「ふむ」
 
 昼の協会支部は相変わらずの喧騒だった。
 俺は用事を終えて扉を抜ける。そのすぐ脇で、主人に待たされているらしいヘビーパンサーが地面に伏せたまま大きなあくびをした。筋肉隆々の身体と、胴に見えた傷跡からかなりの死線をくぐってきたことが見受けられる。
 何気なく見つめていると、ヘビーパンサーは「なんだね」とでも言いたげな様子で俺に頭をもたげた。四足系の魔物は目が合うと喧嘩になりやすいけれど、こいつはかなりしっかりとシツケがされているらしい。主人の魔物使いは相当の使い手と見える。
「……マスターは好きか?」
 ご主人様との関係は良好だろうか。と尋ねてみると、ヘビーパンサーは鳴き声も上げずに目を閉じて、また昼寝の体勢にもどった。俺は勝手にそれを肯定と受け取った。
 まあ、これだけ自尊心が強そうなヤツからすれば、ご主人様というよりは戦友といった感覚なのかもしれないけれど。
 
 ――――勇者さんは、勇者さんが思っているほどには私のことを好きじゃないです。
 
 偉大なリリ先生の言葉を思い出しながら、俺は撫で心地のよさそうなヘビーパンサーの額に別れを告げ、大通りへと足を向けた。今日はこれ以上に用事はない。
 
 今朝は謝罪の応酬だった。
 俺はともかくとして、リリまで俺に謝っていた。そもそも俺と賢者たちのあいだで何かしらの事件が起こることはあらかじめ予見していたという。
『一番大事なのはね、おにいちゃんがわたしに面と向かって怒れるってことなの』
 リリはそう語った。そしてそれができて初めて、本当の意味でリハビリが完了したことになるとも言っていた。わがままを言えて、ちゃんと同等にケンカすることができてやっと、それは恋になるのだと。
 
 俺はついにリリに恋をしまったらしい。
 
 らしい、というのは俺なりの些細な抵抗だ。ここまで自覚症状が出ているにも関わらずしらばっくれるというのもカッコ悪い。けれどはっきりと認めてしまうのもそれはそれで恥ずかしい。
 リリは悪魔だ。その見た目は幼い女の子だ。
 そんな子を本気で好きになってしまったのだとすれば、それはなんというか、その、大の大人であれば全員一度は心の中で抵抗したくなるというものだ。
「…………はあ」
 不甲斐ない気持ちを口から吐き出す。
 ふと大通りを眺めると、家族連れと思われる一行が街の中心の方へと向かっていた。そのうちの一人に、まさにリリと同じくらいの背丈の少女を見かける。いきなり謎の罪悪感が激しく襲ってきて、俺は慌ててその少女から視線を逸らした。
 
 難儀だ。
 
 俺はリリをいつのまにか信じ始めていた。知らないうちに心のより所にしてしまっていた。俺には無意識のうちに"居場所"ができてしまっていたのだ。
 つまるところ帰る場所を手に入れてしまった俺が、自然とほかの場所で大手を振れるようになるのも時間の問題で、その結果、俺をナメきっている賢者たちと衝突するようになるのも当然といえば当然の話で、すべてはリリの手のひらの上だったということだ。
 あの日、授業が終わったというのも嘘。大丈夫といったのも嘘。そこからの俺の行動も含めたすべてがリリによる大掛かりなリハビリであり、騙す形になってしまったことを彼女は謝罪していた。
 
 俺はどうやら完治してしまった。
 リリに恋をしてしまった。
 
 ………………これでロリコンと呼ばれるのは納得いかないのだが?
 
 悩む部分が若干ズレていることも理解しながら、俺は小石を蹴飛ばして宿へと向かう。
 
 
 
   *   *   *
 
 
 
 かちゃり、こつ。
 
「…………」
「…………どうした?」
「ううん」
 人の首に巻きついておいて「ううん」もないだろうが、俺も俺で間違っても引き剥がそうだなんて思わないのだからお互い様だ。
 ベッドに背中を預けて日課にいそしむ。装備の手入れは大事。
 まあ、手入れをしたところで出番はしばらくないのかもしれない。協会に問い合わせても賢者たちの動向はおろか、伝言のひとつもなかった。二人だけでこのあたりの魔物を相手にするのはおそらく無理だろうし、それはあいつらも理解しているだろう。昨日ボストロルにあれだけ怖い目に合わされたばかりだ。
 
 すちゃ。
 
 リリの息遣いを肩の裏側あたりに感じる。俺は手を動かす。こんなのを見ていて何が楽しいのかはわからないけれど、リリが読書に戻る様子はない。見ていてほしい気もするし、ある意味で見られたくない気もする。集中力はちゃっかりと削られている。
「…………」
 賢者たちが街にいないとすれば、街の転移陣を使って別のところへ行ったのだろうか。もしかしたら協会の知り合いに話をつけに行ったのかもしれない。もともと協会の人間に言われて受け入れた二人だ。上層部にツテがあるのであれば、昨日の出来事を脚色して伝えようとするかもしれない。そうなったら俺は悪者だ。
 とはいえ、もしそうなれば俺も元老院にひとつ貸しがある。
 あれは不手際で脱走してしまった実験中の魔物を秘密裏に処分してくれという依頼だった。まだ俺が一人で活動していた頃だから、ほかのパーティよりも口止めがしやすいと協会は考えたのだろう。その結末は思い出したくもないほど凄惨なものだったけれど、仕事は仕事だった。
 協会は俺の話を信用せざるを得ない。
「んー…………」
 いっそのことそうなってしまえばいい。
 表だって争いになってしまえば、もうあの二人が俺に任されることはない。そうなれば俺はリリと二人きりだ。
 二人きりだ。
 ぐへへ。
「むー…………」
「どうした、大先生」
 ぐずるような唸り声に振り向くと、リリが不満そうにまぶたを沈めている。
「もう先生じゃないもん」
「先生だろう? リリ先生」
「ちーがーう!」
「違うのか」
「ちがうよ!」
 そうかー、ちがうのかー。と俺はリリの甘えるような声を愉しみながら手を動かす。リリの腕がきゅっと締まって、角がごりっと当たった、たぶんわざとだ。
 
 もし本当に賢者たちの世話がいらなくなったら、どうしようか。
 
 俺は手を止める振りをして、未来に想いを馳せる。
 特にやりたかったことがあるわけでもないし、やらなければならないこともなくなる。
 しいて言うならじいさんの遺言だけは完遂しておきたい。別に使命を与えられたわけではないけれど、俺の成長に期待していてくれたただ一人のひとだ。
 いつかは身体強化も転移魔法も誰にもたどり着けないレベルまで上達するだろうと、あの人は言っていた。だから、そう言ってくれたその言葉だけは嘘にしたくない。
 もう朝練で幾度となく試してはいるものの、転移魔法の詠唱破棄だけはどうしてもできる気がしない。詠唱破棄はひとつの魔法における習得の到達点だ。言霊もなしに瞬間的な移動ができるとなればもう怖いものはない。
 
 しかしなあ。
 
 俺は止めていた手をまた動かし始める。
 練習回数はもう数え切れない。習熟度も十分だと思う。けれどできない。そもそも歴史的に転移魔法の詠唱破棄まで至った使い手がおそらく存在しない。誰にアドバイスをもらうこともできないわけだ。
 頭の中で術式を組み替えたり、できる限り小さな声で発音したり、単語を少しずつ抜いてみたり。いろいろと試しては見るものの一向に進展が見られない。
 じいさんも面倒な難題を残してくれたものだ。
 
「んがうー」
「噛むな噛むな」
 
 肩に小さな歯形が残りそうな痛みに、俺は苦笑して振り向く。
「どうしたリリ」
「……先生じゃないもん」
「わかったわかった。何が不満だ」
「わたしはね、いまヤキモチをやいています」
 じとっとした目が俺を見る。いわれのない批難の表情に俺は戸惑う。特段別の女性と会っていたわけではない。協会の受付は確かに女性だったけれど、お孫さんでもいそうな年齢に見えた。
「……だれに」と俺は一度逸らした目をリリへ向ける。
「"ソレ"に」
「ソレ? ……コレ?」
「それ!」
 俺が手入れ中の備品を持ち上げると、リリが声を張り上げた。
「無機物だが」
「ダメなの!?」
「いや、いや? ダメじゃないけど、いや」
 リリは俺が道を歩いていたら道に嫉妬するつもりだろうか。
「……もうおにいちゃんの先生じゃないもん」とリリが拗ねた声を出す。
「先生じゃなかったらなんだ?」
「……んー、なんだと、おもう?」
 肩越しのリリの瞳は明らかに俺が正解を口にすることを求めていて、なんなら俺はその答えを最初から知っているけれど、面と向かってそれを言うかと言われるとなかなかに際どい話であって。
 しかるに。
「……まあリリが俺をおにいちゃんと呼ぶ以上は、やっぱりリリは俺のいもっ……ッ」
「ンーーーーッ!!」
 正解から逃げようとした俺がリリに襲われるのも。
「ん、ち、ちょ、リ、んふ」
「んっ! んっ!」
 仕方がないといえば仕方がない話で。
 仕方がないまま、俺は、なし崩しに、幸せになれる、という、わけではあるけれ、ど、リリのくちは、やっぱり、柔らかすぎて、俺の装備品にヤキモチを妬くリリも、不満を鳴き声で表現するリリも、あまりにも愛おし過ぎて、もとから、手入れなんて、集中できるはずもなくて。
 旅の支度を進める勇者と、小さな少女の姿をした悪魔は、その余所行きの皮を一枚剥いでしまえば、もうオトコとオンナで。そんなことわかりきっていて。
 ようやく腕を緩めてくれたリリが、まだ不満そうに目を細めた。
「……いもうとと、ちゅーするんだ」
「…………」
「おにいちゃんはそういう人なんだ」
「……、……」
「いもうとと裸で抱き合って、おちんちんをおててで」
「わかった! わかった!! リリ、俺が悪かった!!」
「んふふっ」
 ころっと笑顔を見せたリリが、ベッドの上を這うようにもそもそと移動していく。
 その後ろ姿を目で追うと、リリは枕にぼふっと身体を沈める。そして顔だけでこちらに振り返ると、黒いローブの裾をすすすと持ち上げ始めた。
「……り、リリ?」
「"おひるね"、しよ? おにいちゃん」
「お昼寝?」
「そう、ほらあ」
 折り曲げられた片足。その膝から、太ももの裏、さらにそこからお尻へと向かう眩しい曲線が順に露になっていく。そんなイカガワシイお昼寝があってたまるかと、頭で思った俺は、しかし次第に面積を増やしていく肌色をしっかりと目で追っていて、その先についにチラりと見えてしまった別の色に思わず視線を外す。
 けれど、リリは。
 いわずもがな、両想いの女の子で。少なくとも俺はそう思ってしまっていて。
 それを見る特権も、ソコに触れる権利も何もかも持ち合わせているはずで、くだらない理屈に許された欲望が俺の首を勝手に動かして、もう一度、やはり、見てしまう。
「……えへへぇ」
「……っ」
 透き通るような肌。脚。お尻の美しすぎる曲線を薄く白い生地が覆い、その脚と脚の間、むっちりとした肉付きに挟まれたソコ。暗い影と、境界線と、脚を折り曲げたことによって出来上がる下着の皺が絶品に過ぎる、オンナノコの、ソコ。言葉を失う。
 しゅり、とリリの膝がシーツを撫でる。皺がまた淫猥に形を変える。秘部を覆い隠す脚と脚の谷間。面積の細くなる布。いつのまにか息が上がっている自分に、俺はまた目を逸らして。
 逸らして。逸らし続けて。
 でもやっぱり。
「はやくぅ」
 ふりん。ふりん。
 まるで猫が伸びをするかのように、お尻を突き出したリリが腰を揺らす。
 ひだり、みぎ。ふりん、ふりん。
「りっ、……いや、はぁ、リリ?」
「ねーぇー」
「いや、……いや」
 腰までたくし上げられた漆黒のローブはまるで短いスカートのように揺れ、その下ではわずかに弧を描く白い三角形が、みぎへ、ひだりへと揺れる。 揺れて、俺を誘う。
「はぁ、ふぅ、ふ、あの、だな、リリ」
「おにいちゃん、はやく……」
 シーツを掴む腕が止められない。重心を前に戻して、立ち上がろうとする下半身を止められない。もう片方の手も、また、シーツに触れて。リリの方へと向こうとする体を止められない。俺が俺を止められない。
 はあ。ああ。
「ほらぁ、ねぇ、おひるねしよぉ?」
 ふりん。ふるん。
 視界にリリのお尻が揺れる。リリの真っ白なぱんつが揺れる。
 差し込む日の光につるりと反射する丸い肌。影を帯びた下着と、揺れるたびに形を変える布の皺。腰から広がった白色が、狭くなって、狭くなって、一点に集まるその部分が。
 揺れる。揺れる。
 ああ。
 
 気付けばソレは目の前。
 手足は上手に俺をそこへと運び。
 俺は。
 
 顔の力を抜いた。
 
 
 
   *   *   *
 
 
 
「やん」
 
 鼻先がしっとりした布地に沈む。
 唇の近くに、股布の縫い目のわずかな盛り上がりを感じた。
 目に映る繊維ひとつひとつの編み目すら独り占めしたくて、まぶたもおでこも、リリのお尻の温もりに寄りかかる。ふりん、とリリがまた腰を振って、俺の顔の上をすべすべの生地が擦れていく。視界が摩擦にほんのり温められて、俺は浅い息を吐かされる。
 逃がしたくなくてしがみつく。鼻をぎゅうと沈める。リリが笑って、腰を小さくくねらせた。生々しい香りが肺に充満して、けれどまだ吸いたくて、鼻を鳴らす。何度も鳴らす。俺の呼吸器官を巡るリリの下半身が、情けない音を伴って口から出て行く。吐き出してしまうのがもったいないのに息が続かなくて、抜けていくリリの淫らな香りをまた鼻から摂取する。こすり付ける。ぐりぐりと埋まって、もっと深い場所の匂いを嗅ぎたくなる。嗅ぐほどに苦しくなって、やっぱり口から出てしまう。声が上擦っていく。
 もう、おにいちゃあん。
 からかうような、けれど嬉しそうな声が、自分のうるさ過ぎる息遣いの隙間から聞こえてくる。彼女が腰をまた揺らそうとして、置いていかれたくなくて、引き剥がされたくなくて、必死でしがみつく。
 あ。あは、あん。
 リリの声が甘く響く。匂いが一際強くなったように感じた。
 目から火を吹きそうな興奮に、俺は意識を朦朧とさせながら、下から上へと顔をこすり付ける。彼女の下着についた彼女の成分を自らに染みこませるかのように、何度も何度も鼻先で擦り上げる。顔全体を埋める。
 どうにもならない。リリのお尻がもう、手の中にあるのに。
 俺にはどうにもできない。どうしても、どうすれば。
 両手をローブの中に滑らせる。その柔らかい腰の側面に手のひらを滑らせる。指先が下着のひも状の部分に乗り上げて、そのまま乗り越えていく。滑らか過ぎる肌と布地の違いを確かめる。これもリリのぱんつ。
 そのまま背中側に滑らせる。下着の縁をなぞるように。これもリリのぱんつ。
 一度離して太ももから摩り上げる。脚が臀部に変わる、そのラインを弧を描くように守っている。指でなぞる。これもリリのぱんつ。
「やあん、もー……」
 呆れるような声すら身を焦がす。
 もっと呆れられたい。
 呆れられるほどの俺を見られてしまいたい。知られてしまいたい。
 唇でキスをするように、薄い布を挟もうとする。うまく挟めなくて鳴く。大の大人が産声を上げる。ようやく挟める。そのまま唇の隙間から荒い息を吐く。口に挟んだわずかな布地が息に蒸されて熱くなる。けれどそれまで。どうすることもできない。いっそこのまま噛み千切って、体に取り込んでしまいたくなるような衝動。
 なんのためにした行動でもない。母親に与えられた乳房に吸い付くようなものだった。なにかにすがるように口を動かしただけだった。
「おにいちゃん、ぱんつ食べちゃだめだよう」
 怒られて、しかられて、情けなくそれを口から離す。代わりを求めるようにまた顔を潜らせる。いっそリリのぱんつに沈んでしまえたら。この薄い生地が海のように深く俺を包んでくれたら。ああ。
「んふっ。す。んす。ふ。んんっ」
「えへへ、息すごいねえ」
 もっと欲しい。もらい方がわからない。
 どうしようもない。どうすればもっとリリのココを自分のモノにできるのかわからない。これ以上はどうしようもない、どうにもできない。
 深く。もっと深い場所に。もっと。
「……あ、ぁ。そこは」
 股布の縫い目を越えて、さらに下へ。
 一番、イケナイ場所へ。
 鼻を。
「おにいちゃ、あ、だめ……」
 埋めた。
 
 一吸い。熱のようなものがまぶたの裏側へ広がった。
 二吸い目で、ようやく一度目の香りを脳が認識できたようだった。
 三吸い目には、何もわからなくなった。
 
 ただ熱かった。顔が熱かった。
 体が暴れだした。リリの腰にしがみついて叫んだ。
 ただ擦り付ける。顔が摩擦で溶けるまで。
 
 おかしかった。
 おかしいことはわかったなにがおかしいかはわからなかったおかしい。
 おかしくなった。
 
 求。
 
 欲。
 
 ほしくなった。
 何を誰を。ただ目の前の存在を。
 体が猛って、陰茎が溶解しそうになって。
 
 眩んで。
 
 リリが俺の頬を叩いている、のを。
 だんだんと認識できた。
 
「落ち着いて、大丈夫だよ」
 
 大丈夫、大丈夫、おにいちゃん。
 ようやく視力が戻ってくる。リリが俺を抱きしめていることがわかる。
 その顔が俺を心配していることがわかった。
 俺はただただ、しんとした驚きに言葉を失っていた。
 
 足りた。
 
 何かが足りた。充足した。欲しかったのに、手に入れ方がわからなかったナニカが、体を充満していた。それは途方もない幸せだった。彼女の腰に恋焦がれ、いつまでも埋まらなかった部分がみっちりと満たされていた。
 リリが俺に声をかけていた。心配する言葉のように聞こえたけれど、あまり理解する気にならなかった。
 弛緩していく四肢。ぼーっとリリの愛らしい顔と、シーツなんかを眺めたりする。いまだ俺の心境にそぐわないほど、ズボンの中のソレが酷い硬さを保っていた。心がこれだけ落ち着いているのに、不思議で仕方なかった。
 
 ふと、思ったことを口にしたくなった。
 喉から手が出るほど希求している、というわけではなかったし、リリの様子を見ても今のが安全な行いでないことは十分理解できていたけれど。
 なんとなくだった。
 ほんとうになんとなく、俺は、それを口にした。
 
 リリが、いままでに見たこともないほどに不可解そうな顔を見せた。
 それすら、可愛かった。
 
 
 
   *   *   *
 
 
 
「んー……」とリリのグズるような声が上から聞こえた。
「……ほんとは、良くないんだからね? おにいちゃん。サキュバスの、その、ここの匂いを嗅いじゃうのは」
「うん」
 
 俺の返事は俺が思った以上に実直で、リリは心底呆れた顔で俺を見下ろしていた。
 視界は絶景。リリのたくし上げたローブの中を真っ直ぐ見上げながら、俺はベッドに仰向けになっている。
 先ほどのアレは、サキュバスの秘部の香りを強く吸引してしまったことが原因だったらしい。どんな錯乱魔法でも経験したことがなかった。なにせ記憶が飛んだ。
 それでもそれをまたシて欲しいと願う俺を、リリは困惑した瞳で見つめていた。どうやらリリでも俺の感情を読み取れないこともあるらしい。いまさらだけれど、彼女の読心術は魔法などの類ではなかったようだ。
 
「そ、それじゃ、……いい?」
「うん」
「……はぁ。もう」
 
 俺の頭をひざで跨いだリリが、「わたしも、もしかしたらガマンできなくなっちゃうかもしれないからね」と補足した。正直必要なかった。我慢なんて。
 どうされたところで動くこともできない。裸になった俺が動かせるのは天井を向いた陰茎くらいのもので、それがリリのローブの中を見ているせいでそうなっていることを、そろそろ情けないとすら思わなくなった。
 安全のために四肢をリリの魔法に縫いとめられた俺は、ただ期待に股間を膨らませる。気持ちの赴くままに、眼前に迫る下着のわずかな膨らみや皺を目で追っていた。
 
 音もなく、それは降りてくる。
 
 先にふぁさりと落ちてきたのはローブの裾。包まれる。途端に暗くなる視界に胸が詰まった。俺はほんの少しの人肌の気配や湿気を鼻先で感じ取ろうとしながら、そのときを待つ。いまか、いまかと股間の先を震わせる。
 今から俺の顔を覆うのは、リリの下着越しのソコ。幼いリリのソコ。一秒一秒に肺がうるさくなる。
 ああ。リリ。はやく。
 
 す。
 
 と鼻先をかすめた感触に。
 俺はとっさに、息を止めた。
 鼻先がゆるりと圧されていく。すべるように優しく、唇へ。肌へ広がっていく。顔を覆っていく。リリの温もり。リリのローブに隠された、下着に覆われた、大事な場所。
 ぎゅ。う。
 身体が跳ねられなかった。リリの拘束魔法を引きちぎってしまいそうだった。
 必死で息を止める。鳴らしてしまいたくなる鼻を、その奥でグっと止める。一吸いでもしてしまえば、また記憶がトんでしまうかもしれないから。少しでも長く理性の上でそれを感じていたいから。 もはやまともな理性など残ってはいないけれど。
 じゅ、む。
 優しく撫でるような前後運動。ときおり頬に擦れるリリの太もも。顔面を撫でていくリリの真っ白なぱんつと、そのしっとりとした内側。このおでこのわずかな感触は、おそらく下着に付いていた、リリの瞳によく似合う青いリボン。
 思わず息を吐きそうになる。吐いたら吸ってしまう。
 もう、吸ってしまいたい。けれど、まだ堪能していたい。
「んふ、んっ」
 まるで俺の鼻先で自慰を行うように、布の向こう側のぷにりとした部分が往復する。
 肺がぱんぱんになって。リリへの気持ちで膨らんで。この行為自体に膨らんで。もう破裂してしまいそう。
 手首が、暴れられない。
 脚が、暴れられない。
 まふりと、顔面全体が覆われる。あふ、と息が漏れて、寸前で、吸うのを堪えた。
 おそらくリリが体勢を変えた。前傾姿勢。きっと四つん這いのような格好で、俺の顔を覆う面積を増やしてくれる。覆ってくれる。
 しょり。しゅりん。
 そのまま押し付けられて、擦られる。
 
 ここが限界だった。
 
 口から、鼻から。溢れた気持ちが。堪え切れなかった欲望があふれ出して、彼女のぱんつを温めた。リリが小さく声を上げて身じろぎをした。その小さなひねりに顔を混ぜられて、俺は、たぶん、ななめになった。顔がななめになって、わからなくなる。
 変形した顔が戻らないかもしれない。それでもよかった。
 リリのぱんつで人相を変えられたなら、その顔で生きていきたかった。
 
 んす。
 
 吸ってしまった。
 脳が変色したように感じた、二度目を、吸った三、度目四度目。
 止まらない五度目。目の奥が少し痛んだ六度目。
 リリの香りだった。喉に抜ける後味だけを少しだけ感じられた。
 今回は理解できた。でも何もわからなかった。
 何度目。何度目。
 ああ。
 リリ。リリ。
 おかしくなる。欲しい。サキュバスのリリ。全部あげるよ。ぜんぶもらって。俺を食べて。リリをもらって。食べあって。一つになって。
 ああ。
 
 欲しい、えっちが、ぜんぶ入ってくる。
 えっちが足りる。
 リリのえっちに、満たされて、おかしくなる。
 
 ぱんつのえっちがいっぱい。
 匂いのえっちがいっぱい。
 はああ。
 全部ある。足らないものがない。
 リリがある。口の中からおなかにはいってくる。リリが入ってくる。
 
 目が蒸発しそう。
 顔が爛れそう。
 欲しいりりが、ほしいえっちが、ああ。
 ああ出ちゃう。
 そんなえっちはむり。うれしいのに、むり。
 
 えっちがでちゃう。
 
 ああああああああ、おかしい。おかしいよう。
 ぜんぶ。からだぜんぶおかしい。
 りりのぱんつのえっちでおかしい。
 リリのあそこのにおいがえっちでもうおかしくて。
 あたま。なに。
 
 もうでるよ。
 
 でるよでるよでるよ。
 くるしいよ。そんなこすられたら。うれしいよ。
 そんな、ぜんぶ。かおにされたら。くるしくて。
 そんな。
 あ。
 
 あっ。
 
 あ。
 
 
 あ、あ、あ、あ。
 
 あー………。
 
 
 
 ――――――――――っ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……ヘンタイ」
「…………すいませんでした」
「おにいちゃんの、ヘンタイ」
「あの、ええ、はい」
 
 リリの顔と天井が見えた。
 どうやら膝枕をされているようだった。後頭部のあたりがずんと重く感じられた。
 陰茎はまだ少し硬さを残しているようだけれど、その周りは綺麗になっていた。まともな記憶はないけれど、どう考えても射精してしまったことは間違いないのでおそらくリリによってお掃除された後なのだろうと思う。
 
「……ほんとに、ヘンタイ、なんだから」
「…………、すいません、でした」
 
 リリは呆れと嬉しさと、気恥ずかしさのようなものが混ざり合った顔で俺を見下ろしている。尖り気味の唇が相変わらず愛おしい。
 文句のような口調のまま、リリは俺の頬を撫でてくれる。
 事後の身体はそれだけで気持ちが良くて、ぴりぴりと痺れが走って、俺は目を閉じる。
 
 淫らな行為には長けていそうなリリが、これくらいの行為を恥じることはなさそうだ。
 とすると、おそらく、俺が恥ずかしいのだろう。
 リリの想う、俺が恥ずかしいのだろう。
 俺だってリリが公衆に向けて真っ裸になって踊りだしたら恥ずかしいと感じるだろうから、たぶん、そういうことなのだろう。
 リリが恥ずかしいのではなく、俺が恥ずかしいおにいちゃんなのだ。
 
「……んふ」
 
 ふき出すような笑い声に目を開けると、やっぱりリリは恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに口元を波打たせている。
「ぶふ」
「んふ、ふふふふ」
 お互いにはにかむのを堪えきれなくなって、笑って、笑う。
「ふはっ、あははははは」
「くふ、ふふふ。きゅふ」
 きっと俺の顔もリリの頬に負けず劣らず真っ赤になっているのだろう。
 
 鏡を見るまでも、ない。
 
 
 
 
 

 書いたもの

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 プレイ内容(ネタバレ含む)


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