シュールという言葉はなかなかに便利で、どんな状況であれ、一言「シュールだな」と誰かが言ってしまえば、よくわからないけどこの状況はシュールと言えるのかもしれない、と妙に納得してしまうものだ。
だからこそ、そういった言葉はまさしく適合する場にこそ使われるべきではないか、と俺は思うわけだ。使い勝手に甘えるようなことは、よろしくはないと思う。
「んー……」
不満そうな声とともに、彼女の指が俺の髪をつまんでは放してを繰り返している。かけ布団で簀巻きになった勇者と、それに覆いかぶさるサキュバス。
なるほど、この構図は確かにシュールと言わざるを得ない。
「んんー……」
鼻に抜けきらない声が、振動になって布団の中まで伝わってくる。
俺は自分の吐く息に顔を蒸されながら、うつ伏せ状態のまま柔らかい布団を両手に掴む。その感触がこの手にある限りは大丈夫。そう確かめるように。
厚い布に包まるというのは、どうしてこうも心が落ち着くのだろうか。中身の俺は布一枚すらない素っ裸であるというのに。鎧ほどの硬度もない。魔法から身を守れるわけでもない。状況からすれば即座に身動きが取れないだけの危険極まりない格好であるのにも関わらず、この身の守りとしての圧倒的な安心感はいったい。
「……」
二酸化炭素の濃度が極端に高くなると、詳しくはわからないがどうやら人体にはあまりよろしくないという話を聞いたことがある。
それからというもの、眠りにつく際に深く布団を被るにしても鼻の穴くらいは外に出しておかなければ何となく落ち着かなくなったものだが、そもそも子供のころから幾度となく布団の中で眠り呆けていた俺が今もこうして健康に生きているのだから、人の吐くソレというのは大したものではないのかもしれない。
とりあえず、俺がこうしていられる間は俺の無事と精神衛生とその他もろもろは保障されているということだ。
ロールキャベツの具になったような気分で、俺は一息ついた。ふう。
「んー!」
抗議するように、彼女が俺の髪の毛をつまんでぴんぴんと引っ張る。小さな痛みに俺は布団の中で口を開いた。
「なんでしょうか、メルさん」
「あやまれ」
容赦のない返答に俺はやんわりと唇を噛んだ。
実のところ、今のが本日最初のやりとりだった。朝の挨拶は「おはよう」から始まるのが一般的であり、礼儀であり、健やかな一日の第一歩である。にも関わらず、彼女のこの傍若無人な態度は一体全体どういうことだろうか。なぜ俺が怒られているのかよくわからないし、わかりたくもない。正直を言えば俺も敬語になっている時点で精神的形勢はお察しではあるが、それでも俺は知らぬ存ぜぬで押し通すつもりだ。
寝起きだった視界に、ゆっくりと焦点が合わさるは彼女の笑顔。一瞬で凍りついた背筋。恐ろしいほど慈愛に満ちた表情で彼女がこちらに手を伸ばし、俺は幼少のころに編み出した布団ぐるぐる巻き戦法で全力の対応をした。そうこうして、いまに至る。
「罪悪感は?」
恐らくは馬乗りのような状態だろうか。拗ねたような声が布団の中に入ってくる。
「はい?」
「罪悪感はないのかと、わたしは聞いているよ」
妙な説明口調に、俺をこの議題から逃すつもりがないことを何となく悟った。
「な、なんの話でしょうか」
落ち着け、大丈夫だ。俺にはこの絶対防壁がある。
だいたい罪悪感なんて、一体何の話だろうか。俺がメルに何か危害を加えたのか、それとも気分を害するようなことしたとでも言うのか。実のところ、その心当たりはバリバリにあるのだが、それについて俺がメルに弁明をするというのは事実関係を自ら暴露することになってしまう。
そもそもが、だ。言い換えれば、盗賊に何かモノを盗まれた上に、その盗賊の親分に「盗まれたことを謝れ」と言われているようなものだ。無茶苦茶だ。謝って欲しいのはこっちのはずだ。
つまるところ俺とミルさま……いや、ミルとの二人で秘密裏に致してしまった行為について彼女は怒っているのだろうが、どうしてバレているのかわからないし、本当はバレてなくて、ただカマをかけているだけなのかもしれない。。
まてまて、前提に戻ろう。バレたところで何だというのだ。
彼女たち、自称(もうだいぶ信憑性が出てきた)サキュバスは、俺の敵であるはずだ。敵というのは魔物だ。魔族だ。モンスターだ。
敵というのは倒す相手だ。武器を使い、あるいは魔法を使い、ときに欺き、ときに切り刻みながら駆逐していく対象であるはずだ。俺たち人間はそれこそ魔物使いでもない限り、魔物を騙すことはあっても、裏切る、ということはしない。できないのだ。裏切りなんて行為はもともとあった信頼関係を崩すようなことをいうが、敵であるモンスターと信頼関係なんぞあるはずもない。お互いが信じていないのだから裏切りも当然存在しない。はずだ。
そうであるはずなのに、なぜ俺はこうして布団に丸まっているのだろうか。
みなまでいう必要もないだろうが、それは恐らく、俺がメルを少なからず裏切ったと感じてしまっているからだ。
そしてそれは、逆算をすれば、俺と彼女の間にはそれがどれだけ薄くとも、どれほど細くとも、なんらかの信頼関係が生まれていたということになってしまう。そんなことは認めたくない。絶対に認められない。
ああ、そうだった。俺は確かにLVを吸われてしまった。それがたとえ1LVだとしても、自ら望んで、あのやんごとない柔肉にやんごとないことをされて、やんごとないコトになってしまったんだ。
ああそうか、そうだよ。俺は力を多少なりとも奪われてしまったんだ。
寝起きのボケ頭に、思い出したように無力感が襲う。そうだろう。また時間がたてば世の中への、そして俺を探してくれているであろう仲間たちへの罪悪感はいっそう強くなるに違いない。でもそれはこいつに対してじゃない。メルに対しての罪悪感なんてあるはずがない。あってたまるか。
あまり深く考えないことにして、俺は息を吐いた。
「あ、勇者さんもう起きてます?」
その声に、簀巻きの中で思わず背筋がピンとなる。
細胞がざわめくような妙なくすぐったさが全身を巡る。それを思わず隠すように、俺は布団をつかむ指先に力をこめた。
どうしてしまったのだろう、この感覚は。
それはまるで、街中で足元に擦り寄る可愛い野良猫が甘えた声を出したときに似ていて、酒場の看板娘のあの子がいろんなオヤジ共に絡まれながらも、客として入店した俺に営業スマイルを向けてくれるときにも似ていて、カジノで(あの子すげースタイルいいなあ)などと下品な視線で遠くから眺めていたバニーちゃんがおもむろに近づいてきて俺に話しかけてくれた時にも似ている。きっと雑踏の中でも、俺はこの声を聞き分けることができてしまうのではないだろうか?
妙な予感。俺は知らない振りを決め込んで、布団の外の様子に意識を向けた。
「……」
「……」
嫌に長い沈黙だった。脳天に感じる部屋の温度が2,3度下がったようにも思えた。いや、実際はそれほど長い時間ではなかったのかもしれない。体感時間なんてものはその時々で驚くほど変わるもので、アテにはならない。
それでも、俺に馬乗りのメルと、部屋に入ってきたミルの間に何らかの緊張が走っていることが容易に想像できる俺には、あまりにも息苦しい1秒1秒だった。
「……おはよう、ミルちゃん」
「……メルちゃんおはよー」
ぶはあ、と心の中で思い切り息継ぎして、俺は耳を澄ます。
「ねえねえミルちゃん」
やけに甘い声を出すメルに、同様にミルが応じる。
「なあに?」
「ミルちゃんは今日も可愛いね」
「え、ほんとー? ありがとお」
「うん、なんかすごく可愛いよ? 今日はなんか、いつもよりお肌がキレイに見えるよ?」
「えー、そんなことないよお、ふふふ」
俺は全身が強張るのを感じた。
「ほんとほんと。ねえ、ミルちゃん何かイイコトでもあった?」
「イイコト? ええー……? ふふふ、なんだろお?」
俺は歯を食いしばった。
「絶対イイコトあったよー、ねえ何があったの?」
「何にもないってばあ」
胃液が逆流しそうだ。
「いいじゃん、教えてよー」
「えー? んふふ、ほんとに何にもないってばー。ねえ? 勇者さん」
何もないことを星に願う。
「なになに、勇者くんと何かあったの?」
メルの声のトーンがひとつ上がり、俺の髪の毛をつまんでいた彼女の指先は、恐らく握りこぶしにでもならん勢いで俺の髪を雑に束ねて掴んでいる。怖いし痛いし怖い。
「だからあ、何もないよお」
「本当に?」
「ほんとだよう。ねえ勇者さん、えへへ」
俺の髪を掴む手がさらにぎゅうと強くなる。
俺に振るな。話題にするな。矛先を向けるな。俺はただのロールキャベツだ。
「それじゃ、お腹がすいたら教えてくださいね、ご飯作りますから」
カラカラの口の中。返事のできない俺にやさしく声をかけて、ミルの足音が遠ざかっていく。
俺はぐったりと体の力を抜いた。これでなんとか山場を越えられた。
「勇者くん」
はずもない。
「勇者くーん」
もふっと布団越しに重さが広がり、声が近くなる。恐らく、頭の方から覗き込まれているに違いない。
「ねえ、勇者くんてば」
酷い猫なで声に、一度は脱力した体に緊張が走った。
「うがあああああああああああ!!」
「きゃあああああああああああ!!」
もちろん魔獣の威嚇に似てる方がメルの声で、それに悲鳴を上げたのが俺だ。
「もーもーもー、もう、もう!」
耳がキンキンする。ベッドが弾む。背中にバシバシと衝撃が加わる。馬乗りの彼女が勢いを付けながら布団越しに殴打してくる。
馬だ。これは乗馬だ。乗馬されている。いや鳴き声からして牛かもしれない。俺が馬で彼女が牛で、ああ、だから種馬と巨乳なのかってやかましいわ。
「この! この!」
「うぐふ、ぐえ」
彼女が体を弾ませるたびに肺から空気が押し出される。
「このっ、もー!!」
苦しい。苦しいが、じっとりネチネチと責められないことに、俺は惨めにうめき声を上げながらもどこか安心していた。思いっきり暴れてもらって済むのであればその方が気楽かもしれない。
「もーーー!!」
駄々っ子かこいつは。
「……あやまって」
スタートにもどる。
ひとしきり喚いた彼女は、いまは力を抜いて俺に上にぐったりと覆いかぶさっている。改めて布団とはかくも素晴らしい創造物であることを実感する。お布団はいいものだ。そのうち鎧のかわりにお布団を装備するものが現れるかもしれない。そうなれば、俺はきっとその者の前に跪いて、静かに両手を合わせ、その顔を見上げ、厳かに口を開き、こう言うのだろう。お前はなんて馬鹿なのだろう、と。
「……あやまってよう」
ぐすん。
ああ、泣き落としに入りやがった。
上ずった声に震える語尾はメスの弱弱しさを前面に出すことでの保護欲または父性を刺激し、オスの振り上げたこぶしもすぐに収めさせてしまう必殺技だ。そしてこれはまだほんのジャブであり、ワンツーの主砲は涙ゲージを溜めてからの「ごめんね」や「お願い」だ。ジャブで装甲の弱まったところにそんなストレートブローをぶち込まれてはひとたまりもない。いままでに何人の豪傑たちがこれによって屠られてきたことだろうか。
「ねーえー……」
甘えるような声が布団越しに響いてくる。
だが俺は知っている。俺は負けない。そんな卑怯な手には乗らない。
酒場で耳に入ってくる女性の会話に俺は絶句したものだ。「そしたらちょっと涙流したらすぐ折れちゃってさー」「えーほんとー? 弱すぎない?」「ほんと超弱いのー」なんてやりとりは女性達の間では当たり前なのだろうが、場所を選ばなければ無差別に純朴ハートをナイフでごりごり削ることになる。ちなみに俺は純朴ではなかったし、心を削られたわけでもない。そのときはちょっと宿に戻って眠りたくなっただけだ。
「勇者くん……」
これは演技だと俺は知っている。だから効かない。効くはずがない。
「ねえ……返事してよう……」
こんなあざとい戦法がいつでも通用すると思ったら大間違いだ。
「………………ふぇぇ」
まあ、話くらい聞いてやってもいいと思った。
「……なんだよ」
久しぶりの俺からの返答に、慌てたようにメルが口を開いた。
「あ、あやまってよう、ミルちゃんとの、こと」
まだ言うか。
なんと言われようと俺は謝るつもりはない。なぜレベルを吸われたうえにこちらが謝らなければならないんだ。
「俺が何をしたってんだよ」
「わたしが気付かないわけない、じゃん。ねえ、お願い」
お願いしてまで謝れとは。
メルがなぜここまで謝罪にこだわっているのかがわからない。謝ることが何かしらの契約魔法の条件になってるのではないかとすら疑ってしまう。
「何でおれが謝らないといけないんだよ」
「女の子が謝ってって言ったら、男の子は悪くないと思ってても謝んなきゃダメなの! ダメなんだよう」
「無茶苦茶すぎるだろ」
「む、無茶苦茶でもそうなの! ねえ、勇者くん……」
「……」
別に許してもらう必要もない、と言ってしまうのは簡単だが、これほど切羽詰った涙声にズバッと返してしまうのは気が引けるというか、いや、泣き落としに負けたわけではないけど、不必要に攻撃的な言葉を使う必要もないだろうというか、重ねて言うが俺は泣き落としに負けそうになっているわけではない。断じてそんなものには屈しない。
「……ぐすん」
「どうしろって言うんだよ」
これはもちろん妥協点を探っているだけであって、俺は屈したわけではない。
「……じゃあ、謝らなくてもいいから、その、わたしもお布団の中に入れて?」
「はあ?」
「そうしてくれるなら、それでいい」
「いやいや、それ絶対何かするつもりだろう?」
「何もしない。だから、入れて?」
「……いや、でも」
「そうしてくれたら、もう、いいから」
「……」
「それでいいから」
「……いや」
「ほんとに、何もしないから」
「……」
俺はしばらくして深くため息をつき、内側から布団を掴む手をゆるりと解いた。
サキュバスに添い寝を許すことになったが、俺はただこれ以上のやりとりが面倒になっただけで、別に泣き落としに負けたわけじゃない。断じて。
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「んふふ、勇者くんのにおいだ」
背中からスンスンと鼻を鳴らす音が聴こえる。やけに恥ずかしい。
一度簀巻きから出たときも捨てられた子犬のような表情で俺を見上げていたが、そのどこか幼さの残る顔立ちは相も変わらず俺の好み過ぎて鬱陶しかった。
「えへへへへ」
「……何もしないなら少しは離れろ」
「別に何もしてないもーん」
布団に入るなりころっと機嫌を直してしまった彼女は、薄い布に隠された凶悪な二つの膨らみを背中に押し付けたままくすくす笑っている。泣き真似をされただけでこんな状況を自ら許してしまうような馬鹿な男は他の誰でもなく俺だがなんか文句あるか。俺はある。
「ねーえー」
「……今度はなんだよ」
「こっち向いてー?」
「なんでだよ、やだよ」
「いいじゃん」
「よくない」
「あやまってもらう代わりだもん。背中向けていいなんて言ってないもーん」
「はいはいシナモンどざえもん」
「もー! わたしまた泣き真似しちゃうからね!」
「真似って言っちゃったよ」
「ねーねーおねがいー」
ずりずりと背中に頬をこすりつけてくる。生暖かい感触に身震いしそうになる。
「お、おい」
「ねーねー」
この嗅いだり甘えたりといったところはおよそ理性ある人間の行動とはとても思えない。そもそもこいつらを人間の魔法使いだと思っていた当初の考えはそろそろ捨てなければならないだろう。そうだとも。こんなのが理性と慎みある奥ゆかしい人間の女性であるはずがない。動物だ動物。人懐っこい犬に人間の言葉を与えたらちょうどこんな感じだろう。
「ねーはやくー」
それにしても、どうしてコイツはこんなに楽しそうなのか。
触れ合うことが好きなのか、からかうことが好きなのか、それとも、それとも。
……たとえば、俺がここで寝返りをうってやれば、こいつはやっぱり喜ぶのだろうか。
「ねーぇー」
「ああもう、うるせえ」
ちょっとだけ、ちょっと試すだけだ。
ぼふ。
「あ……へ」
「う」
少し体を起こしてから、勢いに任せるようにして体勢を入れ替えた。こちらには不満があることを表現するためのスピード重視だったが、そのせいでやや目測を誤った。というより、先ほどまで彼女の顔が背中にピッタリくっついていたのだから、俺がその場で反転すればお互いの顔の距離がどの程度になるのかは考えるまでもなかった。
「……っ」
への発音で固まっていた彼女の口がみるみる変形していく。元から愛らしい顔がさらにへにゃっとなって紅潮していく。それを見て、俺は慌てて口を開く。
「こ、これでいいんだろ?」
「ひゅふ」
彼女は笑い出すのを堪えるようにして、鼻から下を隠すように片手で覆った。
おい、こいつ。
「んふ、ふふ、そんな、いきなり、ふふふふふ」
目を細めた彼女が、もう一方の手を俺の肩にそっと置いた。
「な、なんだよ」
批難がましく問いただすと、彼女はそのまま俯いて首を横に振った。ずっと肩を振るわせている。耳まで赤い。
「これでいいんだろ!?」
もう一度問えば、彼女は笑い涙を目じりに溜めながら、無言でコクコクと頷いた。
なんなんだこいつは。これまでにあれだけの行為に及んでおいて、なんなんだ。なんで、この程度のことで照れてやがるんだ。
なんでそんなに幸せそうに笑ってやがるんだ。なにがそんなに楽しい。何がうれしい。
「う、うで」
気恥ずかしさと笑いを堪えるようにして、彼女がつぶやいた。
「ああ!?」
「うで、まくら、うでまくら! うでまくら!」
彼女が顔を覆っていた手を離せば、見事にはにかんだ口元が見える。本能的にまずいと感じたときには、彼女の両手が俺の両頬を捕まえていた。お互いが見つめ合う格好に、彼女は恥ずかしさを含んだ困り笑顔で「ふへへえ」と吹き出した。楽しいね、と、言わんばかりに。
まずい。まずかった。
何がまずいかはわかっていた。そうなる前に、本能的に避けようとしたのに。
俺が。俺が。
俺が、笑ってしまう。
「ぬうん!!」
「ひゃ」
ご要望どおりに、枕と首の隙間に俺の腕を滑り込ませる。彼女が驚いている間に、俺は彼女の手を振り切って顔だけを逆に向ける。眉間に最大限の力を込め、歯を食いしばる。笑ってたまるか。そんなもん、見せてたまるか。
「っ! ふ、……っ、く、くふふふ」
やっぱりメルは笑う。楽しそうに、幸せそうに笑う。
「何が、楽しいんだよ」
「んー? ふふふ、なんでもないよう」
口ずさむようにそう言って、彼女がおでこを俺の首のあたりにうずめた。チラリと目を向ければ角の生え際が見える。髪の毛がくすぐったい。
ずり。
「……っ」
彼女のふとももが、俺の両足の間に侵入してくる。俺のモノが彼女の腰に密着する。やわらかい胸が俺の体に押し当てられてぐにゅりと変形する。彼女の髪の匂いが香る。吐息が熱くてくすぐったい。笑い声がくすぐったい。
彼女自身が、彼女の肢体が、俺の脳を殺しにくる。こうして密着しているだけで鼻血が出そうだ。
「お、い」
彼女は猫のように喉を鳴らして応える。俺のため息が震える。
俺のモノはすでに手遅れな状態で、もちろんメルもそれに気付いているはずなのに何も言ってはこない。ただ満足そうに息を吐くだけだ。それが逆にもどかしい。
ほんの僅かな身じろぎだけで、それこそメルが呼吸を繰り返すだけで、彼女の体の至る部分が甘すぎる毒になって俺の体に侵食してくる。頭の働きが鈍くなる。触れる体、感触、柔らかさ、肌の熱。皮膚の内側の神経ばかりが過敏になって、頭はどんどん馬鹿になっていく。俺が勇者から人間の男になって、そのうちただのオスにされてしまう。きっと抱き寄せるだけで、感嘆するほどの気持ちよさがそこに待っているだろう。
「ねえねえ」
「……なんだよ」
くすくす笑いをやめた彼女が、それでも甘えるように俺を呼ぶ。
「わたしにも、さ、レベル奪って欲しいって、言ってくれないかなあ」
……?
こいつはいきなり何を言っている?
「あれ、違った? えーっと、奪って欲しいって、言ってくれないかにゃあ?」
「可愛く言おうがダメに決まってんだろ」
「あれ、可愛かった?」
「い、や、可愛くはない」
「うそー、ふふふふ」
彼女が少し体を丸めて笑う。その僅かな動きにも、俺は歯を食いしばる。
布団に入れろだの、こっち向けだの、挙句に「うでまくら!」だのと散々な要求をした上に、さらには無条件降伏しろとおっしゃるのか。この方は。
「だめー?」
メルは目を細めて俺を見上げる。俺は返答に詰まる。
なんだこの、酷く雑なお願いは。それこそ薬草を買うついでに魔王倒してきて、なんてレベルの雑さ加減だ。まかり通るはずがない。
俺がすこーし彼女の体で頭がふわふわしてるからって、さすがにナメすぎだろうと思う。
「言うわけないだろ、そんなの」
「うん、でもね、言って欲しい。言って欲しいな」
「言いません」
「じゃあ、別にいいですよーだ。ふふふ」
メルの引き際が思いのほかあっさりしすぎていて、俺はつんのめりそうになる。
「な、なんなんだよ……」
「ふふーん、わたしは今もう十分に満足なのです」
俺はふつりと浮かんだ感情に……いや、メルの恥ずかしそうな笑顔を見せられてからずっと湧き出してくるその感情に、知らない振りを決め込もうとした。だがそれは失敗に終わった。否定しようとすればするほど、存在感を強めていくその感情が、鬱陶しかった。
弱りきった息を天井に向けて吐き出す。俺は何をやってるんだ。もう前提をどこに据えていたかもわからなくなりそうだ。
逃げ出す。ここから出る。そう、ここから出るんだ。仲間に助けてもらうか、自力で脱出して、旅に戻るんだ。それが正しい。
そして現実へと顔を向ければ、でかい猫みたいなのが一匹、俺に身を寄せてうれしそうに笑っている。これが今。紛れもない、逃れようもない俺の現在だ。
「幸せだよう」
そら、なによりでございます。
俺はいろいろなコトにふて腐れながら、手を伸ばした。
------------------------
「……」
「……ふぇ?」
これはちょっとした試み。
ただの実験だ。実験。別に、他意があるわけじゃない、とかいう言い訳はそろそろ潮時かもしれない。
「……ぁ、う、え?」
顔を離して見上げる瞳には明らかな困惑が見て取れる。俺は目を閉じてその視線をやりすごす。彼女の喉がひゅっと鳴った。かまわずに俺はソレを続ける。
角の表面は少しザラついている。彼女の髪は滑らかだ。摩擦の少ないそれは、手を添えるだけでゆるりと撫でるように滑っていく。メルが蠢いて、彼女の腰に触れる俺のモノにわずかな刺激が加わる。ぞくりとする気持ちよさにイラついて、俺は余計に優しく彼女の頭に触れる。撫でる。
メルがあわあわと何かを言っている。俺は目を閉じたまま素知らぬ顔で手を動かす。彼女が俺の名前を呼ぶ、俺は無視をして髪に指を通す。彼女が体を硬くする。手串のようにゆっくりと撫で下ろせば、背中を丸めたでかい猫が小さく鳴いた。かまわず、赤子をあやすように頭に数回触れる。その回数が4回か5回になるか、というところで、俺の両頬が圧迫された。メルの両手の感触。彼女が身を乗り出して、その頭に触れていた俺の手が置き去りにされる。
目を開ける。メルが俺を見ている。鼻の触れそうな距離で、爛々とエネルギーに満ちた二つの瞳がまっすぐ俺を見ている。近すぎて顔色すらわからない。
ああ、食われる。それが最初の感想だった。被捕食者。命の危機を感じたわけではない。ただ、食われる。彼女に飲み込まれる。そう感じた。なすすべなく、ただ圧倒的な力に包み込まれて、俺がもらわれてしまう。これが彼女のサキュバスとしての本能なのか、それとも別の何かなのかはわからない。
「勇、者、くん」
「何もしないんだよな?」
間髪入れない俺の発言に、彼女が口の中でヒッと鳴いた。こんな状態で俺が平静を保てているように見えるのは、平静でいることを諦めたからだ。
冷静になりたいと思うからブレるのだ。否定しようとするから揺れるのだ。
どうした所で俺は俺の感情から逃げられない。それがどれほど鬱陶しくてもどうしようもない。どうせ俺はドキドキしてしまうんだ、どうせ興奮してしまうんだ。
どう抵抗したって、メルは、可愛いんだ。
「何もしないんだよな?」
俺は確認するようにもう一度言って、またその髪に触れる。
メルが口を一文字に結んだ。
「……ずるい」
震えながら捻り出した一言はずしりと重く、低く響いた。
「そんなの……、そんなの! 勇者くんは、あう、その、ああもう、ずるいよ!!」
的確な罵声が思いつかなかったらしい。俺は心の中で「左様で。」と返し、彼女の角の生え際のあたりをくすぐるように撫でる。彼女の体が小さく跳ねる。
「なんで、そんな、いきなり、っていうかさっきからこんな、こんな優しいことされたら、ねえ、いい? ねえ、いいよね、いいよね? わたし」
顔を真っ赤にして、彼女が涙目で訴える。何がいいのかなんて野暮なことは聞かずに、俺は決まり文句のように口にする。
「何も、しないんだよな?」
彼女の息が荒い。今すぐ性的に丸呑みにされてもおかしくはない。予想以上に律儀な様子に俺は苦笑しながら、優しく彼女に触れる。
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
メルは何かに必死に耐えながら、浅い呼吸を繰り返す。
ああ、面白い。反応が可愛い。なんだこの生き物は。
俺の中の俺がうすら寒い笑みを浮かべる。手を一度ゆっくりと離し、髪との間に差し込むようにして、その頬に優しく触れる。彼女がびくっと震えた。
その表情を見ようと目を開ける。何かに必死に耐えるようにぎゅうと目を瞑っていた彼女が、意を決したように目蓋を開け、俺を見返した。艶のある唇が何か呪文のようなものを唱えた。
魔力が形をなす。覚えのある魔方陣が一瞬強く光を発して、すぐに薄くなり、定着するように動きを止めた。拘束の魔方陣だった。
メルのキッとした表情はしだいに口元が緩んでいき、眉を曲げ、物欲しそうに俺を見上げていた。
俺は今起こったことがすぐには信じられず、確認のために手足を少しだけ動かしてみる。普通に動く。
……まあ、そうだよな。そういうことでいいんだよな。
彼女が動きを封じたのは俺の体ではなかった。
魔方陣は、彼女の背中で光っていた。
恐らくは、彼女が後ろに回した両手を封じていた。
つまるところ、彼女は自分で自分の動きを封じたのだ。
――――――――。
彼女の潤んだ瞳にぞくぞくする。黒い感情が渦巻く。
いま、まさにいま。俺はこの先にはもう一度も手に入れられないような機会に遭遇している。ここに連れてこられてから初めての圧倒的優位。いまメルは両腕が使えない。行動を起こすならば今しかない。チャンスはきっと、これっきりだろう。
だけどそんなことは、どうでもよかった。
「ぁ、ああ」
俺が頬に触れた手でそのままゆるりと撫でると、彼女がか細い声をあげた。
いまのうちに逃げる? 冗談じゃない。
こんなに面白い玩具が目の前にあるっていうのに。
「どうした?」
頬に手を滑らせるたびにぎゅうと目を瞑る彼女を、俺は眺める。わかっていることを尋ねる。
自分の体が熱くなっていくのがわかる。息が少しずつ乱れていくのを感じる。
「あ、う、だって、襲っちゃう、から」
やめてほしくない。ただただ俺に触れられていたい。その気持ちが、表情が、俺の体に熱を注いでいく。
その頬に、髪に、喉に。撫で、さすって、くすぐって。抵抗できないまま可愛らしく鳴き続ける悪魔をひたすら愛撫する。彼女の瞳が色と情に染まる。赤いほっぺが可愛らしい。切なそうに俺を見上げる表情。ああ、酷く下半身にクる。
もし彼女が暴走してしまったら、その気になれば、自分で扱う束縛魔法なんて解除できてしまうだろう。それでも俺は続ける。
湿気った導火線のすぐ近くで、火打石を打ちまくっている。火が点くはずはない。それでも何かの間違いで点火されてしまえば、その導火線の向かう先、爆弾の在り処は俺の体だろう。俺を破壊してしまうどのバケモノを呼び起こしてしまうか否か、そのギリギリで刺激を与えるような破滅的なスリルに毒されていく。
「ん、んん、んっ」
髪を掻き分けて、そのまま耳に触れる。思ったより柔らかい感触。自ら両手を封じたまま、彼女は体を震わせる。酷く可愛い。酷く興奮する。
その昂ぶりにつられていく。俺のモノが彼女の体にこすれるたびに、彼女をもっといじめたくなる。愛したくなる。襲いたくなる。
「やあ、もう、やだあ」
弱りきった声で、俺に訴える。動きたいと、俺を襲いたいと、体をくねらせる。
「……やめる?」
「やっ、やだあ! やめないで、やめないでえ」
彼女の切羽詰った声に、俺のモノがいきり立つ。脳がくらりと揺れて、視界が少しぼやける。
ああ、俺がこのまま襲ってしまったら、きっとすぐに彼女は暴走するのだろう。させてみたい。どうなるのだろう。どんな反応をするのだろう。
例えば、例えば。
「ふ」
「ぁ」
手をメルの後頭部にまわし、俺は背中を少し丸めた。
吐息がかかる。
彼女が俺の行動に気付いて、そのすぐ先の行為を予感している。まつげが長い。吐く息が甘い。彼女の唇が少し開いた。
俺は――――――――――――。
はあ、ふう。
しんと静まった部屋にお互いの呼吸だけが聞こえる。
俺の彼女の頭を引き寄せ、押さえ込み、俺はその上に顎を乗せている。
「あぶねー……」
自嘲まじりにため息を吐く。目を閉じて自らを振り返る。
何をしてんだ、俺は。
「……」
メルは肩を上下するだけで、何の反応も示さない。
恐ろしいほどの衝動だった。危うくサキュバスの手管にやられるところだった。危ない危ない。
なんてね。
「ぶ、ふ」
俺は自分のしょうもなさに吹き出した。
別に彼女が俺を篭絡しようとしたわけじゃない。手管もくそも、いまの一連の流れで彼女が俺を本気で誘惑しようなんて素振りはまったくなかった。ただ俺が勝手にその気になって、乗り気になって、やる気になってしまっただけだ。
本当に仕様の無いことだ。俺は、何をやってるんだ。
「んー……」
どれほど時間が経ってからだろうか。静かだった猫が不満そうな声をあげた。
「どうした」
「いまの、すごかった、のに」
「……すごかった?」
「すごかった」
よくわからないので、深く考えないことにする。
どうやらさっきのは彼女にとってすごかったらしい。
「もー絶対許さない」
「……許さないって、布団の中いれたら許すって言っただろう」
「そっちじゃない。もーわたし許さないから」
メルは俺に手を押しのけて顔を離した。言葉の割りに口元がにやけている。
「絶対許してあげない」
笑いそうになるのを我慢するような顔をして、彼女は自身の束縛を解いた。
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「本当に30回でいいんだな?」
「そう、30回。簡単でしょ?」
言いながら、メルが着けていた布を取り払った。豊かな双乳がたぷんと零れる。それを支えるように、彼女の両手の指が突起の部分を隠した。滑らか過ぎる曲線と綺麗な肌色があまりにもいやらしい。
「ほら、ここ」
突起を隠す指で、広がった胸の中心を差した。目下に広がる光景に、俺は思わず喉を鳴らす。
まさに襲い掛かるような姿勢で彼女の上に覆いかぶさり、その下でメルが据え膳状態になっている。
一度きつく目を閉じて、息を吐いてから、もう一度開く。
だめだ。どうにか目の前の景色から意識を外すか、もしくは別の何かに挿げ替えたいのに、彼女がその膨らみの先端部分を隠すようにしているせいでエロいものにしか見えない。おっぱいにしか見えない。
「ふふ」
メルがからかうように笑う。
隠しているせいで余計に卑猥ではあるが、だからと言って手をどけられたらそれはそれで俺が困ることはわかりきっている。
彼女の両脇のあたりに立てた腕がしびれる。
メルが指先を少しくねらせると、そのふざけた大きさの乳がむにゅりとうねる。たったそれだけのことで、ほんの一瞬、顔を挟まれたときの感触が襲い掛かってくる。
「……っ」
本当にいま、実際にその双乳に挟まれてしまったのかもしれない。そう感じるほど鮮明に、淫らで、桃色な感触が顔を覆った。メルのおっぱいも、ミルのおっぱいも。思い出せる。思い出すことを強制される。
メルに初めて顔をソレで犯されたときの感触、口の中で転がる乳首の硬さ。それがどれほど幸せだったか。
ミルのソレを後ろから揉んだときの感触。手のひらに吸い付く柔らかさ。布の内側に手を招きいれられたときの興奮。自我を失った自分。
体が重い。支える腕がしんどい。力を抜いて楽になってしまいたい。呪縛が明らかに強くなっている。
「ほらあ、どうしたの?」
メルが小首をかしげる。俺は意を決する。
必死で腕を折り曲げる。綺麗な肌色が眼前に広がる。さらに近づく。重力に平たくなるおっぱいの中心、浅い谷間。
ちゅ。
「んんう、ふふ」
くすぐったそうに彼女が身をよじる。俺はなんとか踏ん張りながら、体を持ち上げる。
「おもったよりくすぐったいかも」
腕立て伏せ30回。
これをクリアすれば、外に出してくれるというのだから是非もない。
「いっかーい」
俺が完全に元の姿勢に戻ったのを見て、彼女が数をかぞえた。
「……く、う」
彼女が提案した当初はそんな簡単なことでいいのかと疑ったが、想像以上に困難で、そしてあまりに馬鹿げた勝負だった。
普段の俺なら、腕立てなんて何回だってやれるのに。
「さーんー、ほらがんばれー」
支える腕が震える。もう脱力して、ソコへ飛び込んで、思いっきりむしゃぶりつきたい衝動に駆られる。きっとそれは楽で、柔らかくて、えっちで、幸せなことだろう。
「いい調子だよー。ふふ、これで負けちゃったら、ここから出ることよりおっぱいの方が大事ってことになっちゃうもんねー」
背中にゴーレムでも乗っているのではないかと思うほど体が重い。言うことをきかない。額から伝う汗。鼻の頭からぽっと一滴、彼女の胸の中心に落ちる。
全身を引っ張る重力は彼女のおっぱいに吸い寄せられていくようで、いっそ力を抜ききって、その柔らかい丘に甘えてしまえば、一気に開放されるような予感すらしてくる。
「きゅーうー」
彼女の肌が唇にほのかな感触を残す。重力の中心。一番重い場所から、徐々に曲げた腕を伸ばしていく。持ち上げる。
大丈夫、なんとか。
なんとか、これで。
「はーい10回! LV1クリアだねえ、ここからLV2だよ?」
彼女がソコから指先を離す。ぴんく色の突起を目の前に晒されて、頭がくらりと揺れた。気合で踏みとどまる。
「ほーら」
彼女が両側からむにゅりとおっぱいを寄せた。彼女の手の動きに逆らうことなく盛り上がる。あまりに柔らかすぎるせいか、寄せられたままふるふると震えた。ああ、おっぱいが。
見蕩れる。幸せの象徴。
程なくして俺は息を吐き、目を閉じた。
「なんだよ、それ」
「だって外に出たいんでしょ? どんなにおっぱいされちゃっても負けるはずないよね?」
俺が目を開けると、彼女が少し首をかしげて流し目を向けてくる。
暗に、「どうせ負けちゃうんじゃないの?」と言われている気がした。
俺は歯を食いしばる。どれだけ気を奮い立たせても、待っているのは敵ではなく、馬鹿げた二つの塊なのだ。なんともアホらしい。こんなことに苦戦させられている俺は一体何なんだ。
「ふー……」
つんとこちらを向いた突起。ガクガクする腕をなんとかなだめて、折り曲げていく。きっと時間をかけるほど辛くなる。一気にケリをつけたほうがいい。
深い深い谷間が迫る。喉が鳴る。頭がぼっとしてくる。ああ、クる。それがクる。
「はやくう」
肺が膨らむ。唾液が出てくる。期待している。だめだ。考えるより。やるしか。
飛び込む。
「あふ」
「やん」
ああ、知っていた。コレを知っていた。この幸せを知っていた。
目の前が暗くなって、白くなる。予感していたソレが、期待以上のソレが、顔を覆って俺を悦ばせてしまう。ああ、いやだ。悦んでしまう。嬉しくなって、幸せでたまらなくて、陰茎が反り返ってく。
眉が寄る。口が開く。歓喜に胸が苦しくなる。俺が開放されてしまう。
「し、ぎ」
顔を歪めながら、俺は決死の想いで腕に力を入れる。
はやく、離脱しなければ。
「どうしたのー?」
彼女が優しく問いかけてくる。俺はそれを無視する。
上がれ、上がれ。はやく水面に顔を出さなければ、悦びに溺れてしまう。
「ふ、う、うう」
おかしい。
死ぬ気で力を込めているのに、まったく抜けられる気がしない。
なにが、なんだ。これは、どうして。
「もー勇者くん、いつまでそうしてるの?」
急に視界が開ける。顔を覆っていた幸せが離れていった。それなのに、なんだか全身が温かくて、気持ちがいい。朦朧とする頭を少しだけ持ち上げる。そして知る。
自分が、体を完全に彼女に預けてしまっていることに。自分の体をまったく支えられていなかったことに。
「ほら、いまのはオマケで見逃してあげるから、がんばろ?」
顔がさらに熱くなる。俺はいつのまに負けていたんだ。
羞恥心と悔しさに顔を歪める。それでも、俺を支配している呪縛が幾分軽くなる。腕に力を込める。動く。持ち上げる。彼女が楽しそうに口を開く。
「じゅーいち」
息を整える。はあ、ふう。
彼女がくすくす笑いながら、またそれをむにゅりと寄せる。谷間が深くて嫌になる。それに顔を潜らせる自分に、そのとき沸くであろう男の感情に嫌悪する。未来の自分が狂おしいほどの幸せに悦んでいる。殴りつけたい。幸せすぎてぶちのめしたい。
はあ、ふう。
違う違う違う。気持ちがいいかそうでないか、ではない。嬉しいか嬉しくないかではない。
ここから出られるか、負けるかなんだ。
あまりのおっぱいに前提が崩れそうになる。まったくふざけた乳だ。俺は出る。ここから出る。これは、そのための勝負。
「……ぐ」
姿勢を下げていく。それが近づく。
もう知っている。そこがどんな場所なのか知っている。戦いに疲れたあと、秘湯につま先からゆっくり入っていき、全身が浸かる一瞬前のような逡巡。
ああ、くる。絶対にくる。
幸せが。
「んああ、あふ」
「ひゃっ! もー……」
埋もれる。
ああ、もう。泣きたくなる。俺が幸せで泣きたくなる。肌色に負ける。
もう。もう嬉しい。こんなにもいい。彼女のおっぱい。おっぱいの中。顔を挟んでくれる彼女のおっぱい。嬉しい俺を殺したい。死んじゃえよ。もうだめだ。これが好きで、もう。
「勇者くん、だめでしょー?」
きっともう負けている。それはわかる。わかったところでどうしようもない。だっておっぱいがある。それが俺の顔を挟んでくれている。
嬉しさが神経を焼ききって、気を失いそうだ。
肌。肌。白くなって、暗くなって、おっぱいで。メルのおっぱいの中で。顔の端まで吸い付いて、全部おっぱいで。どうなってる。ほっぺがふにふにってなってて。すべすべで。俺の顔を挟んでて。やっぱりおっぱいで。
「ん、ふ」
「もう、可愛いなあ」
さわさわと撫でられる。後頭部を撫でられる。彼女に包み込まれる。優しくされてしまう。
腐る。どんどん柔らかくなって、ぐちゃぐちゃになって、彼女に負けていく。負ける。負けた。負けていればおっぱいしてくれる。優しくしてくれる。ああ。
「ちょっとだけ休憩しよっか、ね?」
おっぱいがうねって、頭がちょっと動かされて、ふかふかした枕で、目の先でそれがツンとこちらを向いていた。
あ、あ。
「ほらー、おっぱい吸ってもい、あっ、やん」
「んっ、んっ」
ぴんくの突起にむしゃぶりつく。おっぱいがある。くれる。だからしゃぶりつく。当たり前。
「も、もー、はやいよう、んっ」
「んふっ、んくっ」
頭を撫でられる。頬を撫でられる。焦らなくていいよ、ゆっくりでいいよ。彼女がささやく。
俺は焦る。たまらない。くれる。舐めたい。吸いたい。
「んあ、あ」
「落ち着いてー、ほら大丈夫。おっぱいは逃げないよお」
頬を撫でられる。心を撫でられる。吐息が漏れる。だんだん落ち着いてくる。
「そー、ゆっくり休憩しようねえ」
彼女を与えられる。メルが俺を包んで、メルをくれる。嬉しい。
「いいこいいこ、ふふ」
それをゆっくり舐めあげると、やや持ち上がってから、ぬりっと逃げる。感触が楽しくて、嬉しくて、あまりにえっちで。何度も舐める。
ああ逃げちゃう。何度やっても、捕まらない。おっぱいが逃げちゃう。乳首が逃げちゃう。いやだ。いて欲しい。吸い付く。吸う。ああ、いてくれる。ずっと口の中にいてくれる。
ああ、落ち着く。メルがいる。ここにずっといる。
「さすがに罰がないとね」
ひどく重い。
先ほどまで自分がいた場所。楽園。それが俺を呼んでいる。ぴんと立った突起が、俺を招いている。とてつもない引力。重い。ひどく重い。吸い込まれそう。吸い込まれたい。吸い込まれて吸着されて、そのまま逃げられなくなってしまいたい。
「う、ぐ、う」
「もー、支えてるのがやっとだねえ? 大丈夫? もうちょっと手伝ってよっか?」
彼女の力を借りて、また俺は腕立ての姿勢に戻っていた。戻りたくなかった。別れが悲しかった。現実がまるで俺に説教をするかのように迫ってくる。腹が立つ。
なんで俺は、外に出るためにがんばらなきゃいけないんだ。なんで俺は勇者なんだ。魔王を倒すだとか、誰が決めたんだ。
ああ、それが正しいからだ。それが世間だからだ。俺はまだ、がんばらなきゃいけないんだ。
なぜ。なんのために。
「辛そうだねえ……、まあでも、罰は罰だから。カウントは0に戻すからね? 一回でクリアできない勇者くんがいけないんだからね? ふふふ」
しゅるしゅると音がして、えもいわれぬ感触が下腹部を襲う。やけに覚えのある感覚に、ほんの一瞬、息の仕方を忘れる。
くにゅり。
「あふっ」
崩れる。落ちる。俺が落下する。
メルの両腕が俺の胸のあたりを支える。俺は片肘をつかされる。体が斜めに傾く。メルが近い。アンバランスな体勢のままその箇所に目を向ける。メルから伸びた黒い尻尾が、俺の陰茎に巻きついている。
「えへへ、自分で触るときと似てるでしょ? 次からはもっと急がないと気持ちよくなっちゃうからねー? こんなかんじで」
くぬ。
ソレがもう一度上下に動いただけだった。充分だった。メルのおっぱいに甘えたせいで準備はしっかりできていた。
俺は無様に声をあげる。足がぷるぷると震える。気持ちよくて涙が出そうになる。こんなことをされて、腕立てなんてできるはずもない。
「ほらほら、がんばろ? わたしのおっぱいより大事なことがあるんでしょう?」
支えている両手をそのまま押し出すようにして、メルが俺を起こす。されるがままに、俺は両手をつき直す。できる気がしない。
「それじゃあ最初からね。だらしない勇者くんには今度はLV2でスタートしてもらうね」
そう言って、メルは俺の様子を伺いながら、そっと離した手でむにゅりと谷間をつくる。
さっきまで自分が包まれていた場所。視界の端がだんだん暗く、狭くなっていく。それしかみえなくなる。浮かぶは桃の色。ふわりと包んでくれるメルの香り。寄せられて膨らんだおっぱいの先で、綺麗な突起がおいでおいでしている。
くに。
「んあうっ」
唾液が口から漏れそうになる。ひとりの勇者がサキュバスを前にして、素っ裸で、生まれたての小鹿のようになっている。あまりに無様。なんて情けない。
くにゅ。
「んっ、んんっ」
メルの尻尾がやさしく上下する。えっちで気持ちよくて、たまらない。
目の前。メルのおっぱい。圧迫されてひしゃげた柔らかいおっぱい。ああ、おっぱい。メルのおっぱい。
くにくに。
「んふう、んああ」
尻尾は上下する。メルの極上のカラダでオナニーをする。させてくれる。メルのいやらしい視線にくらくらする。いまの俺を笑っている。酷く興奮する。
ぐにゅ。
俺は鳴く。変態のように体を震わせて、くねらせて、必死に耐えながら、気持ちよさをもらう。たまらない。もっと欲しい。
欲しくなっては、いけない。
「ほらほら、早くしないと気持ちよくなっちゃうよ? まず一回頑張ってみようよ。そしたら、それを積み重ねていけばいいんだよ」
メルがやけに建設的に応援をしてくれる。その口元は笑っている。いやになる。彼女が楽しんでいることが、いじめられることが、悔しくて、嬉しくて、悔しい。
ガクガクする体を無理やり降ろしていく。おっぱいが近づく。谷間が近づく。また尻尾を上下される。歯の間から声が漏れる。
さらに近づく。目と鼻の先。どうせだめになる。そんなことはわかってる。じゃあなんでこんなことを続けている。なんでこんなに苦しい思いをしている。
くにゅくに。
「んっ、あっ」
苦しくないと、いけないから。
ちゃんと苦しまないと、言い訳ができないから。
「いいよお、おいでー」
限界まで苦しんだって、最後まで頑張ったんだって思えれば、許してあげられるから。
ちゃんと苦しまなければ、おっぱいは許されないから。
俺はメルのおっぱいを、許されたい。
「あふん」
「あっ」
ああ、谷間の中。メルのおっぱいの中。ああ、ああ。
触りたい。腕立てなんてどうでもいい。触りたい、揉みたい。腕が信じられないほど軽い。体が軽い。開放される。俺が俺に許される。
「こーらー、勇者くん?」
自分の手がそこへ向かう。素肌に触れる。柔らかい肌、そしておっぱい。凝縮された魅力が、手のひらに襲い掛かる。負けるべくして負ける。手のひらが負ける。誘惑に負ける。
「ん、あ、もー、だめでしょー?」
自分の手で顔に押し付ける。埋める。埋まる。密度。隙間なくおっぱい。俺の顔と、メルのおっぱい。好き。好き。
そのまま揉み込む。手まで幸せ。手のひらに当たる突起に、気持ちが限度を超える。えっちでいやらしくて、もうどうしていいかわからない。
どうすればいい。俺はこのおっぱいをどうしたらいい。
「やん、もう、まったく、いけない勇者くんだね?」
自分の両腕が外側に引っ張られていく。おっぱいが触れない。離れていく。なにが起こっているかわからない。
「あ、あ、ああ」
「情けない声出さないのー、ほら、腕立ての途中でしょ?」
元の位置に手が固定される。動かない。きっとこれはメルの魔法。
嫌だ。許してほしい。
触れない。おっぱいが顔から離れていく。嫌だ、嫌だ。
「あんまりこのままの体勢が続くようだったら、LV3に入っちゃうよ? まだ一回もできてないのに」
そう言うか言わないかくらいで、おっぱいが帰ってくる。顔に帰ってくる。メルが寄せてくれる。
「あは、あぁ……」
ひどく安心する。また興奮する。興奮できる。おっぱいしてもらえる。
「ほら頑張らないと」
ぐにぐにゅ。
「んああああっ」
「ふふ」
してくれる。尻尾で俺のモノをしてくれる。おっぱいしながら。おっぱいのまま。ああ。
「ほらあ、LV2のうちに頑張ろう?」
くにくにくにくに。
「んふう、んぐ、あぇっ、はあ」
刺激に体が踊る。踊らされる。嬉しくてたまらない。
足りない。もっと強くしてくれないと、イけない。もっといっぱいしてほしい。絶え間なく、俺をいじめて。
くにゅ、くにゅ。
「んっ、んっ」
優しい扱き。よだれが出て止まらない。
おっぱいのまま。この中でいきたいのに。
「ふふふ、もう、だめな勇者くんだなあ。じゃあLV3始めちゃうね。ほら、ぱふぱふぱふ」
「――――ッ! あふっ、んああっ」
「すりすりすりー」
揉みくちゃにされる。もうわからない。幸せがわからない。右の頬が左で、おでこから、肌が、おっぱいが、むにゅって、左目、挟んで、全部、光、おっぱい、メル、メル、メル。
「ほらー、ここから脱出するんでしょ? がんばれー」
陰茎が扱かれる。どうにもならないから、たまらないのかも、わからない、わからない? 何も。もう、おっぱいしか。好き。きもち、あ、ああ。
「がんばれがんばれー、ほら、腕に力入れてえ」
ぱふぱふ、すりすり。
「負けないんでしょう? だって、外に出たいって言ってたもんね」
くにくにゅ、ぐに。
もう、好き。好き。メル好き。メルが好き。おっぱい、おっぱいいいい。
「ふふふふ、全然動けないねえ。じゃあ尻尾の動きだんだん早くしちゃうから、最後まで諦めちゃだめだよ? ほら、がんばれー」
くに、くにゅ、ぐにゅ。
頑張れない。頑張りたくない。無理。おっぱいがいい。このままえっちでいたい。負けちゃった。負けちゃった。おっぱい好き。気持ちいい。尻尾気持ちいい。
くにゅくにゅくにゅくにゅ。
「ほーら、だんだん早くなってきちゃったよ? 頑張らなきゃ」
いやだ。気持ちいい。たまらない。このままいきたい。
許して欲しい。メルに許されたい。イくことを許されたい。俺もう、だめ、だめだから。
くにくにくにくにくにくにくにくに。
「あっ、ああっ、んあっ、あっ」
「イく? イきそうなの? 外出れなくていいの? おっぱいの方が好きなの?」
くすくす笑われて、下半身の底から昇ってくる。外に吹き出ようと昇ってくる。
「俺、おえ、ああっ、メル、メルぅううううううう」
許して、許して。イっちゃう。頑張れない。
「そっかー、出ちゃいそうなんだねえ」
メルが笑う。もう耐えられない。ごめんなさい、ごめんなさい。
「それじゃあ、上手にぴゅっぴゅしようね。ほら出して出して。がんばれがんばれ」
あっ、あっ。
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髪を撫でられている。
気持ちがいい。何も考えられない。
「上手にできたねえ、えらいえらい」
心が温かい。メルが温かい。体温が心地いい。
解き放ったあとの、まどろみ。泥のようにどろどろ。俺が溶けて、メルに混ざっていくような。とろっとして、どろっとしてて。幸せ。
「ふふふ、絶対に許さないって言ったでしょ?」
メルが優しくささやく。笑い声がくすぐったい。好き。
「勇者くんがここから居なくなるなんて、もう絶対許してあげないから、ね?」
ここを出られない。許されない。
嬉しい。俺はここに居られる。
ずっと、ずっと。
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