「プラチナの冒険者ともあろうもんが……」
「はあ、はあ、す、すみません」
 
 俺は椅子に腰掛けたまま、ひざにひじをついて、両手で顔を覆う。
 そのままごしごしと顔をこするが、取れるのは鼻の脂ばかりだ。
「処置は終わりだ」と心底呆れた顔をしながら、知り合いの聖職は杖を置いた。「やることはやったが、症状が軽くなるだけで消えるわけじゃない。わかってるだろうが、……わかってるよな?」
「わ、わかってますよ」
「ならいい、もう行け。こんな初老の男のまえで前かがみになるような知り合いを持った覚えはない。不気味でかなわん」
「……はい、ありがとうございました」
 俺は礼を言って立ち上がる。
 聖職のおやっさんは顔のしわを深め、まるで俺を追い払うようにしっしと手を振った。こんなぞんざいな対応の裏にも深い愛情があることを俺は知っているので、ほんとうに、ほんとうに頭が上がらない。
 
「……はあ、ふう」
 寂れた聖院を出る。
 俺は息を整えながら、できる限り人のいない通りを選んだ。昨日からおさまりの効かない下半身はいまもズボンを突き破らんとする勢いで、とても大通りを歩けるような状態じゃない。これほど不健全な妄想漬けにされて、いまの自分がまともな顔をしているとも思えない。最悪、女性とすれ違ったら衛兵を呼ばれかねない。
 たしかに症状はマシになったけれど、まだ気を抜けば、光景が目の前に浮かんでくるようだ。
 
 サキュバスと遭遇後の自慰行為は、コモンスキルの「心に深く刻む」を誘発する。
 ということを俺は初めて、体で理解した。
 これがサキュバスの能力なのか、それとも生まれつき人間に課せられたバグなのかはまだ判別がついていないらしい。男のスケベ心がそうさせるのか、サキュバスが編み出した呪いのようなものなのか。
 どちらにしろ健康には問題ないけれど、昨日からひたすら天国と地獄をさまよっている。
 なにせどこにいてもテテアが目の前に出てくるのだ。
 それはもうくっきりと、香りや体温まではっきり感じられるほどに。
 気を抜けばすぐに意識が妄想に引きずられて、陰茎をおっぱいで扱かれるあの感触が何度も襲ってくる。求めればいくらでも思い出せる。なぜなら「心に深く刻む」がそういうスキルであるからだ。
 右手が下半身に伸びそうになるのを歯を食いしばって耐えたが、とても何日も持たないと感じた俺は恥を承知でおやっさんの聖院を訪ねた。そして今だ。
 
「……はぁー……」
 話によれば、心の求めるがままに手を動かしてしまい、甘い記憶がどんどん重複して廃人になってしまったケースもいくらかあるという。自慰狂いの男の四肢を縛り付けての治療は本当に気が滅入るそうだ。
 ただの一回でここまで重い症状を受けてしまったのは、おそらく俺の自慰行為がまさにコトの直後だったからだろう。記憶が鮮明すぎた。
「……っ!」
「あ」
 振り向いた先の女性が、その表情すら見えない早さで顔を背け、小走りに去っていく。声を掛ける暇も弁解をする暇もない。
 通行人がここまで怯えるほどに俺は盛った狼に見えるらしい。
 無理もない。頭の中はいまも女、女、女。
 ロングスカートから覗く足首すら生生しくて、とても自制できたもんじゃない。聖院に向かうまでに視界に入った乳房や腰つきは数知れず。それが厚いプレートに隠されていようと、相手が五、六十のおばさんだろうとおかまいなしだ。オンナのカラダに飢えている。
 あるいは性交をすることでサキュバスの記憶から開放された事例もあると言っていた。
 オナニーがダメなんだ。誰かほかの人の手で――――それこそ今夜あたり“そういうお店”にいけば俺も楽になるかもしれない。
 臆病と言い訳のような潔癖が合わさって、そんな場所には絶対に行かないと決めてはいたけれど、今夜初めて俺は自分の足で蒸れた夜の世界に向かうのか。
 というか。
 行かないとたまらない。
「だれでも、いいから」
 吐き捨てる言葉にすら熱がこもる。
 まずは人目の付かない宿で横になろう。
 
 
 
「うぁ、う、くう」
 俺は自らの無様さに、腕をかきむしる。
 宿は主人の態度も悪く、清掃状態もあまり良くなければ当然、人も少ない。
 シーツの上でうずくまって、顔面を押し付ける、忍耐を試される終日、町外れの夜。これから夜の街に出向くのではない。もう出向いてきた後だ。
 出向いて、そして、追い払われた後だ。
「ああ、う」
 客引きの女の子の顔。可愛かったなあ、というくらいしか思い出せない。
 それよりも薄手の染め布に包まれた身体。鼻腔を舐めるような香水の匂い。大きく開いた胸元と露出した脚。そんな部分ばかりが目に焼きついて離れない。
 そんなに俺の目は血走っていたのだろうか。
 そんなに俺の息は荒かっただろうか。
「くう、うう」
 入店する前に断られたという初めての経験は、こんな状態だとか治療目的だとか、それらのことなんて関係ないくらい普通にショックで、……ただ、ショックだ。
 そのうえ肉欲が全身をめぐりめぐって、俺はそのうち陰茎ではなく自分の頭を扱き出すかもしれない。性的なことに支配された頭脳は何をしでかすかもわからない。
「ああ……」
 もてあます。もてあます。
 いっそあの客引きの子で妄想して、自分を慰めることができればいいのに。
『お兄さんっ』
「でて、くんな……っ」
 あの子ですら比べ物にならないほど、俺好みのほやほやした顔。
 比べ物にならないほど、いやらしい身体。
 鮮明さも、再現力も、そして魅力も。そのすべてにおいて上回る存在が、俺の妄想をさらなる“良いもの”にしようとして、イメージを勝手に描き変えていく。よりより興奮を、よりよい自慰を、そして射精を。それらを促そうとして、頭が勝手に適切な相手を捜し当ててしまう。
『おにーいさんっ』
「く、そ、……ああくそっ、テテア……!」
 シーツに爪を立てる。かみ締めた歯の間から息を吐き出す。
 望めば見れる。求めれば手に入る。人生最高の記憶。
 そして最低な記憶。
 俺のいま、狂おしいほど求めているものが、すべてそこにある。
 俺の頭にある。
『きもちいーんですねえ、ふふっ』
「ああ、あ」
 視界を埋め尽くす、白い肌のかたまり。
 自在に形を変えては揺らいでいる。
 ソコを。
 挟まれた感覚を。
 思い出そうと、すれば。
『んふふふふっ』
「へ、ぁ、は」
 本当にそれをされているかのように、思い出せる。
 
 耐えろ。
 
 耐えろ耐えろ耐えろ。
「〜〜〜〜〜ッ、ぐううっ」
 昨日より、それでもいくらかマシ。
 おやっさんの治療は確かに効いている。
 あとは俺が。
 彼女を。
 テテアを。その記憶を。
 どうしても手に入らない、慰み者の代わりに、してしまわないことを。望んでしまわないことを。ひたすらに。
「が、あ」
 一週間。あと一週間か。
「く、そ」
 あと一週間。
 きっと他の誰かで自分を慰めようとしても、最後の間際にはきっと、俺はきっと思い出してしまう。テテアの身体を思い出してしまう。そんな状態で、臨界ギリギリの状態で彼女を思い出したら、止まれる自信なんてない。
 昨日だって止まれなかったのだから。
 だから、おやっさんの言うように、あと一週間。
 一週間のガマン。
「くうううううっ」
 
 一週間なんて、とてもじゃない。
 
 
 
   *   *   *
 
 
 
 これを昇華というべきか否か。
 
 禁欲生活は三日目が一番キツいだなんて噂をどこかで聞いた覚えがあるけれど、こうしてギリギリ平静を保っていられるのはひとえに狩りのおかげだろう。体を動かすことがここまで気分転換になるとは思っていなかった。
 ビキニアーマーの女性が目の前を通っても冷静に目を閉じることができるし、汗のにおいが漂ってきても勃起するだけで済む。それは、済んでいる、とは言えない惨状かもしれないが、俺自身がここまでに感じた苦しみの段階で言えば、まさしく“済んでいる”のだ。
 
「ふあ、……く」
 
 町の西門の前であくびをひとつ。
 魔物狩りの出発を朝にしなかったのは人ごみを避けるためだ。人が多くなれば当然、女性の人数も増える。ビキニーアーマーの戦士も、清楚なローブに身を包んだ僧侶も、見るからに露出の多い軽装の盗賊も。今の俺を刺激するには十分すぎる。
 こうして朝のピークからズレれば冒険者の数もまばら。かわりにこの時間は商人の姿が増え始めるけれど、客を引くための店番と違って商談ごとはだいたい男の仕事だ。さっきから金の流れに聡そうな目つきが行きかっている。
 
 ――――ッ! ――――――!?
 
「うん?」
 なにやら男と若い女が言い争うような声が聞こえて、俺は門のあたりを見る。
 片方はいつも俺を爽やかに見送ってくれる門番の青年。そしてその相手は。
 相手は――――。
 
「――――ですから、通行証がなければ」
「そんな決まり、いつ、だれがきめたのですかー!?」
「ずっと昔に町の議会で決まったことです。町民の総意ですので」
「うぐぐぐ、な、ならば、あなたを倒しででも」
「はい待った、待った。はい待ってね」と、俺は二人の間に割って入る。
 会話をしたことはないが顔見知りの俺を見て安心したのか、門番の青年はほっとした顔を見せた。俺は精一杯の作り笑いを青年に向けながら、ぶかぶかのローブに身を包んだ底なしの馬鹿野郎をぐいぐいと門の外へと押し出す。
「おっ、あ、お、お兄さっ」と、黒髪の脳足りんが俺に気づいたのがわかった。
「すいません」とかまわず俺は頭を下げる。「知り合いなんで、ちょっと話をつけてきますね。ちょっとばかし常識というかいろいろ、その、人間の言葉とかも教えてきますので」
「は、はあ。お、お知り合いということであれば、通行は可能ですが……?」
「いやいい、いい、いい。全然いいです。堂々と人前に出せる生命体になれるまでまだまだ時間が掛かると思いますので」
 もがもが、と何かを必死で訴えるアホを力づくで街道の方へと追いやる。
 自分の正体が知れたら、向こうの世界に追い返されるくらいじゃ済まないことをコイツはきっとわかっていない。
 
 
 
「ハラわれるっ!?」
「そうだ」
「お金をもらえるということですね! テテアはそんなに可愛いでしょうか!」
「祓われるだバカ。消滅だよ。どんだけ自分に自信あるんだよ」
 目を丸くするサキュバスと、人気のない雑木林。
 さらさらに乾いた地面と、木々の中に溢れる緑の香り。木々は多くとも葉が小さい種類なのか、差し込む日の光は街道とあまり変わらない。平和すぎる空間に、ぴーちくぱーちくと縄張り争いを繰り広げる小鳥の声が響いている。
「……て、テテア、消えちゃうところだったのですか?」
「そうだよ」
「ということは、えと、また助けていただいてしまったということで!」
「うん? ……まあ、そうなるか」
「お兄さん」
「なんだよ、礼はいらねえぞ」
「じつはテテアのことが好きですね?」
「おまえぶっ殺すぞほんとに」
 わーっと両手をあげて抱きつこうとするアホたれを、俺はその顔面を片手で掴んで止める。
 久しぶりに触れる女の肌に、ぶわあと鳥肌が全身を走る。生命力と瑞々しさに満ちた若い身体。けれど、こいつの顔を見続けるよりもずっといい。
 なぜでしょう、体が前に進みません。なんてことを言いながら、淫魔としての部品が抜けているサキュバスが両手をわたわたと動かす。
 俺は空いた手で、今度は自分自身の顔を覆う。
 はあ。
 
 たぶん。
 これは、テテアを我慢したからだ。
 
 ばちん。
「あっ、うっ!」
「…………」
 俺はまだもがいているバカのおでこに強めのデコピンをお見舞いする。仰け反ったテテアは二、三歩ほどよろよろと交代し、涙目でおでこをさすった。
「い、痛いですよう!」
「だろうな」
「う〜……」
 恨みがましいその表情からも、俺はまた視線を逸らす。
 胸の奥が熱くてうまく息ができない。
 
 我慢したせいだ。きっと。
 まだ一度しか会ったこともないサキュバス。三日も会っていなかった童顔の悪魔。縁もなければ親交もない。なのに、それなのに、すでに俺にとってとても大切な存在であるかのような錯覚を起こしているのは。
 
「……それで」と俺は聞く。「何のために町なんかに」
「えとえと、お兄さんが約束をやぶるからですよう!」
「うん? 約束?」
「また練習させてくれるって言ったじゃないですかー! テテア、あの木の下で待ってたんですよう? でもなんだか、知らない冒険者さんに見つかって危なかったんですから! お兄さんこそなにやってたんですかっ!」
「…………、……知らんがな」
「あっ! 開き直りましたね!? いけないんですよそういうの!」
 テテアが頬をふくらませる。
 どうやらこいつは俺を訪ねて町まで来たらしい。あの場所から一番近い町はここだから、こいつにしては正しい見当の付け方ではあるが、そもそもの行動が間違っている。
「どうやって町に忍び込むつもりだったんだ」
「忍び込む? ああ、そうですね。そういえば他の子たちはどうやって町に忍び込んだりしてるんですかね?」
「それこそ知らん。知り合いに教えてもらえ」
「お兄さんが教えてくださいよう、テテアにいじわるですか?」
「知るわけないだろ。俺をなんだと思ってるんだ」
「だってお兄さんにもサキュバスみたいな一面があるじゃないですか」
「身に覚えがねえよ。どの面だ。東か西か。どっちから見たら俺がサキュバスに見える? オカマか俺は」
「えと、お兄さんお兄さん」
「なんだ」
「お兄さんは、オカマではないです」
「わかってるよ!! はっ倒すぞてめえ!!」
「でもでも、テテアをこんなにドキドキさせるのはお兄さんだけですよ? テテアに何をしたのです? お兄さんもご先祖さんをたどったらサキュバスの血が流れているに違いありません!」
「知らねえって言ってんだろうが。……ああ、もう、いい。とにかく無闇やたらと町には近づくな。今度こそ祓われても助けてやれねえぞ」
「それはお兄さんがテテアに会いにきてくれなかったからですよ!? ほんとに、なにをしてたんですか!」
「なにを? …………なにを、なにをって」
「はえ? どうしました?」
「い、いや、なんでもない。こっち見るな」
「え? なんです? なんですなんです?」
「お、おい」
 ずいずいと迫ってくるテテアに俺は両手を伸ばす。
 しかしテテアはそれを待ち構えていたかのように俺の手首を掴み、何かに気づいたかのようにふんふんと鼻を鳴らし始める。
「ふんふん、すんすん、あれあれ、これはこれは……」
「な、なんだよ」
「……お兄さん、もしかして、テテアで“シちゃった”んですね〜?」
「……ッ!!」
 俺は思わずテテアの手を振り払う。
 我ながら童貞極まりない反応に、にたぁと彼女は笑って、被っていたフードをもふっと脱いだ。量の多い黒髪が一気に落ちてローブにかかる。相変わらず人間にしか見えない。
「んふふふふ〜」
「く、お、こ、こっちくんな!」
「みずくさいじゃないですかあ、そうならそうと言っていただければ〜」
「くっ」
 俺は火照る身体と顔に自分で苛立ちながら、その小さな肩を両手で押さえつける。
 ローブ越しの肌の感触までも柔らかくて本当にイヤになる。
「い、いいからお前はこのまま巣に帰れ! わかったな!?」
「ふふ、んふふふふ、ふふっ」
「なに笑ってんだ!! あ!?」
「んふふふっ」
「くっそ、こいつ……っ」
 俺がぐいぐいと肩を押しても、何をいっても、テテアはほんのりと頬を染めて笑うばかりだ。
「えへへ、えへぇ」
 くすぐったい声が耳の奥をつついて、細められたその瞳に胸が炎症を起こしはじめる。羞恥の熱が全身を回って、俺はもう、熱くなった顔を隠す術すら持たない。
 なぜわかった。
 なぜバレた。
 知らないけれど、きっとこいつがサキュバスだからだ。
「テテアが〜、ちゃんとセキニンとりますよ〜?」
「う、おい」
 小さな肢体がするりと腕を抜ける。もともと掴んでいたわけでもない。
 テテアの両腕が両脇を滑る。俺を見上げる幼い顔に、悪戯な笑みが刻まれて。
「お、あ」
 まともに。
 何を言う暇もなく。
 ぎゅう。と。
 柔らかいローブの中で、押し広がった乳房の感触が。
 
 が、むにゅっと。
 
「あ――――」
 
 ふらんと景色がゆらいで。
 からだの在り処がわからなくなる。
 力がなにも入らなくて。
 記憶の中のおっぱいと、お腹につぶれる感触が強烈につながって。
「んぁ、は」
 気持ちが口から漏れ出す。
 
 これが、これがずっと。
 欲しくて。
 
「えとぉ、どうしますう?」
「は、はめ」
 まともに口が回らない。
 ずっと辛抱を強いられてきた下半身に、爆発的な熱が流れ込む。
 鈍い痛みを感じるほどの張り。ズボンが破けそうだ。
「んふふ、ほんとーにだめです? でもぉ、テテアでしちゃったってことはぁ、それから何回もシちゃったってことですよねえ?」
「ひ、し、して、ない……っ!」
「え〜!? だって、えと、だから、三日ですよね? そのあいだずっと我慢してたってことです? ……ということはぁ、お兄さん、多い日ってことですね?」
「へ、変な言い方、するな……っ!」
 
 かりかりっ。
 
「んあああはっ」
「ふふふっ」
 ズボン越しのわずかな感触に、腰から崩れ落ちそうになる。
「テテアはぁ、おっぱいはまだへたですけど……、おてては自信ありますよ?」
 かりかり。くりん。
「あ、ああ、あっ」
 陰茎から睾丸にかけて、パツパツになったズボンの外側から、彼女の両手の爪がくすぐるように動き回る。
 ただそれだけ。で。唾液が漏れそうになる。
 直に触れているわけでもない。おっぱいで挟まれているわけでもない。
 ただ布越しに弄ばれているだけなのに、その刺激の甘さは。
 
 かりかりかりかりかりかりかりかり。
 
「ああああああああああああっ」
 小さな身体にしがみついて、無様に腰を躍らせる。
 気持ちいい。気持ちよすぎて。
 
 まるでその指の誘いに乗るように、陰茎がびくびくと跳ねる。俺より先に、陰茎が布の先の彼女の手を求め始めている。
 確信するほどの快楽の予感。ズボンもパンツも脱ぎさって、彼女に手でされたら。
 それがもう、爪の感触だけで十二分にわかってしまう。
「んふふ、よく、がまんしましたねぇ」
 
 かりかり、くりくりくりくりくり。きゅる。
 
 くすぐったくて、もどかしくて、熱だけがどんどん膨張していく。
 このまま破裂してしまうんじゃないかというほどの興奮。
 嬉しい。涙が出るほど。
 ずっと触れなかった場所。
 誰にも、遊女にすら相手にしてもらえなかった三日間。
 テテアは。
 テテアだけが。
 
 
 
 だま、されるな。
 
「ふふっ」
 
 こいつが元凶だ……!
 こいつがあんな、あんなふうに俺に、あんなことをしなければ……!
 違う。
 それも違う。
 俺が拒絶していれば。こいつを倒していれば。
 あんなことをされて、すぐに狂ったように自慰行為をしてしまわなければ。
「どうしますかぁ? テテアはサキュバスなのでわかりますよ〜? その症状は、いっかいだれか別のひとにシてもらえば治りますので。テテアのおててはおすすめですよう? どうですかねぇ、ほらほら」
 
 かりかりかりかり、かりりっ。
 
「ああんぁ、あっ、あはあっ」
 されたい。
 されたいされたいされいたい。
 テテアの手でシてほしい。
 
「ど〜ぉ〜で〜す〜かぁ?」
「……っ、はあ、はあ、は、は」
 彼女がそっと手を止めて、ようやく俺はまともな呼吸をする。
 けれど下半身はいまも跳ね続けていて、頭の中がずんとして。ぼやっとした視界にはテテアの顔すらよく見えない。
「それ、は」と俺は、朦朧としながら口を動かす。「はあ、それは、レベルは、はあっ、取られたり、しないのか……?」
「えと、おてては……、そうですねぇ、ドレインになってしまうと思いますね〜」
「……っ、……はぁ」
 だめだ。
 だめじゃねえか。
 くそ、くそ、くそっ!!
 
 ああっ!!
 
「……なら、はぁ、なら、それならいい……っ!」
「あっ、おててでシてもいいってことです?」
「ちがう! 帰る、もう」
「えっ!? 帰るんですかぁ? でもぉ、それだとまだしばらくは辛いことになると思うんですよ、……ガマンできそうです?」
「する、しか、ないだろうがっ!」
「でしたらでしたら」
 テテアが俺の体を押し、起こしてくれる。
 まだフラつく足元をなんとか確かめながら、俺は体勢を維持する。そんな俺を意地悪に笑うでもなく、まるで心からの助言のように、真顔のテテアが口を開いた。
 
「でしたら、おっぱいだけ、触っていきません?」
「は?」
 ローブの上からでも形がわかるように、彼女が両腕でぐいと持ち上げる。
「だってぇ、この前もテテアのおっぱい、触ってもらえなかったじゃないですかぁ。このまま帰っちゃったらずっと辛いですよね?」
「う、ぐ」
 この三日間の地獄は。
 俺が一番よくわかっている。けれど。
「ぴゅーってしちゃわなければいいんですよ。それでしたらレベルドレインにもなりませんし。テテアもお兄さんの気が済むまでお付き合いしますし、大人しくしていますし」
「い、いや」
「いいならいいですけど……、ローブの上からでしたらそこまでえっちな感じにはなりませんし、いろいろ問題ないかと思います。ほらほら、そこに座ってください〜」
「お、俺は……っ」
「今日からまた我慢するためです。えっちな気持ちをテテアのおっぱいにぜーんぶぶつけていいですから。満足してから帰ったほうが、だいぶ楽になると思うのです!」
 
 ほらほら。
 と、テテアがローブの中の乳房をたぷんと揺らす。
 自らの腰に押し付けられた記憶。陰茎を挟まれた記憶。どちらからもその柔らかさが十分すぎるほどに思い出されて、思い出すほどに、下半身が切なくなってくる。
 彼女の表情からして、深い狙いがあるとは思えない。
 というかコイツにそんな知恵が働くわけがない。
 たからきっと、これはただの善意で。
 
「えと、少し足を広げてもらえますかね?」
 
 ほどなくして、半ば流されるようにして木の幹にもたれるように座らされる。俺の足の間に腰掛けた彼女は無防備に背中を預けてくる。
 長く揺れる黒髪に甘い香りが漂う。彼女は俺を促すように少しだけ振り返り、両脇を浮かせた。
 おっぱい。
 テテアのおっぱい。
「……はあ、はあ」
 手を伸ばせば届いてしまう未来に、頭がぼうっと湯立つ。
 俺をここまでさせてくれるのは、きっと彼女だけ。それすらなくして、俺はあと四日間も耐えられるのか。
 耐え、られるかもしれないけれど。
 でも、でも。ああ。
「どうぞ〜?」
 薄く笑った彼女が、仕方なしとばかりに、俺の両手を導く。
 ああ。でも。
 でも。
 
 もにゅん。
 
「あっ」
「――――――――ぁっ」
 
 勝手に、あごが浮いて。
 口がぜんぜん閉じなくて。
 まぶたが、落ちそうになる。
 
 
 
   *   *   *
 
 
 
「ああああぁぁ……」
「んっ、んうう」
 
 おっぱい。
 おっぱいだ。
 女の子の、胸。
 
「ああぁ……」
 
 止められない。
 自分自身を制御できない。
 手の中の信じがたい感触に、ただただ溺れていく自分に、肺が悲鳴を上げる。
 
「んっ、ふぁ」
「――――ッ」
 
 揉むたびに。こねるたびに。
 鼻に抜けるようなテテアの声が聞こえて、ぞぞっと背筋が震える。
 乳房に触れる感動と、えもいわれぬ柔らかさと、そして自ら間違った行為へ突き進んでいるという感覚に、俺はただ声を漏らす。
 やばい。やばいやばい。
「あああぁあぁぁ……っ」
 でも止められない。
 テテアのおっぱいをこんなに。
 好きにできて。
 止まれる、わけが。
「やぁん」
「……っ、ぐ、こ、声、だすな……っ!」
「んうう、むり、ですよう、あぅ」
 テテアが身じろぎをして、背中がこすれる。
 人の体温。女の子の身体。腕の中にすっぽりおさまってしまう小柄さ。
 なのに、この乳房の大きさは。
「あぁん」
「はあっ、だ、か、らっ」
「んへへぇ、むりですよう、んっ、サキュバスはぁ、きもち、ぁ、きもちいのと、うれしいのは、同じことなのでぇ、むり、ですぅ」
 
 く、そ。
 
 こんな肉の塊に、ただただ夢中になっていっている、その一秒一秒が堕落に向かっているかのようで、俺は歯を食いしばる。
 泣きそうなくらい。でも。止められない。
 とても止められない。
 おっぱい。
 テテアのこんなに大きなおっぱい。
 くそ、くそ、くそっ。
「きも、ち、ですぅ……、んぅ」
 うっとりとした声はいままでよりも幾分か高く、溶けそうなほどに甘い響きを含む。
 俺の手で、テテアが喜んでいる。
 俺もまた、ズボンが痛いほどに張り詰めている。
「ああっ、ああああああ」
 体が破裂しそうなほど、俺は彼女のおっぱいを求めていて。
 彼女は、俺の手でそうされることを求めていて。
「や、ぁあ、おに、さん……っ」
 呼ぶな。
「お、にぃ、さん……、もっとぉ」
 呼ぶな呼ぶな。呼ぶな。
 思考とは裏腹に、俺の指はさらに激しく暴れまわる。
 けれど柔らかいローブと、その中の乳肉はすべてを受け入れてしまう。
 俺の。大人の男の手にすら。余りある。もてあますほどの。
「おにいさ、ぁっ、おに、ぃさん?」
 小さな手が俺の両手を包む。
 何かマズいことをしたかと、俺は本能的に動きを止めた。テテアは俺の手をそっと持ち上げて、下の方へと降ろしていく。
 おなか。こし。立てた膝からすこしめくれたローブの裾。
 されるがままに、太ももの外側へ。すべすべの柔肌。指先が下着のような衣装の紐の部分に触れて、それでもローブを潜るように昇っていって。
「……ぁ」
 理解した頭が、勝手に俺の口を動かす。
 素肌の腰。絹のような感触にわずかなくびれ。
 ぷにぷにのおなか。
 
 ふにゅ。
 
 ついに指先がそこに触れて。
「ぁは、あ、すきまに、どうぞ……」
「あ、あ」
 彼女の乳房を隠す布との隙間。入り込んで。
 すべって。
 て。
 
 真っ白、になる。
 
 口で何かを叫んだ。
 腕の中の彼女が悶えて。
 ぷにぷにの突起を手のひらが見つけてしまって。
 よくわからなくなる。
 テテアの生おっぱい。に。
 どうにかなる。
 どうかしてる。
 どうにもならなくて。
 ズボンの中の切なさを、気づけばその背中にこすり付けて。
 熱。切なさが余計に膨らんで。
 俺は唾液を散らさんばかりに、彼女の乳房をもみくちゃにしていく。
「ぁ、それは……」
 どれだけ無茶苦茶にしても。手のひらに収まらない。
 突起はいつまでも優しく手のひらに寄り添っていて、俺を嫌いになってくれない。
 こんなに乱暴にしても。ぜんぜん、ずっと。
 ああ。
 彼女の背中に擦れた、ズボン越しの下半身。
 爛れるような摩擦熱。ひどい虫刺されを無理やり引っかくような。
 そんな、小さな痛みを伴うような、すさまじい快感。
「ぉ、に、さん、そんな、ぁん、そんなことされ、たら……っ」
 病み付きになる背徳感。
 テテアのおっぱいに夢中で指を動かして。
 テテアの身体に思うままに腰を塗りつける。
 ああ気持ちい。気持ちいい。
 腕から先の暴力的な興奮と、じりじりと焼きついて焦げていくような下半身の気持ちよさに。俺は手と陰茎だけになって。それだけのバカになって。
「だぁ、め、です、よう……」
 きもち。
 テテアの背中きもちい。おっぱいきもちい。
 俺が気持ちいい。俺だけがただ、ひたすらに気持ちよくて、幸せで。目の前がちかちかするほど、頭がおかしくなって。
「もう」
 
 ぎゅむ。
 
 ――――――――。
 
 ぁ。
 
 意識が飛びそうになる。
 俺が腰を押し当てようとするのと同時に、彼女がおしりを突き出した。
 のだと、いまわかった。
「あ、あ」
 腰が抜けて、俺は浮かしたはずの尻を地面に打ち付ける。
「だめ、なんですから、ね?」
 
 ぐり。
 
「ああああああああああっ!!」
「んふ、テテア、だってぇ、サキュバスなんです、よう? ふふふっ」
 
 小さな。
 けれど柔らかい、ローブ越しのお尻が。
 俺の股間に押し付けられて。
 
 ぐりぐり。
 
「あああああっ、ああ、だ、あ」
「おにい、さんが、悪いんです、から、ね?」
 
 ぐりぐりぐり、ぐに。
 
 出る。
 こんな。
 そんな。
 無理で。
 ああ。
 
 ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐり。
 
「だぇ、だめ、やめ、て、て、だ、ぁ」
 
 きもち。ひ。
 あ。
 きもち。
 熱くて。
 ああ。
 
「だめ、だめ、やめ、やめえ、ああっ、ああああっ!!」
「あ……」
 
 俺は無我夢中で抱きつく。
 しがみつく。
 量の多い黒髪に鼻をうずめる。
 心臓がひどい有様で。
 肺が爆発しそうで。
 
 それで。
 ようやくテテアが、止まってくれて。
 
 
 
「……か、はあ、はっ、はあ、はあ」
「………………」
 
 息苦しくて、顔を上げて。
 ぼんやりする昼間は、林のなか。
 日の光がきらきらして。木々とテテアの体臭が混ざった匂い。
 俺はテテアを見下ろして。
 テテアが、見上げるように俺を見ていて。
 
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」
「…………」
 
 何も、言わない、可愛い女の子に。
 女の子に。
 
「――――――っ」
 
 触れたまつげが少しくすぐったくて。
「ん」
 くぐもった声が聞こえて。
 俺は彼女の身体をただ抱き寄せて。
 それを続ける。
「んふ」
 テテアの鼻息が漏れて、鼻で息をすることを知る。
 けれど、まだ俺にはできなくて。
 深い深い心地よさに。ただ酔って、漂って、酔いしれて。
 求めるままに、求められる、ままに。
 ただ。
 
 
 
「お兄、さん」
 いつしか、ぼうっとした声に呼ばれて、俺ははっとする。
 
 ああ。
 
「お兄さん?」
 
 ああああっ。
 
 俺は飛び退くように彼女の身体から離れる。
 反射的に舐め取った、自分の唇の味に。
 自分が何をしていたのかを知る。
 
 衝動。
 恐ろしいほどの。
 俺は、なんで。
 
 ああ、ああ。
 
 俺はもたつく足取りで雑木林を走る。
 テテアの俺を呼ぶ声が遠く聞こえて。
 そんなことどうでもいいくらいに、全身が燃えるように熱くて。
 痛くて熱くて。
 死ぬほど恥ずかしくて。
 
「うあああああっ……!!」
 
 気づいたらしていた。
 俺を見上げる、俺好みの女の子に。
 しかも間違いなく、疑う余地もなく。俺から。
 俺から。
 
「…………ッ!!」
 
 羞恥が全身を回って、血が逆流する。
 俺は本当に。なにを。
 いったいなんだと、テテアは感じただろう。どう思われただろう。
 
 俺からの、あんな突然な、キスを。
 
 
 
   *   *   *
 
 
 
 こんなことは正直、わかりきっていたと思う。
 
「あああああああああっ!」
 
 俺は両腕に爪を立てて、ベッドの上をのたうつ。
 症状が抜けるまでの、一週間の残りの数日。我慢をし続けるのは大変だろうからと、テテアの誘いに乗った、真昼間の行為。
 あんなことをしたら。
 自慰なんてしなくても、鮮明に記憶に残らなくても、悪化することは当然の話で。
「あああっ、ぐ、く」
 おまけに、顔が焼けるほどの羞恥まで足されて。
 夜は長くなるばかりで。
 手のひらの感触も、唇の感触も。
 彼女のお尻でぐりぐりされた、その悶えるほどの快感も。
 すべては俺の手が下半身に伸ばされるためであるかのように、何度もフラッシュバックする。
 
 とてもじゃない。
 こんなもの。
 
「あ、が」
 
 相手を、されてしまった。
 してくれた。
 テテアだけが、俺を。
 彼女は絶対に、俺を愛してくれる。
 
「あ、あ」
 
 あの幼い顔で。
 不釣合いな、あのカラダで。
 
 
 
 すべては彼女の手のひらの上。
 そんな可能性を。
 夜まで、ずっと考えていた。
 
 ドレインになるのか俺が尋ねた時点で、「ならない」と嘘をつけばいいだけのこと。
 そうすれば俺は少し疑いつつも、きっと、結局それを信じて、テテアの手で、してもらって。きっとそれは今までに経験のないほどの興奮と快感で。
「ああ、あ」
 でも彼女は、「それはレベルドレインになる」と言い切った。
 俺にバラしてしまった。
 バカなんだ。あいつは。
 サキュバスとして致命的なまでに、アホなんだ。
 
「くそ、テテアぁ……っ!!」
 
 そんな頭の足りない淫魔なんかのために。
 俺はこうして、のた打ち回る。
 
「くそっ、ぐ、……くそ!」
 
 
 症状がなくなるまで、あと四日。
 
 
 
 

 書いたもの

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 プレイ内容(ネタバレ含む)


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