我慢、がっ、我慢、出しちゃう、なんて、あ、無理、こんなの。
 無造作に這い回る。ぐちゃぐちゃにされる。おっぱいに息が詰まる。嬉しくて悔しくて、上も下も、もう、たまらなくて。あまりに幸せで、あまりに絶望で。
「だめだめだめ、あっ、びくびくしてる、だめ、だめ」
「我慢我慢、我慢だよう」
 俺を励ますようで、それでいて嬉々とした声に思考がぐちゃぐりゃに絡まっていく。もうなんでも、もう、無理、ああ、無理。
 イく、イくイくイく。
「あああー!」
「あは、やーん」
 どく、びゅく、びゅうう。
 放っていく。おっぱいの中で、下から何かを出していく。だめだと言われ、我慢してと言われたものを散々に撒き散らせていく。瞼が痙攣する。視界が点滅する。何も見えない。何も見えない。
 びゅくり、ぴゅ。
「あーあー、出しちゃったあ」
「レベル出しちゃったねー。だめって言ったのに」
 ふふふ。くすくす。
 目の前が白んでいく。布越しのおっぱいの温かさが離れていく。顔に力が入らない。口に力が入らない。
「ああー……、すごい顔になっちゃってる」
「アヘ顔って久しぶりかも。そんなに良かったのかな」
 射精、解放、酸欠。くら、くら、くら。
「そろそろお口開けてあげよっか」
「うん」
 ひゅい、と小さな音と共に、唇を縫いとめていたものがするすると解けていく。筋肉のないただのたんぱく質の塊のように、なんの抵抗もなくソレはだらりと開く。
「ん、ふ、……」
 でろ。
「うわあ、よだれだー」
 液体が唇から顎へと伝う。反射的に口を閉じる。わずかな羞恥心に、呆けた意識が少しだけ戻ってくる。
「ん、く、ふ、ふ」
 口の中に残った唾液を呑み込む。肺が勝手に酸素を求める。今もなお痺れる下半身に、俺はイかされたことに気付く。今を知る。
 じわじわと空気が責めてくる。理性が責めてくる。心が責めてくる。ああ、あああ。やってしまった。俺はイってしまった。イかされてしまった。
「ふう、う、う」
 潰れたままの喉。かすれる声。目元が熱くなる。俺は、なんて、ことを。
「泣かないで」
「大丈夫だよ」
 小さな手が頬に触れる。振りはらう術もない。足も動かない。手も動かない。
 ごめんなさい。イっちゃってごめんなさい。こんな奴で、こんな友人で、こんな、こんな。
「う、ふ、う」
 体にじわりと広がる心地よさ。俺は歯を食いしばる。絶頂の余韻。体は気持ちよく痺れているのに、俺は自らの歯を噛み砕かんばかりにして、嗚咽する。
「仕方ないよ。だって気持ちよかったんだから」
「そうだよ。勇者くんは変態さんなんだから、もう仕方がなかったの」
 ざわりとした。
 感情の栓が抜けた。違う、そのダムの壁ごとひび割れて、決壊しようとしている。楽な方に流れ出ようと、逃げ出そうと、理屈も倫理もなしに、我儘に、ただその壁を壊してしまおうと激しく水圧を上げていく。
 違う。俺のせいじゃない。何が変態だ。おまえらが。こいつらだ。こいつらが全部悪いんだ。こいつらが、すべての元凶だ。そうだ。俺は悪くない。俺のせいじゃない。こいつらが、こいつらが。
 その流れをせき止める術はない。これは転嫁じゃない。こいつらが。
 ぎり、ぎり。歯を鳴らす。
「あら、もう終わったのかしら」
 ちょうどその時、ドアからあのリーダー格の淫魔が入ってきたのは、あまりにお誂え向きな登場だった。あまりにちょうど良かった。ダムの壁は崩壊する。心がほとばしる。
「終わったよー」
「ちょうど今から拘束を解いてあげるとこだよ」
 無意識に指の骨を鳴らしていた。
 ああ、あいつだ。あいつが全部やったんだ。全部。全部。ぜんぶぜんぶぜんぶ。
 
 …………ふう。
 
「ほーら、勇者くんもう動けるからねえ、解除ーっ! お、きゃ」
「ひゃっ!」
 足の指がシーツを捉えた。やや滑るがそれでも十分な摩擦を得て、目の前の景色を一直線に裂く。
 激しいのに、ひどく静かだった。それはまるで怒りの限界を超えた熱量。青い炎のような、ひどく静寂とした殺意。
 目を見開き、対象だけを見据える。狩るために。この右腕で体ごと突き破ってやるために。
 時間にしてみればほんの一瞬。右腕を振りかぶったのは跳躍とほぼ同時だった。後はそれを前に思い切り突き出すだけ。それだけで殺せたのに。

「やめて」

 自分の胴体以外が消し飛ばされたのかと思った。
「んぐっ」
「あっ……つ!」
 俺の体は確かにその淫魔に到達した。そして、速度と体重に見合った衝撃を与えた。その結果、淫魔は俺の体を受け止めたまま、背中を壁に叩きつけた。
 ただ、それだけだった。そう、それだけ。これではただの体当たりだ。
「痛ったいわねえ、もう」
「んくっ、ん!? んん!?」
 抱きすくめられたまま、動けない。いや動く。口は動くし首も動く。手足がないんだ。それも違う。ある。手も足もある。なのにピクリともしない。脳からの指令が届かない。思うことは出来るのに、考えることはできるのに。まるで土産品として売られている寸胴な人形になってしまったかのようだ。胴と首しかない。
 くそう、くそう。動け、動けよ。なんだよ、これ。
「あんたたち、ねえ」
「ご、ごめんなさあい」
「ごめんなさい」
 怒気を含んだ言葉に、後方から怯えた声が聴こえる。
「だから言ってるでしょう? いくら呪縛にかかったからって、言霊を発する前にヤられちゃったらおしまいだって。ただでさえ戦闘能力じゃ敵いっこないんだから」
「はあい。ごめんなさい」
「はい……」
 まあいいわ、と溜息混じりに言葉を吐いて、淫魔が俺を見据える。
「私たちに攻撃をしてはならない。えーっと、この部屋から出ようとしてはならない。あとは、自ら死のうとしてはならない。私たちの前では耳を塞ごうとしてはならない。……こんなところかしらねえ。うん、よし、もう動いていいわよ」
 一言二言を紡いでから、俺は解放される。自分の足が床に着いている.支えられる。腕が動く。全身が動く。ああ、ヤれる。今なら。
「ふーっ! ふっ、う?」
 荒く息を吐く俺が、目の前の淫魔と対峙している。ただ向き合っている。女の姿をした悪魔を見つめている。なぜ動けない。呪い? これが呪縛というやつなのか?
 美しい顔立ち。その口端が少し上がる。
「ふふふ、喉が辛そうね。治してあげるわ。治癒魔法は苦手だけれど……。終わるまで動かないでね」
 彼女の右手が上がる。指先が喉に向かってくる。避けられない。ただその場に立つ。喉にそれが触れる。感触に総毛立つ。なのに動けない。
 小さな光が灯り、お湯を飲んでいるかのように喉が温まる。
「はい、おしまい」
「っふ、ああ、な、なん」
 声が出ることに自分が驚く。発声を思い出す。
「ふふ、いいお顔ね」
 喉に触れていた指先が俺の肌を上ってくる。頬に。
「……っ!!」
 俺は必死で飛び退く。未だベッドの上にいる二匹にも注意しながら、距離を取る。ああ動ける。逃げることならできる。
 部屋の隅にまで逃げたところで、俺は少し腰を落とす。呪縛とやらでこちらから攻撃が封じられてしまっているのなら、相手の行動を避けるよりほかにない。
 どうする、どうする。
「ゆーしゃくん」
 双子の片方が、ベッドの上に足を崩したまま、俺に向けて両手を広げた。
 俺はそこから放たれるであろう魔法を回避するべく、足の指に力を入れた。

「こっちきて?」

 それはやはり呪縛だった。
「あ、なっ、え、ちょ、おい!」
 ぐんぐん近づく。彼女が近づく。俺の足が近づいていく。ちょっと待て、動くな、動くな。止まれ、止まれよ、おい。
「えへへー、抱きしめてえ」
 俺の膝がベッドに乗る。一直線に彼女を目指す。考える暇もない。両腕が広がって、彼女に覆いかぶさる。その体が俺の腕の中に収まってしまう。収めてしまう。
「ひゃう、うふふ、そのまま頭なでてえ」
「くっ、そ、なん……!」
 俺の体は忠実に従う。ありえない。信じられない。
 腕の中の淫魔は猫のように喉を鳴らす。俺はその頭を撫で続けている。なんだこれは。こんなことすら出来てしまうなら、逃げることすら。
「あらあら、あなた好きよねえそれ」
「ずるーい。わたしもして欲しいのに」
「えへへー、わたしが最初だもーん」
 勝手に動いている体なのに、筋肉の軋みから肌の感触、すべてはいつも通りに感じてしまう。俺が抱きしめたくて、俺が撫でたくて。まるでそんな錯覚を起こさせるほど、ごく自然に。
「んうう。しあわせー。ありがとー、もういいよお」
 言葉だけで、中枢からの回線が突然切り替わる。もともと出されている脳の指示がいきなり指先まで伝わる。体がびくりと震える。
「くっ」
 唇を噛みしめる。遊ばれている。どうにか、何か、何かないか。この状況を打破するための何か。
 とにかく距離を取るしか。
「今度はほら、この中に入ってきてー、頭からね」
 淫魔はぶかぶかなローブの裾を持ち上げて、ふわふわと広げて見せる。下半身の下着が見える。またしても自動回線に切り替わる。
 ごっ。ベッドから離れようとしたところを自分によって止められ、不格好に落下する。痛い。悔しい。何もできない。
 子供のおもちゃ遊びだ。お気に入りの人形でままごとをしたり、戦わせたり。叩きつけたり。髪を引っ張ったり、壁に投げつけたり。赤子の手を捻るより簡単に。
「ほら、ここだよお」
 彼女のさらす肌色のお腹に向かって、俺が進んでいく。
「くそっ、おい! やめろ!! くっ」
 苦々しげに吐き出しながらも、俺の頭は彼女の指示通り、ローブの中に入っていこうとする。彼女がころころと笑う。嫌だ、嫌だ。やめろ、やめさせてくれ。
「あひゃあ、くすぐったい。んふふ、ほら、おっぱいのところまできてえ」
 迷いなく上っていく。見える。見てしまう。究極の美とも言える滑らかな曲線と、その先端を。向かっていく。近付く。目の前。
 むにゅり。
「んっ、はーい、生のおっぱいでぱふぱふだよお」
 肌の熱が保温される服の中。薄暗いオレンジ色の中で、その二つの膨らみに顔全体を挟まれる。
「んぐっ、んっ、こ、の、ふ」」
「いっぱい甘えてー」
 布越しにはわからなかった質感。滑るような素肌の柔らかさ。そしておっぱい。何よりものおっぱい。胸、乳。頬を優しく包み、擦りこまれながら、俺はそのなかを掻き分けていく。違う、俺がしたいんじゃない。顔が、勝手に。
 右の柔肉に唇でかぶり付く。淫魔が声を上げる。左の柔肉に鼻を押し付ける。顔のくぼみまでみっちりと埋まる。脳に染み込んでくる甘い香り。その源泉を鼻に吸い込む。
「やん、もう、甘えちゃってえ。いけないんだあ勇者くん。ほら、ぱふぱふぱふ、すりすり」
「んっ、んんっ、んっ」
 とめどなく唾液が溜まってくる。甘えてと言われただけなのに、具体的に何を言われたわけでもないのに、俺はそれを迷いなく実行している。目を押しつけて、鼻を押し付けて、頬を、口を。こんなことまで命令された覚えはない。なのにしてしまう。
 ああ柔らかい。ああ、なぜだ。甘えてと言われただけなのに、俺は甘え方を十分に理解して発現している。
 まさか。違う。こんな風に甘えたいだなんて、そんな。思ってない。こんな奴のおっぱいに甘えたいだなんて思ってない。こうしたい、ああしたいなんて、そんなこと、そんなこと。
「えへへ、服の中で逃げられないねえ。ずっとおっぱいだねえ。こうやって、戦士さんみたいに殺されちゃうのにねえ。敵なのにねえ」
「く、うん、んっ、んふっ」
 やめろ、やめさせて。俺をやめさせろ。こんなこと、俺は。
「じゃあこのままおっぱいしながら、右手でオナニーしちゃおっか。勇者くん、自分でおちんちんしこしこしてえ」
「んっ! ぐっ!! んあ、あ」
 忠実に動き出す。掴んだソレはまたしても勃起している。
 ああ、俺は、俺はなんて最低で。
「いつもしてるみたいにね。一番気持ちよくなれる強さで扱くの。イきそうになっても途中でやめちゃダメだからねえ。一気にいっちゃお」
 ぎゅう、くに、くにゅ、くにくに。
「んふ、んあっ、やめ、はあ、ん、やめさせ、あっ」
 右手に襲われる。俺を知り尽くした右手に、俺の陰茎が襲われる。ああ、ああ。この感じ。ああ。
「んう、わあ、最低さんだあ、変態さんだあ。自分で敵のおっぱい味わっておちんちん扱いちゃってる。そんなにおっぱい好きなの? そんなに負けたいの?」
 誰が、こんなこと、やらせて、あ、ああ、ああっ。
「わたしはいいんだけどねえ。ほら、ずっとおっぱいでこうやってむにゅむにゅしててあげるから、好きに使っていいよお」
「んっ、んふっ、んんっ、あっ」
 あらあら、無様ねえ。へんたーい。脇から野次が飛んでくる。泣きたいほど悔しいのに、何もできない。何も言い返せない。扱くことしかできない。望むままおっぱいに埋まることしかできない。
 こんな、くそみたいな敵なのに。こんな奴なのに。おっぱいだけは素晴らしくて、たまらなくて、くそ、くそ、くそ。
 ああ、イく。イきたい。違う。このおっぱいで。ああ。
「あーあ。わたし、おっぱいでぱふぱふしてあげてるだけなのになあ」
 手が止まらない。快感が止まらない。増幅が止まらない。おっぱいでイっちゃう。また。おっぱいを感じて、おっぱいで興奮して、おっぱいの中で。
 いやだ、いやだ。止めて。止めて。誰か止めて。嫌だ、ああ、ああ。
 くにくにくにくにくにくに。
 体がびくびくする。もう際まで来ているのに、右手が止まらない。収まらない。快感を長続きさせる様子も無い。容赦なく、一番気持ちの良い加減で、速さで。
「イきそう? イっちゃう? わたしのおっぱいだよ? 敵のおっぱいなんかオカズにして、自分でイっちゃう? またレベル吐いちゃう? くれるの? 最低だね、変態だね。お友達よりなにより、すけべなことが好きなんだね」
「あっ、つあ、やめ、やっ、いっ、イッ、ああ」
 向かっていく。おっぱいの中へ向かっていく。イける場所へ、イくための場所へ意識が飛んでいく。出す。出す出す。
「それじゃあ一気にいっちゃおうね。ほら、ぎゅううううううう」
 同化する。おっぱいになる。
「んっ、ん――――っ!!」
 びゅく、びゅううう、ぴゅっ。
 ほとばしる。また俺が放出されていく。力が抜け落ちていく。なのに扱く。最後の一滴まで。
 ぴゅ、にる。びゅく。
 すべて出る。出し切る。俺という存在が吸われていく。
「んっ、んす、ん、んん」
「あはあ、よくできましたー。もうやめていいよお」
 涙が頬を伝い、大きな乳を濡らす。ああ、泣いている。俺は泣いてしまっている。気持ちよさにむせび泣いている。
 服の中から出される。肩を震わせる。シーツに水滴が落ちる。鼻水をすする。気持ちよさの余韻の中で、俺はただ涙を拭う。
「ん、はあ」
 俺をイかせた淫魔が吐息をはいた。
「わあ、おいしそー。じゃあ今度はわたしの番ね。ドレインは気持ちいいでしょう? 射精じゃないから何回でも大丈夫だよお」
「じゃあそのあとで私も頂こうかしら」
 言霊は、容赦なく放たれる。
 
 
 
 
 灰。
 かすっかすの残りカス。もう感情を荒げることにも疲れた。
 俺に倫理なんてものはない。ただの変態なんだ。こんな状況で、ちんこでかくしてんだから、言い訳のしようもない。クズで、ゴミで、どうしようもない存在。なぜいままで勇者なんて名乗れたのだろうか。
 力を吸い切られてしまったわけじゃない。むしろ失くしたのは3割ほどだろう。力だけなら、能力だけなら、まだまだ勇者を主張できる。旅を続けられるだろう。
「お疲れ様だったわね、よしよし」
 しかし無理だ。俺に何ができる。こんな不浄な生き物が世界を救って何になる。なんの説得力がある。味方一人も助けられずに、頭をおっぱいに挟まれて喘いでいるような男が。
「はあ」
「ふー」
 淫魔達は各々、満足したように腰を下ろしている。俺はといえば、何を出来るでもなく、こうしてリーダー格の淫魔の腕の中でうなだれているだけだ。自殺も止められているとなれば舌を噛み切ることもできない。
 もういい、やめよう。俺には何もできない。他の誰でもなく、俺が、俺に失望してしまった。俺一人が脱落したところで、それが何だっていうんだ。
「じゃあそろそろ、帰してあげましょっか」
 帰してあげる。なんだ、俺は帰れるのか。街に戻ったところでどうしろと言うのだろう。
「えー、もう?」
「もうちょっと遊びたい」
「もう十分よ。どうせこの勇者くん、もう戦えないんだもの。魔王様のところまで来れたら、私たちが相手をすればいいのだから」
「それもそっか」
「はーい」
 気だるげな返事が雑に飛び交う。
 それぞれが立ち上がり、部屋の外から俺の装備を運んできた。なんだ武器まで返してくれるってのか。
「ほら、勇者くん、疲れてるかもしれないけどちゃんと着替えないと」
「命令しちゃった方が早いよ。勇者くん、ちゃんと装備して」
 だるさとは裏腹に体はしゃきしゃきと動いていく。ああ、楽でいいかもしれない。いっそこのまま切腹しろとでも命令してもらえないだろうか。そうすれば、もう自分に絶望することも、他人の迷惑になることもないのに。
「これで、うん、いいわね。おいしい精をありがとう。ごちそうさま」
 自動的に支度を整えた俺に、リーダーが微笑んだ。
「勇者くんばいばーい」
「ごちそうさまでした」
 二匹がそれに続く。勝手に見送りムードになっている。
 帰って、どうするのだろう。あいつのことをどう思えばいい。助けられなかった俺は、性的にイかされてしまった俺はどうすればいい。置いてきた魔法使いと僧侶にはどう説明したらいい。
「ああそうだ。大事なことを忘れていたわ」
 リーダーが俺の耳にそっと口を寄せた。
 
 ――――――――。
 
「それじゃあね、さようなら。ふふ」
 淫魔は俺から離れ、転移の呪文を唱えだした。
 あれ、いま。何を。
 立ちくらみだろうか。いま、ほんの少し時間が飛んだような。何かを言われた? 何かをされた? ただ別れの挨拶をされた、のか?
 小さな違和感を覚える。おかまいなしに、俺の周囲に魔法陣が形成されていく。転移の術式。行先はどこだろうか。どこかの街に飛ばしてくれるほどの気遣いは望めないだろう。ゴミ捨て場なんかに飛ばされてしまえばちょうどいいのかもしれない。
「ばいばい」
「またね」
 双子が手を振る。俺は何の感慨もなくそれを見つめ、そして景色はゆらりと揺れた。
 
 
 −−−−−−−−−−−−−−−−
 
 
 路地裏。大通りを避けた日陰の中。
 俺は壁にもたれて座る。なにをする気も起きない。腹は減るのだろうか。食欲のあるうちは大丈夫だと誰かが言っていた気がする。
 実際に的を射ているのだろう。食欲なんてのは三大欲求のうちでも上位にくるはずのものだ。それが必要ないとすれば、死んでしまってもいいと本気で思えている証拠だ。
「……」
 舗装された地面を眺める。蟻の一匹でもいないだろうか。そうしたら、それを眺めていられるのに。俺なんかより誠実に、惑わされることなく仕事を完遂する頑張り屋さんを、それとなく応援してやることができるのに。
 ああ、このまま、ここで骨になって。
「――――っ!」
 耳に慣れた声を聴いた気がした。その方向に目を向ける。長い髪を振り乱しながら、紺碧のローブに身を包んだ女性が小走りに近付いてくる。胃が鋭く痛んだ。
「はあ、は、なんでこんなところにいるの!? あいつは!?」
「……ずいぶんと早いな」
「当たり前でしょう、ずっとマナの石つかって張ってたんだから……、あの子呼んでくるからここに居てね!? 怪我とかない!?」
 俺が二三言葉を返すと、僧侶は落ち着かない様子でもと来た道を走りだした。魔法使いを呼びに行くのだろう。普段はおとなしいのに、あれだけ慌てているということは、俺とあいつの存在がそれだけ大きいということなんだろう。当然か。
 ああ、気が重い。逃げ出したい。隠れていたつもりはないけれど、これほどまでに早く見つかってしまうとは思わなかった。
 ああ、ああ。
 俺が蔑まれる未来が簡単に浮かぶ。どれほどまでに落胆させるだろう。僧侶にも軽蔑されてしまうだろうか。
 そしてそれ以上に、魔法使いだ。あの跳ねっ返りに、あいつの死を知らせるんだ。今から。俺が。あいつの想い人の死を知らせるんだ。八つ裂きにされても文句は言えないだろう。それこそ、身が八つの肉片になるほどにされたとしても。
 ああ、嫌だな。
 はやく、消えてしまいたい。
 
 
 
「ふう、う、うう」
 俺の胸倉を掴む彼女が、大粒の涙を零す。叩きつけられたとんがり帽子は地面に横たわり、元気なく折れ曲がっている。少し離れた場所から、僧侶は拳を握りしめながら、何かに耐えるような表情でこちらを見つめている。
 ああ、そうだろう。そりゃそうだ。こうなるに決まっている。だから言いたくなかったんだ。
「うぁあああああああああ」
 俺の襟を離し、彼女はずるずると座り込む。俺の顔は彼女の数回に渡る殴打によって酷く腫れ上がっている。口の中に血の味がする。こんなのが現実だ。なぜ逃げてはいけないのだろう。なぜ伝えなければならないのだろう。ケジメというのは、本当に人の気持ちより優先すべきものなのだろうか。
 俺は今もなお、自分がしてしまった事の借金を、感情のツケを払い続けているというのに。
 こんなにも惨めで、こんなにも救いようがなく。いっそあいつと俺の立場が逆だったらいいとさえ思えるのに。
「なんでええ、なんでよう……、うああああ」
 あんたが付いていながら。大丈夫だと言ったのに。無事で連れて帰ってくると言ったのに。何をしていたの。ねえ。なんであいつが死ななきゃならないの。うそつき、うそつき、うそつき。
 ボロボロになった心は、さらに毟り取られていく。傷だらけで怯える表面に、さらに錆びたナイフを突き立てて、切れ味の悪い傷を残していく。錆びがこびり付く。えぐられていく。もう無理なのに。もっと深く。もっと痛く。もっと苦しく。
 なにも感じなくなってしまいたい。俺には何も出来ない。もう捨ててくれ。一切を失くしてくれ。そうしたら、そうすれば。俺がこれ以上彼女たちを悲しませることもないのに。そして、俺がこれ以上、身を切るほどの想いをしなくて済むのに。
「うえっ、うぐう」
 魔法使いは必死にあいつの名前を呼ぶ。人払いはしてある。存分に叫んだらいい。そうして、それを耳にする俺が罪悪感に潰されて廃人になってしまえばいい。それが結末だ。俺と、俺の仲間の。

「あらあら、ずいぶんと騒がしいわねえ」

 いち早く杖を構えたのは僧侶だった。唸るような声を上げてロッドを取りだしたのが魔法使い。そして、その声に当然聞き覚えのある俺が、遅れて反応した。
 淫魔の三人組が、大通りへの道を塞ぐようにして姿を現した。視界に捉える。間違いない、あいつらだ。
 いったい何をしに。まずそう感じた。そして、この場の危険性に思い当たる前に、俺はすでに動き始めていた。
 対象を見据える。剣を手に、足が地面を弾く。残されている力の全てを振り絞って、踏み込み、斬り上げる。
「あっ!」
「きゃっ!」
 じんと痺れるような手応え。対象はどちらも天高く打ち上げられ、地面に落ちて音を立てた。
 からん、ごごん。
 小さく弾みながら転がったのは、杖と、ロッド。
 自らの行為を理解した俺は目を見開き、力いっぱいに叫んだ。
「……っ! 逃げろおおおおおおおおおお!!」
 淫魔が笑う。
「もう遅いわよ、ほら」
「えへへ」
「つっかまーえた」
 突然の仲間からの奇襲。俺による攻撃。唖然。
 未だに状況を理解できていない魔法使いと僧侶は対応に遅れる。ああだめだ。だめだ。
「な、なんで、ひゃあ」
「ちょっ、こ、この」
 淫魔から放たれる束縛魔法が二人を捉える。ああ、嘘だ。嘘だ。こんな。こんなことって。
「よくできたわねえ、勇者くん。でももう、動いちゃだめよ?」
「殺せ!! うわあ、おい、くそ、殺してくれ! 俺を殺せえ!!」
「だめよう、勇者くん。あなたには最後まで見届けてもらうんだから。ほら、そこの二人の魔法も封じておきなさい」
「はーい」
「あいさー」
 淫魔の姿を確認した瞬間に、確かに俺の体は動きだしていた。仲間の武器を弾き飛ばすために全力だった。いくら数多の戦いを共にした仲間とは言え、戦いが始まった瞬間に仲間に襲われるなんて予測できるはずもない。
 そして、そんなことを俺の意思で行うはずもない。これは呪縛だ。淫魔による命令だ。しかし、いまこの場で放たれた言霊ではなかった。
「言霊の時限爆弾は本当に面白いわねえ。別れ際に言った事を今の今まで思い出せなくても、ちゃんと呪いとなって発現するんだから」
 慌てふためく仲間の近くで、俺は身が潰れそうなほどの後悔に震える。ああ、なぜ死ななかった。なぜ俺はこうなる前に自決してしまわなかった。いやそれは呪縛で止められていた。なら逃げればよかった。魔法使いと僧侶から、二人が諦めるまで、寿命の限り逃げ回るしかなかった。
 いや、魔物に殺されてもよかった。ああ、そうか。そうだ。そんな方法があったのに。
 全ては遅い。体を呪縛で縫いとめられて、頭を抱えることもできない。ああ、ああ。死んでしまう。これでは殺されてしまう。二人が。二人まで。俺のせいで。俺なんかのせいで。『次に私たちの姿を見かけたら、あなたはすぐに仲間の武器を弾き飛ばしなさい。そして、この命令は、その時が来るまで忘れていること』
 ぬるりと人の心を舐め上げるような声色が響く。頭の中に響く。いまになって、こんなにも鮮明に思い出せる。後悔が押し寄せる。懺悔する暇もない。なぜ思い至らなかった。なぜ考え付かなかった。
 あいつを殺した奴らが、なぜ俺を生きたまま返したのかを、なぜ考慮しなかった。
「それじゃあ、場所を変えましょうかねえ」
 淫魔が指を鳴らす。
 闇が迫る。闇に包まれる。知っている。これは、あいつが殺されたときと同じ。
「ちょっと、なんなのよ!!」
「どうなってるの?」
 完全な黒。夜の闇すら吸い込まれそうな漆黒。淫魔と俺と二人。まるで舞台の登場人物のように、一人がひとりがスポットライトに照らされる。
「くそ!! くそう!! あああああっ!!」
 これはデジャブ。暗闇の中で、命を守るために、訴え、叫び続けた自分。
 嫌だ。いやだいやだいやだ。こんなことがあってたまるか。ああ、何を間違えた。俺はどこで間違えた。なぜ存在してしまった。なぜ生まれてしまった。
 もう、二人が巻き込まれることを避ける手立てもない。俺なんかどうなったっていい。なんであいつらが。あの二人までこんな目に合わなきゃならない。
「うわああ、うああああああっ!!」
「もう、うるさいわねえ。勇者くん、しばらく声出しちゃだめよ?」
 呪縛。突如音が無くなる。喉を潰した時と違って、かすかすという乾いた音すら聴こえない。息が出る。息を吐くことしかできない。歯がゆさに地団駄を踏みたいのに、それでも体は命令に忠実だった。ただ直立したまま、静かに息をする男がそこにいた。
「それじゃあ始めましょうか。まずは、そっちの魔法使いさんから」
「はーい!」
「あいさー!」
 闇の中を、黒い何かが浮遊する。刃が光る。鉛を飲み込んだような気分だった。
 知っている。俺はそれを知っている。やめろ。やめてくれ。
 魔法使いに狙いをつける。巨大な漆黒の鎌。彼女もその恐ろしさを肌で感じ取ったのだろう。酷く怯えた声はそれでも、強気な言葉で俺に助けを求める。
 俺は顔を歪める。できない。俺には何もできないんだ。ああ、ああ。
 ああ……っ!!
「さあ、ゲームを始めましょうか。ねえ、勇者くん?」
「はじめよー」
「やろーやろー」
 息を吐く。ただひたすらに肺から空気を押し出す。無音。音にはならない。声にはならない。声帯が働くことを拒んでいる。
「ほら、こっちにいらっしゃい」
「おいでー」
「ほら勇者くん、こっちだよー」
 三匹は手招きをしながら、悩ましい仕草で胸当てのようなものを外していく。零れる。揺れる。散々おれをいじめたおっぱいが、艶やかにその身を晒す。
 ゆっくりと足が動きだす。一歩、また一歩と、足元を確かめるように、それでいて着実に、前へ向かって足を運んでいく。
 俺を呼ぶ声が聴こえる。それはもはや悲鳴に近い。
「あんよは上手。そうそう、こっちよ」
「もうちょっと、ふふふ」
「もーすこしだよお」
 あいつも、こんな気持ちだったのだろうか。
 見つけた時、あいつの振る舞いは至って普通だった。あまりにいつも通りだったんだ。そうでなければ俺が違和感に気付けないはずがない。きっと、あいつにも不都合なことは忘れるように呪縛をかけられたに違いない。俺とはまた少し違った条件で。
 行動も言葉もすべて封じられて、友人まで巻き込んで、何も出来ずに、死ぬ。
 ああ、俺はお前を許すよ。死んだお前を、一度だって恨んだことはない。地に鈍く弾んだその頭が、その表情が、すべてを物語っていたのだから。
 悔しくないわけがない。悲しくないわけがない。本当は大声で何かを叫びたかっただろう。俺の呼びかけに応えたかったのだろう。告げたい想いがあったのだろう。謝りたい言葉があったのだろう。
 どれほどに辛かっただろう。どれほどに無念だっただろう。例え俺が二人に恨まれようと、俺はお前を許すんだ。
 そうで、なければ。
「はい、到着ー」
「また会えたね、勇者くん」
「いらっしゃーい、ふふふ」
 涙が流れる。鼻水が垂れる。何もできない。何もできないまま、ここまで来てしまった。
「ほら、裸になりなさい」
 黙々と体が装備を外していく。俺の名前を呼ぶ声、助けを求める声、疑問を投げかける声。二人のその言葉のどれにも、俺は応えてやることができない。
「やっぱり餌がいいとよく釣れるわねえ。これでもうあなたのパーティの全員なんじゃないかしら。ふふふ。ほら、体が浮くわよー?」
「ふわふわー」
「えへへ」
 淫魔の目の前で真っ裸になってしまった俺は、浮遊魔法をかけられる。見えない台の上に、仰向けに寝そべるかのように、程良い高さで止まる。魔力はさほど感じない。得手としている訳でもないようだ。それなのに、これほどに中途半端な魔法にすら、為す術がない。
 首を少し傾けて、仲間の二人に目を向ける。鎌を突き付けられたままの魔法使いは、怒りとも哀願ともとれない形相をしている。俺は口を開く。唇が離れる音と、舌の音だけが空間に消えていく。何も言えない。何も伝えられない。
「どっち向いてるのお? はじめちゃうよー?」
「ほらほら」
 肌色が襲いかかってくる。散々刷り込まれた感触と香りが顔を覆う。
「簡単なゲームよ。あなたはおちんちんを勃たせなければいいの。もし勃起しちゃったら、あの鎌が、……どうなっちゃうのかしらねえ? ふふふ」
「……っ、……っ!!」
 心臓の鼓動が早まる。冷や汗が滲む。
 予想外だった。ただ殺されるだけなのだと思っていた。これ以上、俺に何をさせるというのか。もう欠片ほどしか残っていない心を、さらに色香で弄んで削り取るつもりなのか。
 いやだ。もういやだ。もう負える責任なんかない。何かを乗せられるだけの土台なんて、針の先ほども残っていない。何も支えられない。もうこれ以上、俺が俺を蔑むことに耐えられない。自分自身への殺意に耐えられない。
「ほらほら、ふたりでぱふぱふだよお」
「こねこね、こね」
 ひたりと張り付く肌が、形なく崩れて俺の顔面を撫でていく。
 ああ、やめろ。おっぱいを、それを、やめろ。やめて。
「まあ、大丈夫よねえ? こんな状況で勃起しちゃうなんて、変態さんじゃなければありえないんだから」
 俺は目を閉じ、息を吐く。歯をがちりを合わせ、隙間から肺の空気を押し出す。顔に何か柔らかいものが押し付けられているが、これは柔らかいものだ。柔らかい何かだ。
 しー、ひー。食いしばりながら呼吸を繰り返す。息、息、息。呼吸、呼吸。
「あはっ、すごーい、必死で耐えてるー」
「もっとこねてあげよっか。ほらほら、おっぱいだよー?」
 むにゅ、に、くにゅ。
 おっぱい。ではない。違う。違う。息をするんだ。ただひたすらに。
「乳首にちゅーする?」
「ほらあ、ちゅっ」
「……っ!!」
 唇に突起が触れる。おっぱいの、先端の、乳首。おっぱいの。違う。違う違う。これは違う。そういうのじゃない。そういうのじゃなくて。
 こり、すり。突起が薄い表皮の上を転がり、滑る。いやがおうにもそれが性的なモノであることを意識してしまう。おっぱいだ。これはおっぱいだ。そして、おっぱいであることを否定しなければならないのに、おっぱいを考えないようにするということは、つまりおっぱいを考えることで。
「あら、ちょっと膨らんできたかしら?」
「ほんとー? もっと押しつけちゃうよお?」
「ほらほら、おちんちんおっきくなるかなー」
 むにむにゅ。ぐに。ぎゅうう。
「し、ひい、しー、しー……っ!」
 ああ柔らかい柔らかい柔らかい。息を。息を。呼吸を。それだけに集中して。
「ぱふぱふ」
「すりすり」
 悲愴な声が響く。俺の名前を何度も呼んでいる。ああ、いやだ。やめて。やめてよ。殺したくないのに。ああ、ああ。
 顔を歪めて息をする。それでも呼吸を続ける。勃つな。勃つな。
「すごーい。いっぱい耐えてる。えらいえらい」
「可愛いねえ。わたしたちももっと頑張るからね」
 おっぱいが混ぜ合わさる。顔と混ざり合う。違う。違うんだこれは。違うのに、違うのに。
 酸素を取らなければ人間は死んでしまう。酸素を取らなければ。空気、息、息。
「なかなか耐えるわねえ。素晴らしいわ。それじゃあもう一段階上にいきましょうか」
 淫魔はそこで一拍置いて、もう一度口を開く。
「あなたのお顔に当たっているのはおっぱいよ。柔らかいおっぱい。女の子のおっぱい。街中で、あの子、胸大きいなって思った事はない? カジノでバニーさんの谷間についつい目がいってしまったことはない? すごく気にはなるのに、手が届かないもの。触りたくても触れないえっちな場所。でも大丈夫。いまはあなたのものよ? たっぷり、全部。そのお顔のおっぱいは、あなたの、もの」
 ああ、あああ。
「ほら、興奮する? お顔にぷにゅぷにゅのおっぱい、気持ちいいわねえ? 勃起しちゃいそう? いいのよ? おっぱいで大きくなっちゃってもいいのよ? おちんちん大きくなっちゃってもいいのよ? だって変態さんなんだから。ほら」
 つん、と指が先端に触れる。俺は唇を噛みしめる。痛い。痛くなれ。痛い痛い。
「ほーら、おちんちん、つんつん」
 どれだけ意識を逸らそうと、モノに刺激がやってくる。性に持っていかれる。それは愛撫になり、顔に触れているものはおっぱいになる。性的な行為。淫魔によるえっちな悪戯。
「あはは、大きくなってきたー」
「こんなときでも勃起しちゃうんだねー、我慢できないのー?」
 歪む。歪める。意識をねじる。必死で逸らす。息をする。息をする。
 魔法使いの悲鳴と、僧侶の俺を呼ぶ声が一際大きくなっていく。謝りそうになる。心が謝罪してしまいそうになっている。諦めようとしている。敗北は免れないと、悟りかけている。
 いやだ、いやだ。
「そうそう。いい調子ねえ。いい調子よ。そのまま大きくしちゃっていいのよ? 一番大きくしちゃったら、硬くなっちゃったら、ご褒美をあげる。あのときはしてあげなかったコト、してあげる。きちんと勃起できたら、挟んであげる。挟むの。どこで挟むかわかる? 挟んじゃうの。むにゅって、すりすりーってするの。気持ちいいわよー? おっぱい大好きな勇者くんにはたまらないわねー? ほら、想像してもいいのよ? お顔をぱふぱふされただけでダメになっちゃった勇者くんが、おちんちんをぱふぱふされるの。ぱふ、ぱふって。イっちゃうまでずーっとすりすりしてあげるわ。たくさん出しちゃっていいのよ。ぱいずり、して欲しいでしょう?」
 聴きたくないのに、入ってくる。陰茎の行方に想いを馳せてしまう。ああもう、もう。
「ほーら」
 指先が裏筋をなぞった。俺は泣き叫ぶ。絶望に声を上げる。
 もちろん、何の音もなく。

「はい、出来上がり」

 風切り音と、声。
 およそ人間の声とは思えない、まるで低級悪魔のような一瞬のうめき声。死の声。そして鈍い音。首が落ちた音。魔法使いが、死んだ音。飛び散った血がぱたぱたと床を汚す音。
 あまりにあっけない、死の訪れ。
 体の中がじくじくと痺れる。肌の感覚が消えうせる。肺が縮こまる。まるで自分の体に覆われて、その中に自分がいるような錯覚を起こす。守られたいんだ。その現実から、自分自身を逃がしてやりたかった。
 ああ、死んでしまった。魔法使いが死んでしまった。俺が勃起して、彼女が死んだ。あいつと同じように、簡単に死んだ。こうやって死んだ。殺されたんだ。なんの情緒もなく、なんの気概もなく、葉が風で飛ばされるように死んでいった。
 僧侶の悲鳴。彼女の魂が直接泣き叫んでいるような声。
 そうさせたのは、俺。
「あーあ。大きくなっちゃったねえ、勇者くん」
「しょうがないよね、変態さんだもん。このまま次いこ?」
「そうねえ。……ほら、約束通り」
 ぴくぴくと身を震わせる陰茎が、生温かさに挟み込まれてぴんと張り詰める。ご主人様の帰宅を察知したペットのように、背筋を伸ばし、その先からよだれを垂らし、愛の抱擁を受ける。
「……っ、……っ!!」
 仲間を悼む暇もない。その感触を、体は気持ちいいと訴える。おっぱいに挟まれることを、勃起したモノは喜んでいる。だって柔らかいんだよ。こんなにも温かくて、気持ちいいんだよ。
 容赦のない淫行に、抵抗心がぽきりと折れる。勝てるはずがない。言ったところで聞いてはくれないんだ。どうしたってその胸を好き放題に動かして、俺を気持ち良くして、出させてしまうんだ。
 やめてよ。もう、やめてください。ああ、お願いします。もうそれ以上は心が持ちません。お願いします。どうか、お願いします。
「勇者くんもきっと勘付いてるでしょう? ふふ、その通りよ。あなたが勃起しちゃったからお友達が一人死んじゃったの。次のターゲットは、もう一人の女の子。恰好からして僧侶さんかしら? 彼女も、勇者くん次第で生き延びられるか死ぬかが決まるわ。どうなると死んじゃうのかしらねー。ふふふふ。ぱ、い、ず、り、始めるわね」
 すりっ。
「っ!!?」
 たったの一往復。俺のモノを挟んだおっぱいが、下、上と擦られただけだった。ただそれだけで、細胞にひとつひとつに芽吹いたつぼみが、一度に開花するような快感に襲われる。腰から頭へと突き抜けてくる。咲き誇る。たまらない。
 同時に、自己の尊厳、そして僧侶の命を絶望する。俺がそう遠くない未来に、彼女を殺してしまう。間違いなく、俺の陰茎のせいで、いや、俺のせいで、仲間はひとりもいなくなる。
 ねえ。
 からっからの喉から絞り出したような声。悲しみすら失くした声。それでも、俺が以前から心地よいと感じていた、唯一の声。ただ一人の異性。僧侶。
 ねえ。
 胃を絞られるような痛み。俺に声が戻っていたとしても、きっと何も言ってはあげられない。彼女のためになる言葉なんて、もういまの俺には口に出来ない。
 ねえ。
 彼女の声。『よ、よろしく、お願いします……』『もう、また馬鹿なことして』『あの子ね、あいつのこと好きみたいなんだ。そう、本当に。だからちょっと協力してあげてよ。いいでしょ? あいつ自分のことには鈍感そうだし。……ほんと? ふふふ、ありがと。……ちなみに、キミは、鈍感じゃないよね?』『ちょっとだけ、お散歩しない? ほら、中の二人いい感じだし』『……ねえ、わたしね』
 ねえ。
「ふふふ、ほんと人間の男っておっぱいには勝てないのねえ。情けない」
 咲いていく。淫魔の花が咲き乱れる。乳圧がウイルスとなって、感染したところから幸せな色に染め上げられていく。中心部。陰茎に咲くは大輪。ぱいずりで贅沢に育てられていく。どんどん育っていく。
「ほら、もうたまらないでしょう?」
「息上がってるー」
「おっぱいで閉じ込めちゃおっか」
 幸せに意識が白んでいく。眉を寄せる。歪む顔面を、彼女たちのおっぱいで溶かされていく。
 やめてよ。気持ちいいよ。幸せすぎて。おっぱいが、上も下も、全部、たまんなくて。やだ。いやだ。死なないで。俺なんかのせいで死なないで。
「すりすり」
「ぱふぱふ」
「ぎゅうーっ」
 解放しそうな心を、泣きながら繋ぎとめる。足の指がぴんと伸びる。お腹に力を入れる。やだ、やだ、やだ、気持ちいい。気持ちいい。
 すりゅ、ぐりぐり、ぐにゅ。
 上下に、交互に、混ぜるように。おっぱいでおちんちんを。おっぱいで。ただおっぱいで。逃げられなくて。
 逃げられずにおっぱいでされている自分が、たまらなくて。
「っ! ……っ!!」
 上がってくる。登ってくる。やめて、戻って。いかないで。
「偉いわあ。すごく頑張ってる。でもそろそろ限界かしら? ほら、扉を開けちゃうわよ」
 にゅり。おっぱいに挟まれたまま、先端が舐めあげられる。
 腰が跳ねる。肉に埋まりながら、眉間に皺を寄せる。声が出せなくて良かったと思えるほどの情けない溜息が漏れる。予感に震える。
「あらあら、ぴくぴくしちゃって、……かわい」
 にゅる、にる。
 あっ、ああもうイく。簡単にイく。こんなの、こんなの。

 ――――――嫌い。

 うわ言のようなつぶやきが聴こえた。感情をなにもかも失くしてしまったかのような声だった。
 嫌い、嫌い、嫌い。
 何度もつぶやく。僧侶の声。俺は身を縮める。動かない体を縮める。
「あらあら、嫌われちゃったわねえ。それもそうよねえ。魔物にぱいずりされて出しちゃいそうになってるんだから」
「勇者くん嫌われたー」
「かわいそう」
 舌は止まらない。竿には胸を、先には舌を。みっちりとした密度で、気持ちよくなれる場所を全て包まれ、愛撫される。陰茎が気持ちいい。陰茎自体が、気持よくなれる、ただそれだけの存在になり果てる。
 気持ちいいモノ。それがあるだけで体が気持ちいい。えっちで気持ちいい。
 もう出る。出てしまう。
「嫌い、嫌い」
 僧侶の声は次第に大きくなる。高まってしまう自分の体と比例するように、だんだん大きく。少しずつ、人間としての色を付けながら。
 彼女の声が苦しんでいる。彼女の声が痛んでいる。感情が増していく。
「嫌い! 嫌い!」
「はーい、そろそろ出しちゃいましょうねえ」
「ほら、勇者くん乳首吸ってえ」
「あーずるい」
 意思とは関係なく、口が押し当てられる突起にかぶりつく。おっぱいを吸う。ちゅうちゅうと吸いつく。
 とてつもない屈服感。ただの赤ん坊にされる。勝てない。一生勝てない。俺におっぱいをくれる相手。それは母。本能的に敵わないと悟る。吸う。吸う。ああ、もう、もう。
「嫌いっ!!」
「ほら、トドメよ?」
 にゅぢゅり。
 嬲るような先端への刺激。俺は乳首に夢中になりながら、ついに解放される。
 刹那、消え入るような泣き声を耳に聴く。

 ――――うそ、好き。

「――――――っ!!」
 びゅくっ! びゅうう、ぴゅ、びゅくり、ぴゅ。
 出る。出す。全部出ていく。全ての感情が解き放たれていく。
 ねり、にゅり。
 続く舌の愛撫にどくりどくりと奥から奥から押し出されてくる。それでも愛撫は止まらない。顔をみっちりと包むおっぱいは止まらない。
 ぴゅ。ぴ。
 声の出ない喉で嗚咽する。泣き叫ぶ。気持ちよさに怒り、悲しみ、望みを失って。
 暴れる。動かないからだで暴れる。駄々っ子のように、手に余る不満の全てを表現するように。
「あーあ、イっちゃったわねえ。あれだけ僧侶ちゃんが頑張ってたのに。どう見ても嘘だったのに。自分に嘘をついてまで、あなたを萎えさせようと必死だったのに。だめな人」
「やっぱり変態さんだったね」
「自分のせいで仲間を殺しちゃった感想はどう?」
 息を荒げる。俺にはそれしかできない。脳細胞がぶちぶちと切れていく程の、感情の量。俺が俺でなくなる。彼女の声はもう聴こえない。その断末魔すらも、射精に圧倒され聞くことはできなかった。
「ねー、この勇者くんどうする?」
「わたし飼いたいな。最近おもちゃがないんだあ」
「あら、それもいいわねえ」
 淫魔は笑みを浮かべ、俺を見下ろす。
「でもね、こういうことは最後まで油断しちゃいけないの。勇者と成りえる程の血は、すぐにでも絶やさなきゃね」
 ゆったりと、黒の鎌が眼前に浮かぶ。仰向けになった俺と向き合うように、赤く濡れた刃を見せつけてくる。
「そっかあ、残念」
「他のおもちゃ探そっか」
「ふふふ、そうね。それじゃ――」

 ――――さようなら、変態さん。

 

 
 
 
 
 
 
 

 書いたもの

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 プレイ内容(ネタバレ含む)


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