「ええ、お父様よ」
「……なるほど」
 
 嫌味なほど煌びやかな豪邸。
 周りを見渡しても赤と金銀以外の色を探すほうが難しい。壁際で俺たちを囲んでいるフル装備の戦士たちは銀色の甲冑に身を包んでいる。
 これだけの使用人と護衛の数と、無駄に金の掛かりそうな武装を見るだけでも赤髪の家がかなり発言力を持っていることがわかる。
 
 なるほど、なるほど。
 
「それで?」と赤髪がふんぞり返る。
「…………それで?」
「それで、謝る気になったってことでいいのでしょう? ここまで来たということは」
 
 勘違いでなければ、どうやら俺が謝罪をしなければならないらしい。
 戦場で失禁したやつがよくもまあここまで自尊心を保てるものだ。しばらく時間をおいたおかげで精神状態も回復したのだろう。
 
 彼女の言葉遣いに違和感を覚えるのはここが彼女の実家だからだろうか。親族の前ではしっかりとオジョウサマしているところを見ると、彼女のはるか後方に座っているおっさんの眉間の皺の量もなんとなく理解できる。可愛い可愛い一人娘を危険にさらしたとなれば、歓迎されるはずもない。
 まだ「殺せ」という号令を出されいないだけマシか。
 赤髪の父親であることが信じられないほどの偉丈夫。なんとなく赤髪や銀髪の実家が金持ちであることは察していたけれど、もっとぶくぶくに太った両親を想像していた。これだけ威厳があってしっかりしていそうな親からこんな娘が育つものだろうか。
 
 両親がしっかりしていても、子供が同じようになるとは限らないということか。
 そもそもあの父親が本当にしっかりした人物なのかもわからない。話しかけようと近づいたら剣を抜かれるかもしれない。
 
「あなたが、私たちの、護衛をしくじったせいで、危ない目にあったのだと言っているのだけれど?」
「護衛?」
「護衛でしょう? 前線で盾になるのがずっとあなたの役目だったでしょう」
「そうですね」
 
 全ての反論を飲み込んで頷く。諦めの返答に赤髪がぴくりと眉を動かした。
 そんな表情の変化すら見ていられず、俺はテーブルに視線を落とした。誰だこのモンスターにドレスなんか着せた奴は。この調子じゃ普段からリビングデッドにでもワンピースなんか着せて「お綺麗ですよ」なんて世辞をのたまっているに違いない。
 後ろのおっさんに聞いてやろうか。一体あなたは何と交配したんですかって。
 
「認めるのね? だったら謝罪にきたのでしょう? ほら、どうぞ」
「申し訳ありませんでした」
 
 間髪いれない謝罪に、赤髪が鼻の頭に皺を寄せた。
 なんだ、謝って欲しいんじゃなかったのか。
 
「あ、あんたね。自分が何をしたのかわかっているの?」
「ええ」
「言ってみなさいよ」
「自分がボストロルの牽制に失敗したため、姫様の身を危険にさらしてしまいました」
「姫? 私は賢者よ!!」
「もちろんです」
 
 もちろんだとも。
 だって賢いもんな。すごく。
 
 謝らせる算段も、こちらに過失を認めさせるような準備もしてきたのだろう。どうせ事実が捻じ曲げられて伝わってるに決まっている。反論させてから無理やり潰す気が満々なら最初から反論しなければいい。準備お疲れ様だ。
 
 俺は協会持込みの案件になると思っていた。
 
 チーム内でのいざこざは協会に裁定をお願いする事がほとんどだ。感情的になった本人たちだけで事態を収めるのが困難だからだ。
 赤髪もこれだけ太い実家があるのであれば、最初は協会に掛けあったに違いない。にも関わらず俺を実家に呼んだということは、協会にあまりいい顔をされなかったか、取り込みに失敗したのだろう。尻拭いのような依頼ばかり持ってこられて、それらを全てこなしてきた俺の協会への貢献度と評判をナメてもらっちゃ困る。
 協会の裁定では求めるような罰を与えられないと踏んで、私刑に切り替えたのだろう。
 
「あっそう」と赤髪が鼻を吊り上げた。「なら早く土下座してくれないかしら?」
「……はい?」
「土、下、座。立場をわかっているのでしょう? いつもみたいに、ほら」
「土下座、ですか」
「そう。頭を床につけて謝るなら、もう一度チームに戻るのも考えてあげるわ」
「はあ」
 
 これだけの人の前で、それをしろと言うのか。
 チラっと彼女の背中越しに視線を送る。父親はこちらを睨んだまま眉ひとつ動かさない。これだけの彼女の横暴を見て放置とは。なるほど、親も親か。
 あるいは俺のおでこが摩擦で焼ききれるくらいの謝罪が必要なほど、俺が大変な問題を起こした、ということになっているのかもしれない。
 
 ――――――ふむ。
 
 別に構わないなと思う。ギリギリ思える。
 ここで精神力を使い果たしたとしても、宿に戻ればエネルギーを無限に供給してくれる少女がいる。本人は悪魔だと名乗っているけれど彼女は天使である。
 格好だけでも赤髪のおままごとに付き合ってやれば、おそらく話は早い。いままでと変わらぬパワハラの日常に戻るだけだろう。仕事に甘えるなんて俺らしくないとリリも言っていた。甘えていいのはわたしにだけ、とも言っていた。
 ならばしてしまえばいい。それを嘲笑われようと、コケにされようと、帰ってリリのお腹に抱きつけばすべて元どおりだ。
 
 俺は椅子からそっと立ち上がる。
 テーブルの向かい側でふふんと口元を歪める赤髪を見下ろした。
 
「しません」
 
 部屋には匂い消しの香りが漂っていた。絨毯用の毛皮などに使われるもので、金持ちには特に人気のものだった。王宮でも嗅いだことがある香りだ。
 すんと鼻を鳴らして、正面の彼女を見る。およそ何を言われたかを理解できていないのだろう。笑顔で固まったままの赤髪に向けて、また口を開く。
 
「土下座はしません」
 
 耳と脳の繋がりが心配になるほどの遅さで、醜い笑顔がゆっくりと変形していく。目だけはいまだ俺が土下座をする事を疑ってもいないかのようだ。床と俺を交互に見ている。ここまで顔のパーツを分離して動かせる人間は初めて見たかもしれない。顔で楽器を演奏させたら世界一を取れそうだ。
 
「……………………は?」
 
 俺がいつまでたっても膝を折らないのを見てようやく理解したらしい。
 二度言って、目で見て理解するとは。彼女の耳は手遅れだろう。現代の医術魔法でも歯が立たないに違いない。
 変形した先に出来上がったのは見事なチンピラ顔。そのドレスのままでも安い居酒屋に放り込んだら違和感なく溶け込めるのではないだろうか。
 
「謝罪はしました」と俺は続ける。「土下座はしません」
「あっ、あ、あ、あの、あんた、あんたさ。あんたさ。ねえ、ええ?」
「なんでしょうか」
 
 俺たちのやり取りに銀色の甲冑たちがざわめきだす。彼女の筋書き通りでないことは明らかだ。
 奥のおっさんはアゴを浮かせ、座った目をこちらに向けている。こわい。
 
「ね、ねえ、えーっと」と赤髪が自らの額をトントンと突いた。「立場、立場ね。わかってるよね? ここに何をしに来たのか。どうしたらいいのか。わかるよね?」
「話し合いに応じました」
「謝、罪。あんたはあたしに謝るつもりで来たんじゃないの?」
「どちらか一方が悪いという話ではないと思います。お互いの……」
「謝りに、きたんじゃ、ないのかって、聞いてるんだけど?」
「危険な目に合わせた事は謝ります。ごめんなさい」
「で? で? 土下座は?」
「しません」
 
 ざわめきが大きくなる。赤髪の顔のパーツもいよいよ顔から旅立ちそうになっている。
 元からの関係性と、おまけに自分が精神的に圧倒的優位な状況で、俺が言いなりにならないことなんて予想もしていなかったに違いない。
 
 甘えない、というのもちろんだ。
 けれど、必要以上にへりくだる必要もない。
 ここで滅茶苦茶になったって、俺には居場所がある。待っててくれる子がいる。だから大丈夫。今の俺にはそう思えるだけの気持ちがある。
 言うべきことは、言う。
 
「チームに戻るのであれば、そこに必要以上の上下関係はいりません」
「ちょっと、黙って?」
「黙りません。僕は協会から『よろしく頼む』とだけ言われてあなたたちと組みました。あなたの修行を手伝ってあげて欲しいという意味で自分は受け取りました。だとしたら自分はリーダーとしての役割を押し付けられたと考えていました。そのリーダーに対して、あなたたちの行ったことや態度に関してはいまさら問いません」
 
 声を荒げず、静かに、一言一言をかみ締める、
 
「けれど、修行でも何でも、まずはチームです。命を預けあう対等な関係です。今回のことはこちらが注意散漫だったこともありますが、あなたの不用意な行動がなければ危険な目に合うこともありませんでした。いまさら内容については触れませんが、今回のことはどちらかが一方的に悪いという話ではありません」
 
 あの日できなかったこと。
 小さな頃、俺を虐げる親戚に、俺は言い返す勇気も力も無かった。いまの俺にはそれがある。対等に話すだけの力がある。身を守るだけの術がある。生きていくだけの、お金を稼ぐだけの技量もツテもある。俺を愛してくれる、小さな悪魔がいる。
 なんなら、じいさんとの遊びで培った力があれば、あの親戚に太刀打ちすることもできたのかもしれない。あの家をすぐに飛び出してでも住む場所を見つけて、仕事を見つけて、じいさんに稽古をつけてもらいながら生きて行く道だってあったのかもしれない。
 あの頃にできなかったこと。虐げられるだけの環境に甘んじてしまったこと。
 俺は、俺の発言は。
 それがどれだけ社会と食い違っていようとも、否定されようと、馬鹿にされようとも。ひとり、ひとつとして対等にある、俺だけの意思だ。
 俺の想いだ。
 
「これからも一方的な態度を取られるようであれば、チームは解消してもらって構いません。もともと一人で活動していたのでこちらはどうにでもなります。けれどもし、まだ修行に庇護が必要だというのなら、それでも構いません。自分はあなたたちをしっかりと守ります。対等な立場としてチームに戻ります。どうされますか?」
 
 空間を揺らすような轟音に、銀甲冑たちが波打った。
 見れば彼女の父親が椅子を飛ばして立ち上がっている。どうやらご立腹らしい。魔物よりも怖い。さらに付け加えるならば、大きな音や大声を出せば正しいと思っているタイプかもしれないのでそれは勘違いだとお伝えしたい。
 
 さて、やる気だろうか?
 この程度の護衛でどうにかなると思っているならばあるいは。
 
「ち、ちょっと待って! あっ、あんたこっちきなさい!」
「は? え?」
「いいから!! ちょっとそこあけて!」
 
 焦ったように椅子から立ち上がった赤髪が俺の袖を引いた。
 銀色の甲冑たちが道をあける。赤髪は乱暴に扉を開き、俺は脇の部屋に連れ込まれた。そこで話すのかと思いきや、彼女はずんずんと歩みを進め、四つ五つほどの扉を通過したところでやっと止まった。
 無駄にでかい屋敷だ。
 
「……っ、……はあ! もう!!」
 
 後ろ手に扉を閉めた赤髪が荒々しく息を吐いた。
 キッとこちらを見上げる瞳に先ほどまでの力はなく、どちらかといえば困惑しているようにすら見える。
 
 …………自分以上に怒っている人を見て、逆に冷静になったか。
 
「なんであんたは! そう! お父様を怒らせるようなことを言うの!?」
「……、なんでと言われても」
「形だけでもいーの! お父様の前で謝って!」
「チームの問題だろう」
 
 腕が伸びてくる。胸倉を掴まれる前に下がる。
 いつもだったら俺に届いている手が、目の前で空振りした。
 
「……っ! ……っ、……んっ!!」
 
 憎憎しそうな表情で何度も掴みかかってくる。
 申し訳ないけれど、この程度が避けられなかったら魔物に殺されている。
 
「んああああっ!! もうっ!! ……もう、もう。はあ、もう」
「そんな乱暴しなくても話はできるよ」
「なんであんたは、そんな、もう……」
「なに」
「もおおおぉぉ……」
 
 感情のぶつけ先を無くしたか、赤髪は高そうなドレスも気にせずにその場にうずくまった。両手で顔を覆っている姿はまるで小さな子が泣いているようにすら見える。
 まさかな。この威圧型モンスターがそこまで弱いはずがない。
 
「……うぅ、いままでのはあやまるからぁ〜……、お父様にあやまってよ〜……」
 
 え?
 よわい?
 
「……いや、謝らないけど。というか謝ったし」
「ちゃんと土下座させるって言っちゃったの〜っ!」
「知らないよ」
「も〜、お願いいぃ」
 
 なんだこの生き物は。誰だ。何だ。
 知らないぞ、こんなヤツ。
 
 不意に。チームを組んだ当初を思い出した。まだ赤髪も銀髪も酷く口数が少なくて、表情も硬かったほんの少しだけの期間。あれからすぐに増長したせいでほとんど記憶に残っていないけれど、なんとなくその頃の赤髪と重なる部分を感じた。
 
「謝って! お父様にっ!」
「お父さんは関係ないだろ。そもそも父親になんで話したんだ」
「それは、そうだけどぉ……、それはそうだけどっ!」
「そっちがもう許してるんだったらなにが問題だよ。もう何の問題もないだろう」
「それもっ、……そうだけど!」
 
 うずくまっているせいか。いや、それ以上に赤髪の姿が小さく見えた。
 この程度で吹き飛ぶような虚勢だったのに、それがこれだけ長いこと許されていたのはなぜだろうか。
 ずっと心の中で不平を訴えていたけれど、……俺自身の責任もあるかもしれない。
 人を叱るのは苦手だ。
 
「そっちで広げた問題はそっちで片付けてくれ。こんなにオオゴトにして。もう今までどおり修行に戻ればいいだろう。やり方は変えるけどな。お前も一端の賢者なら自分で決めろ」
「で、でも……」
「なに」
「…………って、言っちゃったから」
「なんて?」
 
 もごもごとした言葉に俺が聞き返すと、赤髪はさっと顔を逸らした。
 
「……け、結婚するかもって、言っちゃった、から」
「結婚? なんだ家庭に入るのか。別にそれなら――――」
「いや、だからその。……と」
「うん?」
「あん、たと」
 
 豪華だったあの部屋とはうってかわって、木箱の積まれたこの部屋はどこか埃っぽい。少し火薬の匂いもするだろうか。おそらくは物置にされている場所なのだろう。
 首をかいてみる。ぽりぽり。
 腕も指も動いていると言う事は、別に時間が止まっているというワケではないらしい。思考が止まっていないのがその証拠でもある。ビッグアイズに睨みつけられたわけでもないし、いまだに研究中とされている時空魔法がなんらかの奇跡で発動したというわけでもない。
 積極的に考えなければいけないだろうか。たぶん、考えないといけないんだろうな。
 いまこいつが何と言ったかについて。
 
「………………なんて?」
「だっ、だから! 結婚するかもしれない相手だって、お父様に言っちゃったから!!」
「……、……。……………」
 
 …………。
 ――――――――――――。
 
 ?
 
「俺が?」
「そう!」
 
 なるほど? なるほど。
 俺の人生の選択肢には、どうやら赤髪と結婚するだなんて素敵な未来も存在している?
 らしい?
 
 へー。
 ほー。
 
 なんで。
 
「なんで?」
「わっ、わかるでしょそれくらい!!」
 
 どうやら自明らしい。
 意外と俺も世界の常識というものを知らないようだ。飯を食って水を飲んでしばらくしたらクソが出るくらいのことは知っている。でもこれは知らない。
 鼻の頭をつまむ。偏頭痛もちではないけれど、ずいぶんと頭が痛い。
 まず、ひとつずつ、ひとつずつ丁寧に思考を巡らして、指摘ができそうな部分はすべて突っ込みを入れていきたいところだけれど、事が事だけに、ボロクソに言うわけにもいかない。
 なんだ。なんだか。
 なんだかなあお前は。
 
 
 
 誠実であろう。
 
 
 
 会いたくもない相手の都合に合わせて、こうして話し合いに応じた。土下座しろとか言われたけれど――――というか夫予定の相手に土下座させようとしたのかこいつは――――しっかりと自分の意思を伝えた。修行に戻ればいいと提示もした。十分だ。頑張ったよ俺は。もう疲れた。リリに会いたい。だけどあと一踏ん張りだ。
 
「俺には好きな人がいるから、結婚はできない」
 
 こちらの意思すら確認せずに、親に合わせようとする馬鹿野郎に、俺はしっかりと告げた。
 赤髪が俺を見上げた。初めて見る表情だった。少なくとも、ここ最近の中では一番人間らしい顔をしていた。
 その口が小さく動いた。何か言葉を発した様子は無かった。
 瞳が揺らいで、もう一度俺を捉えた。
 
「……あの子?」
 
 素振りを見せれば俺が簡単になびくと思っているほど馬鹿ではなかったのか。あるいは彼女の中で天変地異が起こって、奇跡的に点と点が結びついたのか。定かでは無かったけれど、彼女の示す相手は明らかに小さな悪魔のことを言っていて、それはうかつにも俺が感嘆を覚えてしまうほどに稀有な、愚かな彼女が引き当てた正解だった。
 そして俺が絶句しているのを見て、ぎゅっと唇を噛んだ仕草もまた、俺を驚かせた。普段のような人とは思えない形相ではなく、しっかりと一人の女性としての憤りがそこにはあった。
 怒っていた。
 髪の色に負けないくらいに顔を真っ赤にして、怒っていた。
 
「だから、だからっ! だからイヤだったのに! あんな子!!」
「ごめん」と、謝るつもりもなかった口から、自然と謝罪が漏れた。「ごめんな」
「うるさい!! このド変態!! ロリコン!! あ、悪魔なのよ!? あの子は!!」
「でも好きなんだ。仕方ない」
「……ッ、しっ、死ね、あんたなんか死んじゃえ!! このっ」
 
 ふぁ。っと。
 赤髪の手から粉のようなものが舞った。
 
 不意に少量を吸い込んでしまった俺はとっさに喉で息を止めてキキオリの実を口に含んだ。
 空気中に散らばった白い粉末。マントで叩いて散らす。匂いはない。色と香りからして、知っている劇物はひとつも思い当たらない。まさか毒ではないだろうが。
 
「けっ、ふ、な、なにをっ」
「―――――――――」
 
 いつになく早口で正確な詠唱。それができるなら修行のときからやれ、なんて思っているうちに彼女は唱え終える。いきなり過ぎて座標の指定が間に合わない。
 聞き覚えのない詠唱だった。というより、普通の魔法とは根底から形式が違う感じだ。語句も順序も独特。
 雰囲気でわかる。古代の魔法だ。
 
 一体何の魔法を持ち出してきた。
 
 ぴん。
 高い音と共に白い閃光が走る。と同時に、一瞬間に合わなかった転移魔法が発動する。
 光の中で、もとの色合いへと戻って行く部屋の中で見た赤髪の最後の顔は。
 その憎らしそうな涙目は、俺に見せた赤髪のもっとも人間らしい表情を、またひとつ更新してみせた。
 
 
 
 
 
 まず川に飛び込んだ。
 服や皮膚についた粉末を綺麗に流してから川原に上がり、体調を入念に調べる。
 白い光の魔法だった。ふわっと高揚するようなわずかな感触に、経験則から強化魔法の類を連想した。
 しかしそんなものではないだろう。
 あの粉をいつ取り出したのかもよく見ていなかったけれど、彼女の詠唱に粉が光を放っていたことから、それを準備していたことは明らかだ。まさか倉庫のすみに溜まった埃を投げつけて、適当な呪文を唱えたら奇跡的に何らかの魔法が発動しただなんて、そんなことはないだろうと思う。
 間違いなく何かに備えて用意していた行動だった。ならば弱化か呪いか。
 遅効性の魔法は種類が知れている。すでに俺の体に何かが起こっていると考えて間違いない。
 
 けれどその効果は判明しない。
 
「……、……?」
 
 剣を振ってみる。強化魔法を適当に発動させてみる。
 走ってみる。体に軽く石をぶつけてみる。声を出してみる「わー」。川の水を舐めてみる。
 景色も揺らいだりはしていない。意識もはっきりしている。何もない。本当に何もない。
 
 残っているのは、ふわーっとした、何とも言えない感覚だけ。
 
 気分が悪いわけじゃない。眠いわけでも、頭に霞がかかっているような感じでもない。なんとなく、こう、何と言えばいいだろう。空気がほんのわずかにおいしく感じられるというか、あんなことがあった後なのに、何かいいことがありそうな予感が普段より一割り増しで感じられるというか。
 祝福されているような。そう、教会で祝福の祝詞を与えられた後のような。
 それとまったく同じものであれば感覚的に覚えていそうなものだが。そもそも祝福の祝詞であればあんな謎の白い粉を使う必要は無い。
 
 まるで教会で扱われていたような、けれど今は使われていないような古い魔法。
 どうも害はなさそうだけれど、万全を期して、教会で一通りの弱化と呪い消しをしてもらったほうがいいかもしれない。
 
「はあ」
 
 しかし、なんだ。
 疲れた。
 もう疲れた。精神的に参った。でもやりきった。
 
 はやくリリに会いたい。
 
 
 
   *   *   *
 
 
 
「んがれだよー……」
「んふふ、おつかれさまだねー」
 
 もふぁっとしていて、むはっとなる。
 ぷにぷにのおなかをローブ越しに堪能しながら、疲れと嘆息を同時に吐き出す。顔全体を包んでくれる漆黒の羽毛。ほんとうにいい生地だ。そしておなかだ。
 あはあ、疲れた。
 これでもう赤髪や銀髪に会う事がなくなったのだと思うと、余計に力が抜ける。
 
「っかれはぁー……」
「がんばったねー。いいこいいこ」
 
 髪をくしゃくしゃとされる。軽くぞくっとする。
 仰向きのリリを枕代わりに、俺は少しずつ疲れを愛しさに変換していく。こんな贅沢な寝具が売られていたらどれほどの値が付くだろうか。こんな歳になってまで情けない俺を受け止めてくれて、包んで、撫でてくれる少女枕。なんだか字面が怪しくて笑いそうになる。
 怪しいもなにも、毎晩毎晩“そういったコト”もしてしまっているわけで。
 なんなら一昨日も、また、踏まれてしまったり、して。
 たくさん鳴かされて。
 いろいろなことが、ふにゃふにゃになってしまった。
 
「リリ……」
「はーぁいー」
「リリー……」
「んふふふ、お腹ぐりぐりするのくすぐったいよう」
「んふー」
 
 もう。ダメだ。
 えっちじゃない時くらいは保とうとしていた威厳すら、面倒になってしまった。面倒だと感じるようにさせられてしまった。
 だってリリは、俺を俺として好きでいてくれるんだ。
 踏まれて善がって、涙を流しながら射精する俺を、好きだとか言うんだ。
 
 俺が俺であれば、それだけで幸せになれてしまうんだ。
 
 すんと鼻から一息。
 俺は重い上半身を起こしながら、リリを抱き上げる。
 
「んう」
「……、はー……」
 
 天井と、視界半分を埋めるリリの頭を眺める。金色の髪が降りてくる。
 入れ替わるように俺は仰向けに、そして上に乗せたリリをぬいぐるみのように抱きしめる。全身、目一杯にリリの体重を感じられる、この体勢が俺は好きだ。俺がいなければリリはベッドに沈むことになり、つまり俺がベッド代わりになることによって彼女の身体は支えられているわけで、この状態を維持できるのはまさしく俺のおかげで、それは俺が余すことなくリリの存在を摂取できているということに違いなく、そろそろ俺も何を言っているのかわからなくなってきた。
 
 ああ愛しい。好き。
 痛いほどに好きで。好き過ぎて。
 こんな穏やかな昼間に、一見健全な風を装いながら、俺は酷く股間を固くしている。
 
 どうしようもないのだ。
 別に、えっちがしたいとかじゃないのに。リリが可愛くて、そうなってしまう。
 どうしようもなくそうなってしまう。
 
「ほっぺするー?」
「……する」
「うん」
 
 柔らかい肢体が俺の上で蠢く。それだけで目を開けていられなくなる。幼げな息遣いが喉元を温め、あごのあたりにかすかに触れた皮膚の感触が彼女の唇であると、俺にはわかってしまう。角のでっぱりを丁寧に避けるように、あまり手入れができているとはいえない俺の頬をリリのぷにぷにの肌が滑っていく。猫のようになぞりあげる仕草。
 は。
 人間である前にイキモノであることを確かめ合うような、動物の愛情の確認。リリを間近に感じられた心がきゅっと鳴いて、熱い息が漏れる。
 上から下へ、下から上へ。
 んんう、と小さく喉を鳴らしながら続く少女の頬ずりに、ずぐり、ずぐりとソコが肥大化していく。目蓋の裏に涙の溜まる感覚。じんわりと痛い。
 
「んふ、ふふ……」
 
 リリのハスキーボイスが耳をくすぐる。
 たまらずに身体を捩る。逃がすまいと、リリが頬と肢体を強めに擦り合わせてくる。閉じた声帯があふれた感情にこじ開けられて、情けないうめき声のかわりに、俺はリリの名前を呼んで誤魔化す。
 はあ。んん。
 やん。ああ。
 お互いの声が部屋を熱くする。衣類越しの交わり。
 あるいは、小さな子供たちが悪い遊びとして行為の真似事をするような、そんな幼稚さで。けれど比類のない繋がりを確かめ合うたびに息は乱れて、鼓動は合わさって、頬は境界線をなくし、性の象徴が主張を強めていく。
 
 おかえり。おにいちゃん。
 
 耳元から全身に走る痺れに耐え切れず、俺はリリの小さな身体にしがみつく。これだけ広いベッドであれば転げ落ちるはずもない俺が、自ら抱き上げた幼い肢体にすがりつく。
 
 リリ。
 
 声に出さずに、俺は右手をリリの腰から、さらに下へと滑らせる。
 ローブに包まれた、柔らかい双丘。その感触に股間が熱くなり、そんな行為を許されてしまうことに泣きそうになる。
 耳にぬるりと襲う。熱い湿気。小さな怒りすら覚えそうなほどの悦びに、俺は半ば反抗するように手を滑らせて、彼女のローブの中をまさぐる。
 膝の裏から足の付け根。掌底の部分が薄い布に乗り上げて、そのまますすっと滑り、触れられていもいない陰茎が大きく跳ねた。滑らかなリリのお尻。下着。その皺のひとつひとつを指で感じるたびに、股間の先に力が加わってしまう。
 てのひら全体で。指先でその谷間を。
 肌と下着の淵。引っかかりに、わずかにめくりあげる感触。滑りこませた指先が、裏地に挟まれながら、その生地に隠されているはずの生の肌を確かめていく。
 ううん。
 リリがわざとらしく声を上げる。いやに可愛らしく、ちょっとくすぐったさに拗ねるような声。そんな些細な抵抗が嬉しくて、俺はさらにてのひらの全てに集中してしまう。
 指先が甘い。声が甘い。耳が甘い。こころがあまい。
 小さな小さな女の子。悪魔。リリに。ひたひたに満たされる。えっちな甘味。淫らな可愛さ。背徳感を覚えるほどの魅力は、きっと一年に一度しか採れない貴重な花の蜜を独り占めしているかのような贅沢さで。
 リリがまた身を捩る。
 幼い声が鼓膜を緩める。
 こんな小さな身体にむしゃぶりつく、あるいは、こんな小さな少女に自らを襲わせる、圧倒的な罪の意識。股間が撃ち震える度に自分の欲望の醜さと、すすんで過ちを冒していく愚かさに、彼女が人間ではなく悪魔で、俺が勇者であることが強烈に共鳴して、際限なく、おかしくなっていく。硬さを増していくソコだけが、倒錯し続けていく俺をただ実直に表していく。
 おかしくなる。
 リリの存在に。俺との関係に。その幼さに。小ささに。なによりも、甘さに。
 狂っていく。興奮していく。そんな彼女に猛る自分自身に、また。
 
 ああ。リリ。リリ。
 
 服もローブももどかしい。肌すらいらない。
 甘さに溺れた俺に、もっとリリを注ぎ込んで、弾けてしまいたい。
 リリに死んでしまいたい。
 ひとつになって、その甘さに溺れて、窒息して、溶けて。
 彼女の中で俺をめいっぱいに広げたい。俺を叫びたい。俺の気持ちを、全力を、余すところなく全て受け止めて欲しい。
 
 手足が震える。これ以上にリリを感じ取る術がわからなくて、暴れだしそうになる。
 どうにもならない。陰茎の猛りに焦燥だけが募る。
 これ以上俺がリリになれない。
 心のままに抱きしめたら、きっと絞め殺してしまう。
 リリ。俺は。ねえ。リリ。
 
「おにいちゃん」
 
 リリが俺を見下ろしていた。
 よく見えなかった。
 果てたわけでも無いのに、息が上がっていた。
 
「今日はいっぱい頑張ったから、いっぱい甘えさせてあげるね」
 
 
 
 
   *   *   *
 
 
 
「あぶ、ふ、んっ、んふ」
「あは、んふ、おにいちゃん上手でしゅねぇ」
 
 鼻先を肌を押し込む。かきわける。
 ふるふると揺れる形の良い乳房は、重力に逆らうように美しい曲線を描いている。俺はただ、下になったリリに覆いかぶさってその薄い色の突起に熱い息を吹きつける。
 デザートのような感触を口一杯に含む。唇にリリの乳房が上品に滑って、俺は口をすぼめていく。次第に押し出された柔肉が無くなっていき、最後の突起に唇を立て、口内で舌をねじ込む。舌の表面でぷりっと弾ける瑞々しさに、耐えられなくなったようにあごが緩んで、離してしまった乳房にまた唇を大きく押し当てる。
 
「上手でしゅよー。んふふふふ」
 
 頬、耳の裏、後頭部、首。
 髪を掻き分ける小さな手の感触に背筋が曲がる。撫でられ、褒められ、俺は俺自身をリリへと放っていく。俺の頭を、口を、欲望を。彼女の小さな身体に這わせることを、俺が許していく。
 リリが小さく鳴く。
 その未発達な声帯の震えに、ぎゅっと肺が鳴いて、その切なさを埋めるためにまた、俺は目の前の突起にむしゃぶりつく。およそ愛撫とはいえないような拙さで、けれど煮えたぎるような感情を乗せて舌先を動かす。
 
「なめなめできてましゅねー、ちゅうちゅうはできましゅかー?」
「んっ、ん! んっ、んっ」
 
 できる、できるよ。
 まるで親に自慢する子供のように、俺をアピールするために、褒められるために、俺は精一杯の音を立てて突起に吸い付く。
 ちゅう、ち、つう。
 んは。ああ。
 息が苦しくなって唇を離す。
 こんなんじゃない。もっとできる。
 
「んあ、ふ、ふふ、いい子でしゅねー」
 
 彼女の撫でる手に、泥になる。泥になりたい。
 溶けて彼女に掛かりたい。
 撫でられながら、彼女のおっぱいに甘えるイキモノになりたい。
 
「おにいちゃん、おにいちゃん」
 
 両頬を支えられるようにして、俺はおっぱいから離される。
 空ろな視界をなんとかリリに向ける。小さな悪魔は少しだけ困ったように笑った。
 
「脱がせて? おにいちゃん」
 
 息を整えながら見下ろすように首を曲げる。一枚しか残っていない下着がリリの大事なところを守っている。俺は早く褒められるべく、上体を起こして両手をそのふちに掛けた。
 けれど、その手をリリの手がそっと止めた。
 
「おててはだーめ。おにいちゃんの、“おくち”で脱がせて? 上手にできますかー?」
 
 リリの顔を見ながら息を二回。
 リリのぱんつを見下ろして息を二回。
 
 何も言う必要はなかった。
 何の確認もいらなかった。
 
 俺は伏せるようにしてそこに飛び込む。けれど顔は、柔らかい皮膚にぶつかる。
 リリの両手がまたしても俺を阻んだ。やっと許されたはずの行為を止められて俺は泣きそうになる。その手を掻き分けるように俺は鼻を押し込む。指の隙間からでも彼女の下着を肌に感じたい。すぐそこなのに。
 
「くんくんはだめですよぉ。おかしくなっちゃいますからねぇ。ほら、こっち……」
 
 頭を運ばれるようにして、足の付け根に伸びる細い紐の部分に着地させられる。解放された顔がリリの鼠径部に埋まって、彼女の股間の一部を目一杯に堪能する。跳ね返る自分の息に蒸せながら、キスをする。舐める。唐突に使命を思い出して、すぐにその細い布地を唇で持ち上げて歯で挟みこむ。荒すぎる息遣いの代わりに鼻息が部屋に響く。
 褒めて欲しい。撫でて欲しい。
 俺のえっちを受け止めて欲しい。
 餌を待たされる犬のように、ただ鼻息を鳴らして、ずらしていく。ずれた布から露になるリリの肌が性的過ぎておかしくなりそう。
 リリのソコ。だんだんとはだけていく大事な場所に、目から、鼻から、口から飛び込みたくなる俺を必死に抑えて、いい子にする。いい子を頑張る。
 
「んふふ、そうですよぉ」
 
 肯定された淫行に俺はさらに精を出す。
 肌への引っかかりに、たまに左右に顔を振りながら、足の方へと引っ張っていく。達成できたらコレをもらえるような気がして、俺は血が上る頭をなんとか抑えて、丁寧に丁寧に引き剥がしていく。
 右の足首が抜けて、次に左。
 引っ張られて丸まったそれをぽとりと手に落とすと、「だめだよー?」とリリに先手を取られる。手の中の温もりをなくなくベッドの脇に置く。そのままリリに顔を向けると、リリが手で口元を覆い、肩を震わせた。
 俺はそんなに情けない顔をしているのだろうか。
 
 
 
「……上手にできる?」
 
 
 
 少女は両手をこちらへ広げる。
 ついに一糸纏わぬ姿になったその腰の下から、伸びた尻尾がくねりとうねった。
 その太ももが擦り合わされる、さらに先、桃色の割れ目がいじらしく筋をつくり、俺はただただ目を奪われながら、ベッドの上を這っていく。
 いままで直に目にすることのなかった、ソコ。つるりとした、少女の、悪魔の、サキュバスの、ソコ。一瞬、次ぎの一瞬に甘くなっていく。香りが濃くなっていく。
 もじりと合わさる脚の中心。鼻先がうっと熱くなる。その熱は頬を伝って耳へ、おでこへと伝っていく。海底火山に顔を潜らせるかのように、けれど発せられるのは毒々しいマグマではなく、鼻腔にまとわり付くような桃色の香り。
 どんな味だろう。
 下着越しに嗅いだことのあるそこを、もし直接、吸引してしまったら。
 この舌にその体液を味わってしまったら。
 
「め」
 
 肌色の壁にまた阻まれて、俺は首をもたげる。
 苦笑するリリに少しだけ叱られたような気分になって、俺は唐突に不安に駆られる。
 
 上手に、できるかどうか。
 
 舐めることはできる。
 嗅いで、味わって、また頭がトんで、リリに介抱されることができる。俺がリリという甘味に溺れてしまうことはいとも容易い。それしかできない。
 “行為”は、どうだろう。
 わからない。勝手を知らない。
 とても自信がない。褒めてもらえないかもしれない。
 
 ひとつになりたい。けれどそれと同等以上の不安が胸をすくう。
 
 上手にできるかわからない。リリを気持ちよくさせてあげられるかどうかなんて、ぜんぜん、想像もできない。きっとすぐに出てしまう。そんな俺を、きっとリリは許してくれるけれど。
 それでも。
 
「おにいちゃん」
 
 伸ばした腕が、小さく上下に弾んだ。
 小さな子を見守るような、けれど複雑そうな表情に、俺はついに情けなさが勝って、その腕の間に首を預ける。
 しゅるりと巻きつくしなやかな腕は、引き寄せるでもなく、そっと首の後ろで繋がれた。
 空気が張る。肌がひりっとする。期待と不安に俺の分身が揺れて、俺はソコを見下ろしながら手を使ってソコへとあてがう。
 
 ちゅ。
 
「あっ……」
 
 吸い付くような感触に、俺はリリと一緒に声を漏らした。
 考える必要がなかった。ソコが俺を迎えてくれた。腰が震えるほどの刺激に情けなく顔を浮かせると、リリが優しく頷いた。
 
「おにいちゃん、もう少しこっちに身体を寄せて……、あ」
「う、く」
「そう……、そのまま……、おててで支えて……」
「…………っ」
「うん、そのままでいいよ。そのまま――――」
 
 ――――――――。
 
 ああ。
 
 先端がゆるりと飲み込まれて、なにか膜のようなものに衝突する。
 蕩けるような温かさに、けれど不安を覚えてリリを見下ろす。少女は大丈夫だよと微笑んだ。
 腰をそっと押し付ける。柔らかい膜のようなものがまだ抵抗する。壊してしまうことを恐れながら、俺はリリの視線に後押しされて、さらに体重をかけて。
 にっ。
 
「――――――っ!? あっ」
 
 膜の先端に小さく穴が開き、それは陰茎の先の形に添いながらゆっくりと広がっていく。それが手に取るようにわかる。押し広げられた穴が先端を強く舐めていく。あまりの快感に、意思に反して腰が逃げようとする。
 歯を食いしばる。
 まだ開いた輪は先端の中腹。いまから一番太い部分を通さなければならない。唇を噛み、鼻で息をして、期待に喉を鳴らしながら目を閉じる。
 にう。
 さらに広がる。オトコの鼻声が部屋に漏れる。
 にうう、にゅ。
 
「あ」
「〜〜〜〜っ、く、ふぁ」
 
 通過するより早く。
 カリ首に膜が通るより早く。
 また次の膜が亀頭を包み込む。
 
 とても耐えられない。
 耐えられたものじゃない。
 リリを気持ちよくできるかどうかだとか、そんな次元じゃない。
 
「ん、ん、ん、んす」
 
 顔に全ての力を込めながら、また腰を押し付ける。
 にっ。
 ぬるぬるに開いた小さな穴が、また敏感な先端を舐める。輪のように舐め広がる。
 二つの感触に無様に震える。瞼の裏が熱い。
 
 ぬ。
 
「かっ、……は」
 
 唐突に、最初の膜を滑りぬける。一番太い部分が抜ける瞬間の甘すぎる感触が腰全体を襲って、まだ入りきってすらいないのに、限界が近いことを知る。
 そして勢い良く進んでしまったせいで知る。三つ目の膜の存在。
 
 俺を迎え入れる気がない。
 
 違う。
 
 オトコを悦ばせる気しかない。
 
 まるで計ったように機能的に、そのくせ淫猥に、オトコの根っこを飲み込むためだけに存在する穴が、リリの小さな身体に備わっている。
 はあ。はあ。ふう。はあ。
 小さな休憩を挟みながら、リリのぎゅっと応援するような瞳に見つめられながら、俺は鈴口まで昇ってくる射精感を必死で押しとどめる。
 
「お、おにいちゃん」
 
 額が汗で涼しかった。
 苦しそうな声に、俺はリリと見つめあう。
 
「はあ、あ、もう少しだけ、急げる……?」
 
 リリの声もまた、焦燥感に満ちていた。
 もう、止めてられないかも。彼女はそう続けた。
 それが何を意味するのかはわからなかったけれど、俺を優しく導いてくれたリリがここまで俺を急かそうとするのには、なんらかの理由があるように思えた。
 
 もう、出てしまっても仕方がない。
 男の虚勢なんて、いまさら。
 
「……リリ」
「うん」
「好きだ」
「うん」
「好きだよ」
「うん。わたしも。だい、すき」
 
 幸せそうに、けれど苦悶の表情を浮かべるリリに。
 俺は、腰を突き入れた。
 
 ぬぬん。連続してカリ首へと抜ける膜。背筋が曲がった。
 そのさきで、何かが蠢いた。
 無数のナニカだった。
 リリが小さく謝った気がした。
 
 膜が。
 脈動した。
 
 カリ首にキツく引っかかった輪が逆流を始める。ぬるぬ。連続してみっつ。叫ぶ暇もなく、またそれは同じ場所で引っかかり、竿へと戻って往復する。
 無数のナニカが亀頭を舐める。縦横無尽に、蹂躙していく。それぞれが別々の意思を持っているかのように。俺を愛するためだけに生まれてきたかのように。
 
「へ」
 
 脈動が早まる。
 一枚抜けるだけで腰が抜けそうなほどだったソレが、いまや竿と亀頭までを何度も往復する。
 わからなかった。
 叫ぶことも、悶えることも、暴れることもできなかった。
 ただ小さく笑った。限界を越えた気持ちよさに、人は震えながら笑うのだと俺は知った。
 
「ふ、は」
 
 出ているかどうかなんて知らない。
 射精感なんてわからない。
 とめどない膣の動きだけを鮮明に与えられて、それどころじゃない。
 何かを見ているようで、何も見えなかった。
 ただ愛されていた。
 ひとつになっていた。
 空間がぱちんぱちんと弾ける。きらきらと煌く。
 からだの一部がリリになってしまうことの意味を知った。
 白を見ていた。肌を見ていた。
 空を感じて、脳がずんとなった。
 
 飲まれていく。
 
 俺がリリにもらわれていく。
 腰からどんどんなくなって、全部リリになっていく。
 膜は何度も引っかかり、何度も強引に滑りぬける。
 こんなに熱いのに、こんなにわけがわからないのに。感覚だけはずっと与えられる。無理やり理解させられる。まるで陰茎が鋭敏になったかのように、脳と直結する。
 脳を舐められる。あたまのなかをぐちゃぐちゃにされて、溶かされて、のまれていく。
 気が狂う。狂っている。もう狂った。わからない。でも陰茎だけはそれをちゃんと感じ続ける。部屋の温度も吹き出る汗も一滴すらわからないのに。愛され方だけをちゃんと知っていく。
 
 リリが俺を引き寄せて、俺がリリを抱き寄せる。
 くっついたまま、ひとつになって。
 
 リリになって。俺になって。
 虫食いになっていた全てを満たしていく。俺が埋まっていく。
 リリで満たされて、リリになっていく。
 
 
 
 
 
 ――――――――おやすみ、おにいちゃん。
 
 うわんと耳が揺らいで。
 俺は闇に堕ちる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
   *   *   *
 
 
 
「んご」
 
 最悪の寝覚めだった。
 
 後頭部のあたりがずんとして、首を動かすことすら億劫だった。
 手を伸ばす。
 隣にあるはずの体温がどうしても見つからなくて、俺は仕方なく首をもたげる。リリはどこだろうか。
 
 部屋の灯りをつける。
 窓の外にはまだ闇が広がっている。
 
「……、はあ」
 
 体の奥がおかしかった。
 まるで魔法の効果が体内で相殺したときのような、あのなんとも言えない気持ち悪さに似ている気がした。
 体を起こすと、素肌を布団が滑り落ちる。
 
「……っ、つ」
 
 手のひらに鋭い痛みが走る。反射的に手を引っ込めて眺めると、ぽつぽつと血が滲んできているのが見て取れた。いつもの癖で手を伸ばした寝台の上には、やはりいつものように漆黒の布切れが置いてある。防具屋のお姉さんが作ってくれた、リリのローブと同じ素材のものだ。
 俺はおそるおそる、それにもう一度手を伸ばして、端をつまみあげる。
 いつもは柔らかいはずの生地が、なぜかささくれ立つように、数箇所で鋭い棘のような形に突き立っていた。
 
 
 
「……………………リリ?」
 
 
 
 

 書いたもの

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 プレイ内容(ネタバレ含む)


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